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アカシック・カフェ【3-4 What's AkashiX? ~ラプラスとジョーカーの破綻~】

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□ □ □

一瞬の沈黙。

「……少し、刺激の強い例を使いすぎましたね」

物騒なキーワードを並べられて、少年は怯えてしまっている。
違うな。
物騒なキーワードを並べ立てて、少年を怯えさせてしまっている。
俺が明確に、脅すためにやったことだ。
悪いとは思うが、不可避だとも思うから、インターバルなしに話を進行する。

「おさらいです。アカシックスってやつは、きちんと訓練をすれば、ある程度のことは何でもわかる」
「……はい」
「だから、なんでもできる。善行だって、犯罪だって、なんだって」
「……」
「だから、自分の欲望を、その気になったら何でも叶えられる。過去から未来は、繋がっているから」
「……『ラブラスの悪魔』、ですか?」
「へェ、よくご存じで」

ふと、少年の中の棚の戸が開いて、そのままに言葉が転がり落ちた。少しだけ目が見開かれている。まさしく言わんとしてたキーワードのカットインに不意を衝かれて驚いた俺と、自分の口から零れた言葉を拾い直そうともしない少年の視線が交錯する。彼は、緊張でも好奇でもない、まっさらな表情をしていた。
俺は、その直感を――そして、全知ならざる彼が、己の持てる知識をまっとうに使った成果を肯定するように、ハードボイルドに深く頷いて、話を続ける。
……傍らの飲み物がアイスコーヒーじゃなくて酒だったらもっと格好がついたんだろうか。それはまぁ、三人娘にでも後々聞くとして。

「ご存知なら話は早い。『ラプラスの悪魔』、搔い摘むと、『一瞬前の世界のすべてを知っているのなら一瞬後の世界を予知できる』……って感じの存在、思考実験ですけれども」
「アカシックスはそういうことも出来るモノ……ってわけでは、ないんですよね?
「ほう? ……そりゃまた、どうして?」

俺の解説に割り込んだ彼の目には、小さな確信の光が瞬く。自信はなさそうだけれど、ひとつの答えを見つけている。さっきの閃きが、頭の回転し始める切っ掛けにでもなったか。いい傾向だな、と、コーヒーを飲みつつ続きを促す。少しずつ氷が解けて、気持ち薄くなっている気がする。
彼は、少しずつ論理を組み立てながら、あるいは組み直しながら語る。

「だって、『全て』って。無理なんじゃないですか?」
「ふむ」
「ラプラスの悪魔が予測できるのは、『一瞬後』まで。ってことは、その次を予測するには、また『一瞬』を予測しないといけない……ことに、なりますよね」
「えぇ」

ノートの上に時間の流れの線を書いて、彼は首をかしげながら考える。『今』の点から予測する『未来』の点へ矢印が伸びる。その『未来』から『次の未来』へ矢印が伸びて、その繰り返し。ノート一行分を点と矢印で潰して、小さく唸って顔を上げる。

「……一瞬未来を知って、その次の一瞬を知って、っていうのをずっとやるのは……無理、じゃないですか?」
「そうですねぇ。無理、でしょうね」

俺は、あくまで推測ですよ、という雰囲気でやんわり同意するが、これは本当に、無理なんだ。特別な訓練や特殊な環境によって研ぎ澄まされでもしないと、そんな不断の接続と予測はできない。一度、店の外の道を見ながらやったときは三十分が限界だった。その後は目元が痺れて、頭の奥が揺れて、極めてしんどくなった、以後連続ではやらないようにしている。
……そんで、これは単純に「繋ぎ続ける」ことがきつい以上の理由があって。
当時の頭痛と、俺の隣で一時間の狭視野ラプラス接続をやってのけた師匠にドン引きした感情を思い出しながら、クッキーをつまむ。勿論、自分の分だ。お兄さんのではない。

「自転車操業な能力発動も問題ですが、それ以前に。アカシックスに出来るのは過去を知ることだけ』……だから、全てを『知った』上で、『予測する』のはアカシックス自身です」
「……それって」

アカシックスの能力は、あくまで『知る』まで。そこから何をするかは、本人の判断。今回の事例で言うなら、『予測』とか『判断』は自力で、等身大の人間としてやらねばならない。

「ただでさえ集中力のいる、膨大な量の『全知』と同時に、自分の頭でそれらを整理して『予測』。んで、それを『毎秒』続ける。場合によっては、肉体も動かす」

彼の図における『未来へ伸びる予測の矢印』をなぞりながら補足する。点から線へ、線から点へ、時間は絶え間なく進んでいく。

「『今』から『数秒後』までを予測しながら、新しい『今』を知って、さらに予測の内容に応じて肉体も動かす。走ったり、喋ったり、格闘したり、手先を動かしたり……。当然その間も『全知』と『予測』は止まっちゃいけません」

指がノートの上で忙しなく踊る。接続、予測、接続、ダッシュ、接続、予測……。数セット繰り返して、指を止めたところで、少年から率直な感想が寄せられる。

「……想像したくもない」
「……俺もです」

二人で深く溜息、げんなり。俺の場合は想像というか、想起だな。

二人きりの店内に、ずんと疲労感が立ち込める。燃料補給がてら、またコーヒーを飲む。話題の重さ故か、やけに苦く感じるけれど、グラスの残り半分は今からもっと苦くなる。
それでも、避けては通れないのが『全知犯罪』の話題なのだ。

「さて、この辺で最初の質問に戻りましょう」

からり、残った氷が音を立てる。店内に流れるピアノもまた。軽快だ。その勢いを借りて、さっきみたいに『エージェント』とか『アカシックス当事者』の顔を出さないように、可能な限り軽い調子で問う。

「お兄さん。あなたはアカシックスだとして、力に、過去と未来に溺れないと言えますか?

