異文化放浪記・前編

著・足皮すすむ (2012年)

〜はじめに〜
日本国内有数のエリートが集まり、ユニークで多彩な専門学科をその道の最高峰とも名高い教師陣が、最先端の授業を以て教鞭する、国立頭狂大学。
私が在学中も様々な学部学科が設立されていき、その度に興味深い人生を歩んでこられた先生方がおいでになった。
中でも印象的なのは便所学部。便所にまつわる歴史や成り立ち、そしてこれからの便所に関して学べる。
"糞とは、富(当時の作物)を育てるもの"という考え方から当時は"富入れ"と呼ばれていたという。
それと嘔吐学部ゲロリンチョ学科。これは吐瀉物に関してではなく吐瀉物を用いた"笑い"について学べる学科だそうだ。その学部員で私と仲の良かった小松君の「おいおーい!待て待て!わたしゃガムのゲボかて」というノリツッコミは今でも容易に脳内で再生できる。
あとはおもしろ学部ポーズ学科。ここはとにかく"面白いポーズ"に関して学べる所だ。今だから公表できるが、実は別学部だった私も、興味があったので、秘密で授業に出席した事がある。
この学部の講師でありながらエグゼクティブファニーダンサーの、マヌフ=HESOGOMA=ゆかり先生。彼女の教え方は、昨今の教員全員に是非見てもらいたいほどの腕前だ。
"つまようじの舞"と題して、直立したまま体の軸のみを動かして位置を移動させると、生徒たちはドッとウケていた。
また"マヨネーズの爆睡"と題して、体を等間隔でビクビク動かすのだが、しかし最終的には同じポーズのまま変わらない、まるで容器の奥底に残ってしまったマヨネーズがなかなか出てこないさまを体現していた際も、生徒たちは感心して見入っていた。中には涙ぐむ者までいたのを覚えている。
そんなユニークな勉強ができる頭狂大学。私はそこの床ずれ部を卒業した後、教師になりたくてさらに猛勉強の日々を送った。
しかし勉強だけでは食ってはいけないのが社会。何か稼ぐ方法はないものだろうか。
そこで私は思いついた。印税だ。名作となる本を書きあげ出版すれば、あとは印税でお金が入ってくる。
そして出版している本が多ければ、分母が増える分入ってくる金額も大きくなってゆくのだ。
私はこれを"印税業"と名づけ、世の中のジョブのひとつとして浸透させ、私が第一人者・名付け人として名を馳せられると思っている。嘘だ。今思いついた。
何はともあれこの本は、そんな私の生活費がかかっている1冊だ。もしあなたがこの本を立ち読みするだけではなく購入してくれて、その後別の本をも買ってくれるととても嬉しい。私は週一で焼肉や寿司を食べに行き、様々なサブスクにも登録し、安定した贅沢人生を満喫できるだろう。
そうとわかればあとは簡単だ。あなたはこの本をレジに持っていき、買い上げるだけだ。
なあに、たかだか千数百円じゃないか。買っちまえよ。ほら。大丈夫だから。
買ったあとで万が一にもこの本を気に入らなかったとしても、あなたが読書に向いていない事が証明されただけだったと思えば、決して高い授業料ではない。むしろその後ダラダラと別の本を買い続けて無駄な出費をするくらいなら、この本で留めておけるわけだからむしろいい買い物だと言えよう。
もう買って家で読んでくれてる人はありがと☆
何はともあれ次のページから私の渾身の超大作が始まるぞ。そんじゃいつものやっときますか!
チェケダウ・ファッキン・ブルシット!!!
