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劇評・重版出来!

 まず白状する。私は本作の原作漫画を未読……否、一巻しか読んでいない。それもドラマ化の噂を聞いてから読んだ。
 なぜ続きを読まなかったか。ドラマを全部見てから読みたいと思ったからだ。

 女子柔道のホープと期待されていた黒沢心は、膝の怪我でその道を断念。失意の中活路を見出したのは、柔道を始めたきっかけでもあり、海外遠征先でコミュニケーションの架け橋となった、漫画を作る仕事だった。
 面接で社長を投げ飛ばすという椿事を乗り越え、見事青年漫画誌『バイブス』編集部に配属となった心は、若人の特権を漲らせて漫画界へ乗り出す。あこがれの漫画家との出会いや、できたての名刺の匂いにテンションが上がりまくる心に、容赦なく降りかかるあんな艱難こんな辛苦。
 そんな山坂も、持ち前の素直さと体力で突き進む心。出版に携わるみんなが幸せになる言葉『重版出来!』を目指して……。

 本作最大の魅力はやはり、心を演じる黒木華をはじめ、全編に渡るキャスティングの妙ではないだろうか。
 小説と違い漫画は視覚に訴えるメディアであり、キャラやシチュエーションを絵で説明する必要がある。同時に漫画原作である以上、既に視覚的イメージは確立されている。かといってキャラばかりを気にしてコスプレになってしまうと、視聴者……こと原作を知らない人は芝居に集中できなくなる。
 本作はそこを見事にクリアした好例ではないだろうか。主演の黒木華は、小熊と呼ぶにはあまりに愛くるしい個性であるが、万人に愛される大人しい美人顔は、持ち前の一本気と力で周囲の人を惹きつける心を演じるにはぴったりだし、脇を固めるベテラン陣……わけても和田編集長を演じる松重豊が醸し出す、いい時代を謳歌しながら厳しい時代を歩く足腰を鍛えてきた男の気風と、五百旗頭副編集長を演じるオダギリジョーのコスプレ寸前のハマりっぷりと、脇役と呼ぶにはもったいないツッコミ……もとい、デキる先輩オーラが本作をがっちり支えるレールになっている。
 他にも一癖ある編集部の面々や、もはやベテラン店員役をやらせたら日本一ではないだろうかという濱田マリをはじめ、この濃厚な個性の坩堝にあって、決して埋もれない面々が作品を飾る。

 もう一つ、私が思う見所が、明確な敵役がいないことだ。
 ドラマであれ何であれ、主役を立たせる対極の役が不可欠である。その役が黒く輝くほど、主役の善の面が浮き彫りになっていく。
 だが本作を見る限り、あからさまな敵役は見当たらない。バイブスのライバルとされるエンペラーという雑誌にせよ、今の所直接的に関わってくることはない。一見それと見える結果主義的編集者の安井昇にしても、ドラマ初回で本作の題でもある重版出来を達成したり、過去何作もヒットを叩き出し、編集長から「任せる」の一言で仕事を与えられるエース格なのだ。
 つまり、彼のしていることもまた正解の一つであり、これから生まれるであろう心との不和葛藤も、同じ答えにたどり着くための方程式の運用の違いでしかない。敵ではなくライバル。相手を打ち負かすのではなく、己が立つための戦いが繰り広げられる。
 と、原作を読まずに妄想してみる。

 昨今何かと後ろ向きな話題に事欠かない出版業界を舞台に、前どころか上を向いて邁進する心の仕事ぶりが実に心地よく、それでいて「努力は必ず報われる」という無責任な方法論ではなく「正しい努力の使い方」を暗に示してくれる、当代お仕事ドラマの金メダル候補。
 ドラマが終わり次第、書店に駆け込むつもりでいる。

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