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アカシック・カフェ【1-4 ベター・ルート】

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二週間後、同じ時間に訪れた伊万里様は、何の偶然か、五年前のあの日と同じ服を着ていた。
……偶然なワケがないけれど、触れないことにした。決意したこと、それが大事であって、俺がどうこう言うべきじゃない。

「準備が出来ましたので、ご都合の合う日にご来店ください」

俺の案内の重みに触発され、五年ぶりに袖を通したそれは手入れも万全で、着用はしなくとも大切にされていたことが、全知接続しなくてもわかる。

隠し部屋で、俺は挨拶を終えて本題を切り出す。伊万里様は落ち着いているけれど、憔悴もしている。遠回しなのはよろしくなさそうだ。単刀直入にいこう。

「先日の接続――伊万里様と一緒の接続を切ったあと、俺はもう一つの過去を視てきました」

はい、とやや掠れた声で応じる伊万里様。目の奥には微かな光も、大きな疲労と恐怖もある。その目が見開かれる。

「これ、って」

俺は小さな棚から深い夜色の小箱を取り出した。それを一目見て、一言零して伊万里様は固まってしまった。驚愕と納得と、そして喜び。本当は、俺ではなく辰真……じゃなかった、常川様が見るべきだった顔。喜ばしさと苦々しさを感じながら、蓋を開ける。並ぶ、小さなふたつの銀。

「はい。婚約指輪です。常川様から伊万里様へ

あの後視た過去の中で、ジャケットから抜き取られた『何か』。それは高級な小箱。まさかと思ってそれを遡れば、常川様がアクセサリーショップで悩んだところまでも視えた。さらに時間を進めて、折れ傘クソ野郎が「自分が振られた」ことにして質屋に捌いたところだってキッチリ視た。全く、言い訳までクソか。

「であれば、後は簡単です。ちょっとした伝手を使ってアカシック申請割り込ませて、公式に盗品ってことを証明して、国家権力で質屋から没収」

さらに阿呆どもはこの殺しと盗難などで五年越しに逮捕済み……なんて、野暮な説明はほとんど聞こえていなかったかも。伊万里様は、涙の粒をぼろぼろ零しているけれど、歪む視界に、左手薬指が輝いていることだろう。最期に燃え上がった感情の結晶は、在るべき場所に収まったわけだ。

「……立ち直れとも抱え込めとも、捨ててしまえとも言いません。それは俺の領分じゃない。でも、少なくとも今、それは貴女の物です」

持ち込んでおいたコーヒーと書類を出し、なるべく優しく差し出す。書類のひとつ、請求書に加算した指輪奪還分の諸々の手数料は安めにサービスしておいた。

「これにて今回の依頼は終了……ご納得頂けましたら、こちらにサインを頂いてよろしいですか?」

伊万里様は深呼吸の後、すらすらと署名した。書面に視線を落としていても、その目はもう下を向いていない。

恋人はいない。遺体さえない。それどころか、無軌道な連中の殺意さえ追体験してしまった。心労と呼ぶにはあまりに重すぎる痛みを、伊万里様は負ってしまっただろう。
けれど、たったひとつ、思い人の切な想いだけは届いた。生も死も、希望も絶望も、信じる気持ちも疑う邪念も入り混じる不明瞭な世界よりは、いくらか救われてくれた、はずだ。

一件落着。コーヒーが美味い。

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