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事務職をしている。電話を取ったり、オセアニア圏での事業成績をパソコンにぽちぽち打ち込んだり、同じ事務職の女の子たちと1500円のランチを食べてる最中に合コンの誘いを受けたり、合コンでいい感じになった隣の課の二つ年上の先輩にこっそりと話しかけられたりしている。
先輩にデートに誘われた土曜日、薄手の白いノースリーブニットと紺のタイトなスカートを着て、新しく買ったいやらしく無いちょっと高価なブランドの鞄の中身を確認した。ワンポイントの細身のネックレスを身に付けて、香水を少しだけ手首とうなじにつける。少しだけヒールのある靴を履いて、扉を開けた。下の階までエレベーターで降りて、オートロックの自動ドアをくぐると、昨日までの雨は止んでいて地面から少しだけ土の匂いがした。
毎週火曜日と木曜日、それと時々金曜日の夜は、キャバクラで働いている。
待機室で女の子たちは派手な服を身にまとって、スマホをいじったり、机の上のお菓子を食べながらお喋りしたり、鏡の前に座ってお化粧を直したりしている。少しだけ煙草の煙が宙を漂っている中で、私は歳の近い女の子とお喋りする。身の上には全然触れない、楽しいだけで中身のない会話は、気楽で心地よい。
ボーイに源氏名を呼ばれ、席に行く。簡素な名刺を渡して挨拶をする。ドリンクを頼んでいいと言われて、ウーロンハイを頼む。私はお酒が弱いわけではなかったが、自分のことを何も知らない人たちの中で我を忘れてしまうことが怖くて、ボーイにはノンアルコールの飲み物を持ってくるようお願いしていた。ウーロン茶が運ばれてきて、横にいる男性にお礼を言いながら乾杯した。
終電では家に帰ることにしているので、店のクローズより先に退勤する。アフターを避けるのと、翌日の仕事とで、いつも日付が変わる前に店を出る。夜の街は昔のネオンほどではないだろうけどキラキラしていて、酔っ払いの喧騒を照らしている。
明日も朝早く起きて、仕事に行かなければならない。私は風呂にお湯を入れている間に化粧を落として服を脱ぎ、裸のまま換気扇の下で一本だけ煙草を吸う。風呂に入れる入浴剤を考えていたら(ソルトベース・ローズマリーを使ったもの・旅行で買った文旦の香り、どれがいいかな)、煙草を吸い終わってしまった。お風呂場から機械の声で、お湯が張り終わったことが告げられた。