(2012年のいつか 足皮すすむ)



頭狂大学床ずれ部を主席卒業した私は、その後もあらゆる方面の勉強をし、どれも優秀な成績を残した。しかしまだ学び足りない、もっと学びたいという欲から、とある事柄について突き詰める事を決めた。
私が大学時代に提唱した「今私たちが呼吸している空気は、かつて誰かの屁やゲップ」という仮説。
私は数年間かけてあらゆる本を読み、専門家のお話を伺い、インターネット等を利用しそれらを調べあげそしてひとつの解決への道を見つけた。
ゴムチョ島にあるギーチョという村。先ほどの仮説を裏付ける何かは、そこにあるという結論に至った。
学校を卒業し研究員となった私は、研究メンバーには申し訳ないが7日間の有給休暇を取り、ギーチョ村へと赴くのであった。
これはその7日間の出来事を書き記したものである。

1日目「旅立ち」
肌をつんざくような冷気が外界を支配している早朝3時。まだ太陽も寝ているこの青白い時間に、私は目を覚ました。
今日からついに学生時代からの謎を解き、そして仮説を裏付ける、7日間の研究生活が始まる。
溢れるワクワクのせいか目覚めが良く、隣で寝ている妻を起こさぬよう身支度に取り掛かった。
朝食は機内でしっかり摂ろうという事で、軽くヨーグルトとバナナで済ませた。
昨日あらゆる準備をしたので抜かりないはずだ。
顔を洗い髪を整え歯を磨き、年季の入ったお気に入りのバッグを手に持つ。
出発の時間をいよいよ迎え、高揚感とはまさにこの事だと実感する。満たされた心、不思議と綻ぶ口元。
履き慣れたお気に入りの革靴の紐をしっかりと締め、新調したフランス製の立派なコートを羽織り、寒空の下車に乗る。
さあ、いざ空港へーー。

空港までは1時間40分の長い道のりだ。暖房が効きはじめ暖かくなった車内では、早朝らしい穏やかなラジオが流れていた。
こんな早朝ともなると、日中の喧騒が別世界の出来事のような、まるで街自体が眠気まなこのような静けさだ。
薄暗く青白い空のもと、冷徹な空気に包まれた国道。そして時折り聞こえる車の音、空港までの道も空いており、辺りの空気は冷ややかながらも私のこのワクワクを共に楽しんでくれているようにさえ感じた。
時々すれ違う車。この人にとってこんな早朝の運転は日常なのだろうか。自分の非日常は誰かの日常で、逆もまた然り。早朝に車を走らせる行為がこんなにも不思議な感覚だとは。
そんな事を考えながら約1時間40分。太陽はいよいよ顔を出しはじめ、黄色味を帯びた日光が冷徹な空気を押し除け辺りを色付け始めた頃、私もまた空港に到着した。
車を降り再び寒空に出、足早にエントランスへ。早朝だというのに空港内は相変わらずといったふうに活動していた。先ほどの冷徹な雰囲気とは対照的で、非常に不思議な空間がそこにはあった。
持ってきた荷物を窓口に預け、財布からチケットを取り出す…しかしその途端、青ざめた。ない。チケットがない。航空機チケットがないのだ。
コートやズボンのポケットにも、財布にもカバンの中にも、どこを探してもない。
…そう、家に忘れて来てしまったのだ。
おてんば。私はまさにおてんばだ。こうなっては再び長時間かけて家に戻らなくてはならない。
ため息をつきながらも、現状戻るしかないからこそ、気持ちを切り替え急いで自宅に戻る事にした。
朝日はもうすっかり顔を出しており、それがまた時間の経過を認識させるので更に焦った。
街は徐々にいつもの喧騒を取り戻しつつあるが、まだ冷徹な空気は居座っているようだ。
ハンドルを握る手に汗をかきながらも、ようやく自宅に到着した。妻を起こさぬようそっと鍵を開けて中に入り自室に戻る。
それはやはり私のデスクの引き出しに入っていた。せっかく早朝に家を出たのに時間の無駄だ。
チケットを握りしめ急いで車に飛び乗り再び空港へ。道中、この幸先の悪さに嫌な予感すらしながらも、信号運を願いながらスピードを上げて走った。
