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どこか遠くへ行きたい人へ 【 シェイプオブウォーター|感想 】

ギレルモ・デル・トロ監督の『シェイプ・オブ・ウォーター』の感想です。ネタバレを含みますのでご注意ください。

 とにかく、ラストのキスシーンが異様によくて、見終わった後巻き戻して何度か見てしまった。『美女と野獣』でラスト、何で王子様(人間)に戻ってしまうの?そのままが好きよ!と思った人にはとても刺さる映画だと思う。

 政府の秘密施設のようなところで深夜清掃員として働くイライザは孤児であり、おそらく赤子の時に声帯を傷つけられ喋ることができない。その施設に運び込まれた奇妙な生き物とのラブストーリー。
 1962年のアメリカという設定で、冷戦によりアメリカとソ連が敵対していて、というような背景。映画全体に不穏な閉塞感があるが、主人公のイライザは内気とは真逆の気の強さと思い切りがある。その表情は雄弁であり、とても魅力的だ。毎日同じルーティーンをこなし、優しくて孤独な隣人の絵描きとおしゃべりをして、いつか何かが起こってどこか遠くへ行けるかもしれないとバスに揺られている。彼女の描き方の好きなところは、ヒロインとしてステレオタイプな、若くて未来に目を輝かせていて、凄く綺麗な女性……ではないところだ。声が出せないからといって物静かなタイプではないし、恐らく30代後半~40代前半で、御伽噺の中に出てくる処女性も持ち合わせていない。毎日のルーティーンの中には風呂場での自慰行為も含まれている。そういうところが、いいなと思った。

 施設に運び込まれた人魚(というか二本足で歩くので半魚人という感じ)との交流は、意外にも堂々と行われていて、大丈夫?バレない?とこっちが心配になってしまったけれど、二人の空気がとても可愛くて。あと、ゆで卵あげすぎてて笑ってしまった。

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 同僚のゼルダは本当に優しいな……。この二人のやりとり好きだった。正直、ゼルダと隣人のおじいさんがラストの後無事だったかが気になってしまう。孤独な彼らにとってイライザはとても大切な存在だったのは明白で。もちろん、半魚人の彼が現れて一番になるまではイライザにとってもそうだったから、何だかその部分は悲しい気持ちになる。恋はその他のつながりを捨てさせてしまうのだろうか。どちらかを選ばなければならないのだろうか。
 この映画はマイノリティーの人々の映画だと言われていて、イライザは孤児で身体障害者であるし、ゼルダは黒人(しかも旦那に抑圧されている)、隣人の絵描きのおじいさんは失職中のゲイ。そして異種族である半魚人。ゼルダは明るいし普通の生活に戻れたら沢山友人はいるだろうけれど、イライザといたから明るかったのかな、とも思ってしまう。絵描きのおじいさんは本当に優しくて、普通で、多分あのままあのアパートで猫と一緒に絵を描きながら一人で暮らすのだろうな。イライザと人魚の彼が幸せに過ごしているかなと自分の書いた絵を見ながら——なんて思いを馳せてしまう。彼が、イライザから半魚人を施設から逃すのを手伝って!と言われたのに強く断って出て行って、仕事もだめ、意中の彼からもめっためたに振られて「僕の話し相手はきみだけだ。だから手伝うよ」ってイライザのもとに帰ってきた時、本当に人間って自分勝手で、孤独で、うまく行かなくて、悲しくて、それがいいなって思った。とても好きなシーン。

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 悪役、ストリックランドは、本当に悪役!として描かれてて、それが後半、何とも言えない悲しい気持ちにさせる。顔が怖くてとってもいいの。彼が半魚人に指引きちぎられて血塗れで廊下に現れた時のカットで私は笑ってしまった。漫画みたいなカットなの。いいじゃん、って思った。彼は力こそパワー!みたいな悪役なんだけど、イライザに惹かれていくのがすっごくよくわかって、めちゃめちゃに気持ち悪くて良かった。支配欲がすごいのね。彼の人生にイライザのような人間(この場合は声が出ない)はいなかったというのもあるし、ストリックランドが作中で言ってるけど、サリー・ホーキンス演じるイライザが何故だかわからないけどすごく魅力的なのね。だからいろいろかき立てられたというのはひしひしと感じた。イライザが手話でクソヤロウって言ってたのよかったね。あと、奥さんとのセックスシーンのモザイクは何なの!?何??ってびっくりしてしまった。