相変わらず不器用な笑顔を作って、再度、ノートの矢印を……予測の限界のバッテンが端っこに書き加えられた時間軸を指して、問う。

「全知ベースで未来予測しても、五秒後にはご破算。狙えるのは最少ファクターで最大リターンの一発逆転。そういう能力で、労せず一億円を手にしてから、『もう別に三億円はいらねぇや』って言えますか?
「……むぅ」
「はっは、正直で結構!」

押し黙った少年の素直さに、俺は思わず快哉をあげた。そうだよな、迷うよな。俺も何人かアカシックスの知り合いはいるが、みんな一度は悩んだんだと。で、挑戦したり、失敗したり、師匠や友人に出会ったりして、諦めた。そのくらいありふれた、悩ましい選択なのだ。
軽く笑って、だけどムードが軽くなりすぎないように、釘を刺すように話を戻す。短く息を吐いて、例示の縛りを広げる。

「……さっきまでは、宝くじ、合法な手段の話をしましたけれど。『一発逆転』って、基本的に」
「犯罪、ですか」
「そう。ルールを破るのが一番手っ取り早い。盗み、殺し、人さらい。まぁでも、強請りが一番多いかな」
「……なんでも知れる、から」
「そう。マ、それにしたって対策は多いんで、成功しないらしいんですけど」
「……そりゃそうか。ニュースでもそんなに見ませんね」

物騒で不謹慎なことを言えば。
全知を最大限に活かして犯罪をするのならば、やはり強請りや知財犯罪が正解だ。絶対に知られ得ない秘密を知り得ること。それこそが全知の圧倒的な優位性であり、それプラス計画を練らないといけない盗みや殺しよりも、知っているだけで強い強請りはお手軽で、有用だ。
とはいっても、全知は「過去」を知る異能である。そこさえわかっていれば対策は可能だ。例えば、発行書面や作成ファイルのタイムスタンプを封じておけば、ある程度は対策が可能だ。発表されたアイディアに対して、「自分はその十日前に既に作っていた!」と主張すれば、それでおしまい。全知だからって大した防御は要らないのである。危機感のない言い方だけど、割と大丈夫だ。
「未来に出るアイディア」は、本当に世界にないときには全知でも発掘できない。それが全知による知財犯罪の最大の弱点である。
いや、そんな未来予知が出来たらいよいよ犯罪どころかラプラスの悪魔すら超えてくるから、弱点というのも間違いなんだが。必要悪ならぬ必要限界、か?「全知」を理解出来たら、そういう能力の限界を誰がどうして作ったのか、もわかるのかねぇ。
俺は、別にわからなくていいけど。

厄介なのは個人的な強請りだ。誇らしいアイディアと逆に、隠し通したい後ろ暗い部分は、必死に隠して、隠して……その上で、暴かれたら、泣き寝入りするしかない。
――けれど、強請りには強請りで「お手軽すぎる」という弱点があった。あまりに簡単に氾濫してしまったアカシックスの暴露は、社会問題として周知された。アカシックスという「イレギュラー」に混乱した社会や警察も、あまりのケースの多さに慣れまくってしまった。これにより、悪いアカシックスは「前例がありすぎて簡単にお縄である」と躊躇い、また一般人は「アカシックスに暴かれるから後ろ暗いところをやめよう」と襟を正した。
結果、悪人が悪人同士で首を絞めて、おしまいだった。

「まぁ、そんな感じで犯罪をするアカシックスは少ない。実際に犯罪を成功させるアカシックスはもっと少ない。そのほとんどは、公的に資格を持って、国家公務員とか、病院勤めとか、そういう風に能力を活かして堅実に生きている」

結局、過渡期が終わってから――少なくとも社会の上層部ではアカシックスへの過度な期待と恐怖がなくなってからは、「結局全知は全能じゃないね」と当たり前のお題目の元、脚が速ければスポーツ選手になるように、絵が上手ければ筆を執るように、全知を活かして社会に適応した。それは警察や司法、消防や救急、はたまた自衛隊のような国家や都市の根幹に立つ職が多かったけれど、全知というモノの大きさを考えると、みんながそれに納得した。

余談だが、アカシックスが社会進出した当時、民間企業でもアカシックスの特別待遇は行われたらしい。公的にこれこれこういう業務に携わせます、と申告すれば、一応私人の範疇でも全知への接続は許可されている。
けれど、利害関係が社外に犇き社内に蠢く一般資本主義社会では、アカシックスは色々な意味で長く生きられない。「『貴様は知りすぎた』を俺たちは体現してしまう」という、数名の屍によるコミカルでシリアスな教えを、俺たちのような後輩世代は『知って』いるから、民間企業の全知特別顧問、なんてポストにアカシックスは近寄らなくなった。
余程のモノ好きか好待遇でない限り、私人付きのアカシックスはいない。

「そんなわけで、そんな風に人とアカシックスが普通に手を取って平和にやってるのが今の社会です。おしまい。……だったら、よかったんですけどね」

けれど、世界と社会はそう簡単じゃない。

>>つづく>>

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