そうしてまた約1時間40分をかけて空港に到着した。
今度こそ大丈夫だ。チケットは手元にある。しかし待て、何かが足りない。カバンだ。チケットを握りしめたはいいが、今度はそれと引き換えにカバンを自宅のデスクに置いてきてしまった。
あれには財布やスマホなども入っているから忘れるわけにはいかない。
太陽が登り始めもうすっかり明るくなった駐車場。私の車も「やれやれまたか」と言いたげに発進した。
私はおてんばすぎる自分に嫌気がさし、そのおてんばを演出するためにウインクをしながら舌を出し、肩をすくめながら運転して自宅に戻る事にした。
対向車線の車内から、おてんばっぽい姿表情をしている私が見えるらしく不思議がっている者や真似してくる者、スマホで盗撮してる者もいた。
そうしてウインクによる片目のせいで遠近感がなかなか掴めないまま自宅に向かい、なんとか到着した。
自室に戻るとカバンはやはりそこにあった。
いよいよ起床した妻がこの時間に戻ってきた私を見て心配していたが、今は説明してる時間などない。急いで空港に戻らねばならないのだ。
再び猛スピードで空港に向かった。今までと同じ道では、時間的に通勤ラッシュでやや混むので、ここは急がば回れ。少し遠回りして空港に到着した。
朝からストレスフルだ。空港と家を無駄に2往復もしているのだ。こうまでしているとさすがに腹が減った。
空港のフードコートはもう開店していたので、何か食べる事にした。
しかし、いや待ておかしいぞ。カバンの中にもポケットの中にも、財布がない。
車の中に置いてきたかと思い探して見たが、やはりない。一体どこに……あの時だ。
出発の前日、ワクワクのあまり酒をやりたくて酒屋に赴いたのだが、酒を買って帰ってきて、財布をカバンに入れずにそのまま自室のキャビネット上に置いてしまったのだ。なぜ数回の帰宅時のどこかで気が付かなかったのだろう。
本当におてんばだ。私はこの究極のおてんばを表現すべく、今度は両目をウインクしながら、痛みに悶えながらも舌をスプタンにして出し、肩だけでなく膝もすくめておてんば×2っぽくした。
こうする事で、私が非常におてんばだという事が外部にも伝わるからだ。
本当にもう馬鹿野郎だ私は。また自宅に戻らなくては。
ここまでのオテンビングは今年初かもしれない。よりによってわざわざ、こんな大事な日にここまでのオテンビズムをかますなんて…。
妻に言ったらまた呆れられるに違いない。しかしさっき妻はもう起きていたし、これは腹を括って説明するしか…いや説明なんてしてたら余計に時間を食う。けれどもだからってモヤモヤしたまま研究なんてできっこない。一体どうしたら…
そんな事を考えているうちに、私は自宅に到着した。
しかし運のいい事に妻は朝の散歩に出掛けているようだった。今しかない。急いで財布を取って空港に戻ろう…。
自室に戻るが、キャビネットの上に財布がない。デスクにもどの引き出しにも、財布がないのだ。
数十分探し、やがて探し疲れて呆然としていると私のスマホが鳴った。空港からだ。
「もしもし足皮すすむ様のお電話でお間違いございませんでしょうか。」
「はい、私が足皮ですがどうされました?」
「わたくし浣腸空港の落とし物管理センターの者なのですが、フードコート入り口に足皮様の物と思われる財布が落ちていたと清掃員から申し出がありまして…」
なんという事だ。私は財布を、空港のフードコート前でうっかり落としていただけだった。
思い返せば昨日、酒屋から帰った後にわざわざ財布を意識的に鞄に入れていたではないか。
何をしているんだ私は。帰ってくる必要はなかった。時間の無駄だ。これからまた時間をかけて空港に行かなくてはならない。
ああなんというオッチョコチョイニズム。自分に苛立つ。早く拾って届け出なかった空港の清掃員と、早く電話しておけば家まで帰らなかったのにあの落とし物管理センターのババアァノヤロゥ!!
