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日常感覚

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日常のなかで一瞬胸をかすめては溶け去る感覚を、長くても5分ぐらいで読める短いエッセイにしています。
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クラゲさんの傘に、つれて行ってもらおう

クラゲさんの傘に、つれて行ってもらおう

 先週銭湯に行くとき、雨だった。

 唯一持っているクラゲの形の傘は、3才の花に持たせるには大きすぎる。ていうか一本しかないから自分もずぶ濡れになるし、車を出すのはめんどいし。仕方なく、いつものように花を抱っこして傘を差した。

「クラゲさんに、つれて行ってもらおう」

 雨音の下で、右肩にほっぺを乗せた花が、うれしそうに傘に手を添えてそう言った。

 おととい、西松屋に行った。今度のダンスの発表

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ポカリの旗

ポカリの旗

 押入れの中のお正月飾りは
 魔法のステッキに

 夕暮れのお空はもも味に
 ホットドックが宙に浮いて
 から揚げは滑り台をすべり
 冷蔵庫の中のポカリスエットが、集合場所の旗になる

 そんな君とのまいにちが
 いつか後ろから照らしてくれますように

祖母の家の時計が怖かった

祖母の家の時計が怖かった

 年季の入った竹籠が並ぶ脱衣所で、小さい人が「こわい」と壁を差した。おしどり型の錠前がついた木のロッカーを閉めながら、指先を目でたどる。

 壁時計があった。角丸の四角形で、もとの白が黄色く褪せてる。けっこう古い。線の細い数字が文字盤いっぱいに詰め込まれていて、そのアンバランスさがなんというか、レトロだった。

「あの時計、怖いの?」
「うん、こわい」

 そっか怖いんだねと返しながら、そういえば

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2820匹の仔豚

2820匹の仔豚

 都会の喧騒をぜんぶ芝刈り機で刈り取って、すっかり雪野原しかない。そういう道を車で走っていた。

 ときどき、ぽつぽつとトタンの倉庫を通り過ぎる。その無音を引っ掻いたのはカラスだった。

 無数のカラスだった。なにか低めの位置で入り組んだつくりの建造物を、こんもり雪が覆っていて、そこに羽を埋めるように、それはたくさんのカラスがいた。色、という差異の刺激に反応はしたけれど、それでもやはり、とても静か

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冬の音食み

冬の音食み

 透明な繭玉を凍らせて、一面に敷き詰めたような景色だった。

 フロントガラスの両傍に、ずっとずっと向こうまでまっさらな雪原が続く。その中をときどきぽつぽつと、丸屋根の倉庫や赤白の路肩標識が、視界をすべっては消えて行く。ハンドルの向こうの外気計をちらりと見ると、マイナス十七度の表示。だろうな、と思った。冷え込んだ日はなぜか、空気の見え方がいつもと違う。なんていうか、引き締まっていて蒼い。

 ふと

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イチョウが紫は

イチョウが紫は

 仕事の道具を業者に返しに、いつもよりちょっと山側の町をバスで走る。紅葉がきれいだ。

 春は桜、夏は緑、秋は紅と黄、冬は白。色を美しく感じるよう世界はうまくできているなぁと思った。まあ感性なんて、生物の進化より先にあった自然の前では、所詮後付けなんだろうけど。

 例えばこれが、イチョウが紫、雪が紺色だったら、今と同じようには感じないんだろうな。でもその冗談みたいな光景もちょっと見てみたい。それ

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野良猫とダメな部分

野良猫とダメな部分

 スーパーの帰りに定食屋の車の下をのぞいたら、久しぶりに馴染みの猫がいた。

 一年前から住んでるこの街は、野良猫との遭遇頻度が高い。ここの子は、口の下にほくろがある白黒の靴下にゃんこ。クリーム色に青味がかった、立待月みたいなきれいな眼をしている。

 前より近付いても逃げなくなった。つまらん。

 野良猫が自分から逃げていく瞬間が好きだ。しがらみに囚われないで生きている奴らに、自分の薄暗い部分を

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