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歯磨き粉

朝晩歯を磨いて、次の日も朝晩歯を磨く。朝晩朝晩朝晩朝晩朝晩……と考えると、なんだか途方もなくなってしまうが、僕は今から10分後に家を出て会社に向かわなければならないので、大人しくチューブから歯ブラシへ歯磨き粉をにょろりと出す。歯磨き粉をよく見てみると、ペースト状の中に沢山の細かい粒がある。粒というのは不思議なもので、どの角度から見ても同じように見えるので、歯磨き粉の中には無数の同じものがあるように見える。この小指の先っちょくらいの歯磨き粉の中に、いくつの粒があるのだろうと考えていると、家の中に隠れているかもしれない蟲や、アスファルトの下の下水道にいる鼠に思いを馳せてしまって、えいやと歯ブラシを口に突っ込んだ。
家を出て、駅に行く。ホームはちょっとした人だかりができていた。僕の最寄駅では沢山の人が降り、沢山の人が電車に乗る。新陳代謝を行った電車は意気揚々と2分遅れで出発する。電車はいつも先頭を向いて左側の扉が開け閉めされる。今日は右側の扉まで押しやられて、顔面からの距離が3センチほどの扉の窓から外の景色が見えた。電車が進んでいくほどに、窓から見える景色の中にビルが増えていく。そして、大きなビルの横を通った時に、ビルの窓に反射して電車に乗る僕の姿が見えた。
満員電車で押しつぶされそうな僕の目は、焦点が合っていなかった。ビルの窓からは乗客の姿が見えた。目を閉じる人、スマートフォンを持った片手を他人の肩に乗せて眺める人、つり革に掴まって本を読む人、路線がビルと離れて満員電車が見えなくなり、代わりに繁華街の街並みが流れていった。
電車は大きな駅にたどり着き、人を吐き出した。僕は周りの人と足並みを揃えながら、改札をくぐり抜けた。