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 ホフステトラー博士もよかったな、なんか。彼も孤独だよな。彼は必要だったのか?という感想もあったけど、いやいたほうがいいよと私は思った。格式ばってそうでかっこつかない合言葉とか、謎の場所で待ってる姿とか、なんか、いい。最後かなり痛々しい死に様なのだけど、ストリックランドに「半魚人は清掃員が連れてったんだよ!」って笑うとこ、映画見てる時はそれは言うなよ〜!と思ったけど、彼はあそこでああ言わなきゃ報われないなとは思う。彼と、イライザと、半魚人、三人で逃げるのもありかなとちょっと思っていたので酷く殺されて悲しかったな。まあ死んだ描写はないんだけど。このしっかり死んだって描かないところがいいよね。想像の余地があって。

 今更だけど、映画館の上にあるイライザの部屋とか各所映る場所は少ないのだけど、どこもお洒落で色味が統一されていてとてもよかった。映像がとても綺麗。緑と赤がキーカラー。

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 施設から無事半魚人の彼を連れ出して、自分の部屋の浴槽につけたイライザ。桟橋が上がり海へ逃がせるその日まで彼を匿うことにする。施設では入念に計画された組織の犯行だとされているから見つからない(これザルでは?とは思ったけどもうそれはいいのだ)。イライザと半魚人は急速に惹かれあっていき、一瞬ためらうが結局致してしまう。その流れなどがとても良いのだけど、この辺で生理的に無理な人もいるだろうなと、いろんな人の感想を見ながら思った。でも冒頭で言った通りだけど、野獣のままでいい、いや野獣のままがいいんだよ、という人々は当たり前のように納得できる流れだったんじゃないかな。
 イライザがシャワールーム全部を水でいっぱいにするのとか、全然あとさき考えてなくて頭おかしいのだけど、頭おかしくなるよな、世界を変えてくれるかもしれない何かを待ち望んでいたところにドンピシャの彼が現れたんだから、狂うよな、と思った。あとこの辺もずっと音楽と映像が綺麗で素敵。隣人の彼が浴室を開けると大量の水が流れ出てきて二人が抱き合ってる。イライザは少女ではないので恥ずかしがったりしない。彼ににっこり微笑む。もうごゆっくり、、、としか言えないよね。

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 画家が怪我したところを半魚人の彼が触っているシーンを見て、傷が治るような超能力があるのかな?とは思っていたけど、画家の髪の毛も生えてて、「わあ、タオルで髪がふける……!」と喜んでいるのを見て笑ってしまった。お茶目。あ、この映画ネコが可哀想な目に合うので、愛猫家の方はちょっと注意。食物連鎖なので……

 だんだん衰弱していく半魚人の彼、離れたくないけど生態も違うし、見つかるとまずい。そう思いながらの、逃す日の朝の食事のシーン。急にミュージカルになるんだけど、心の中ではいくらでも声が出せるのよねイライザは。好きなダンスもいくらだって踊れるし、こういう心象風景は少女だろうと老婆だろうとある人はずっと持ってる。二人がダンスしてるシーンは本当に奇妙なんだけど、いいシーン。
 同じ人間同士だとしたって、同じ言葉が喋れても何も通じないことばかりで。だから、イライザは半魚人の彼に「愛を証明したいのにどうしたらいいかわからない、今貴方が気付いてないならずっとこのままよ」というのだけど、それってとても普通のことだなと思った。

 ストリックランドはどんどん追い詰められて行って化け物よりも化け物になっていく。冒頭では自分が一番神に近い、みたいに言ってたのに。でも彼も社会に消された一人に過ぎない。指を引きちぎるシーンは、もう彼が後戻りできないところまできたぞってことなんだよね。

 言語って何だろうって思った。異種族と言葉が通じる(相手がすごいスピードで言語を吸収していく)みたいなお話はよくあるけど、今回はそれが手話だから、そのことについてすごく考えた。伝わるというのはどういうことなのだろう。

 撃たれたイライザを抱えて、二人は海へと入る。半魚人の彼がキスをすると、イライザの喉の傷がエラになって息を吹き返す。とんでもなくロマンチックなキスシーンだった。本当にこのキスシーンが素敵で、素敵で。このためにこの映画を見て欲しい。

 現実を抜け出て、どこか遠くへといけたイライザ。それを幸せという言葉で表していいのかはわからない。でも私たちは漠然と《どこか遠くへいきたい》とか《自分の隙間を埋めてくれる何かが現れるのかもしれない》とか、思いながら生きて死んでいくのだろうから、生きている間にそういう人たちのためのハッピーエンドな映画が作られたことを、私はとても幸せに思う。


映画を観に行きます