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【眠る短編】水族館、水母の喪失

 水母の骨…
 あるはずのない、ありえない物事のたとえ。
 または、非常に珍しい物事のたとえ。


私と暮らす4つ年上の男の子。
少し独占欲が強かったのか、
私の連絡手段は自宅電話のみだった。
知っているのは彼の番号だけ。
テレビもスマホも私は知らない。
幸せかと尋ねられたらきっと私は口を紡ぐだろう。
愛されているし、愛してる。
私のすべてを愛してくれた。
だけど幸せとは言い難い。
君にはきっと薬指への指輪に見えるのだろうが、
私には君の言葉は鉄の首輪と手錠に見えた。
監獄の中、君と私だけの静かな空間。
私は君と食べる食事が多分好きだった。

水族館デートは定番だろうか。
淡い青い水槽が私の赤い頬を涼しくしてくれる。
かわいいね、そうやって一緒に歩く。
羨ましい夢を夢で終わらせては勿体無い気がした。

誘ったのは私からだった。
憧れの水族館で私は君との指切りを破る。
難しいことだと分かっていたが、
もう耐えきれる気がしなかったのだ。
いつも監獄からは一切出してくれなかったのに、
今回は私の圧に押されてか、許してくれた。
古いパジャマ。
それ以外の洋服を着たのはいつぶりだろうか。

「楽しみだね、水族館」
「えぇ、そうね」
「何が一番見たいの?」
「何がいいかしら」
クラゲとか綺麗で素敵じゃない?

最後に訪れたクラゲの水槽。
幻想的な空間の中、隣を歩く君。
彼と繋ぐ手には二人を繋ぐ手錠が見えた。
鍵は彼の隙を見つけるコト。
「ねぇ、写真撮ってよ」

私は彼との手をさり気なく離した。
「あっ、待って!」
焦るように私を触ろうとする彼の手を振り払い、
私は走って水族館を出た。

とりあえず遠くへ行こうと、
私は水族館へ行くときに歩いた道を走り続けた。
途中で私は小さな公園を見つけた。
走る速さじゃ私は負ける。
だから隠れることにした。
初めて見るのに、見たことあるような場所。
その時、私の視界に赤いものを感じた。
吐き気がして、私は急いで公園を出た。

少し走ったらひらけた場所に出た。
大きな画面がビルに貼られた場所。
そこに私の名前が映った気がした。

私は目が覚めたら、部屋にいた。

「よかった、大通りで倒れてたから驚いたよ」
そこには普段通り君がいた。
でも、なにか忘れているような気がした。
「どうしたの?」

私はもう全部忘れていた。
赤く濡れた私も、
君の私への愛の形も、
何故私はここにいるのかも。

「ううん、なんでもないよ」
私は笑って彼を抱きしめた__。



「本日のニュースです。
 〇〇市で1年前に起きた大量殺人事件の犯人、
 〇〇〇サンと〇〇〇サンの兄である〇〇サンが、
 〇〇区のアパートで遺体で発見されました。
 遺体の様子から自殺ではないかと
 話が進んでいます。」


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