とはいえ見つかって良かった。このまま空港に戻れば万事解決だ。
妻が散歩から帰ってくる前に急いで向かわねば。
私は車に飛び乗り再び空港へと赴いた。
急げ、急げ!もう自宅と空港を3往復もしている。早朝に家を出たはずなのに何も進展しないまま今もう昼だ。腹も減ったし途中でコンビニに…いや空港か機内で済まそう。今はとにかく寄り道なんてしている場合ではない。今度こそ、今度こそ大丈夫なはずだ。全て揃っている。
しばらくしてようやく空港が見えてきたその瞬間、私はとある事を思い出した。
私はさっき財布を探しに自宅に戻った際、探しまくって暑くなった部屋を換気するために窓を開け放ち、そのまま出てきてしまった。多分ガスの元栓もしめてない。これでは怒られてしまう。妻が怒ると本当に怖い。そんなのやだ。
私は空港を目の前に転回し、悔し涙を流しながら自宅に戻った。
あと少し、あと少しだったのに!ガスなんてなければいいのに!だからあれほどオール電化にしようと言ったんだ!窓だって閉めてなかったらなんなんだよ!ただのガラス板だろ!破られりゃ同じさ!ドアも木かステンレスか何かだろあんなん!ああチクショウ!ホエイ!!
大粒の涙をボロボロと流し、歯軋りの隙間から支離滅裂な事を大絶叫し自宅まで飛ばした。
やがて自宅に着き、ドアに手をかけるとやはり鍵が開けっぱなしだった。あぶなかった。
自室を始めあらゆる窓の鍵を閉め、ガスの元栓も閉め、最後にドアの鍵を閉め、これで完璧だ。
ようやく、ようやく出発のピースが揃った。これであとは空港に戻り飛行機に乗るだけだ。
大丈夫なはずだ。カバンも財布もチケットも持った。家のセキュリティも完璧だ。
よし、あとは空港に向かうだけだ!
傾き始めた日差しが車内を眩しく照らしはじめた頃、私はようやく空港に到着し、受付で色々手続きしていざゲートラウンジへ。しかし…
金属探知機搭載のくぐるアレが、私の体の何かに反応した。
「お客様ベルトつけてらっしゃいますか?」
「バカいえ、よく見ろ私は今ジャージだ…あ!」
ミスった。マジミスった。こんな大事な日なのに、何故か寝巻きのまま、つまりジャージで来てしまっていた。いつもと違う朝だったものだから、そもそも服を着替えるのを忘れていたのだ。
ここまでおてんばともなると、もう違うものを疑った方がいいレベルだ。しかし嘆いている暇はない。
空港内に紳士服屋もあったが、そんなものに金を使っては研究費用に影響が出る。やむを得ない。自宅に戻り着替えよう…。
私は車に戻り、急いで自宅に戻った。
もう色々と自分を責め立てたが、そんな事してても時間は戻ってこない。ポジティブに受け止める事にした。
「これは恐らく、なんかあれだ。なんか多分…いいんだ。何かがいいんだきっと。だから今こんな事になってる。だから多分、後々いいんだ。いいじゃないかだったら。今はこうでも。いいに決まってる。未来への投資さ。」
自分に無理矢理言い聞かせながら自宅に向かった。もう何度も通ったこの道を、再び長時間かけて…。
自宅に到着するその頃には陽が沈みかけており、薄暗くなりはじめた自宅で急いでチノパンに着替えた。
さあ今度こそ出発…いやまて!危ない危ない。ズボンだけではなく上も着替えなくては。
気づかなければ危なかった。また往復する羽目になる所だった。しかしさすがは私だ。このタイミングで気づける頭脳を持っている。
上も着替えてさあ出発…いやいや待て待て。さっき脱いだジャージのポッケに財布が入ったままではないか。
いいぞ、ここで気付けてよかった。Tシャツの件も合わせると2往復分得した。
カバンは車の中だし、チケットはさっき受付で渡してある。
戻って再搭乗できるのかは分からないが、論破してやればなんとかなるだろう。私ほどの頭があれば簡単な事だ。
それに今ツキが回って来てる。出発する前にあらゆる事に気がつけているのだ。やはりポジティブシンキングが功を奏した。これが人のモチベーションひいてはスピリチュアル的な観点から運勢というものに繋がっている証拠だ。
最後の片道だ。ポジティブシンキングをキープしながら向かおう。
おっとその前に戸締り。やはり私は凄い。自宅のドアを出た瞬間に気付けた。この"気付くタイミング"というのも才能の一つだと私は思っている。
これでよし。今度こそ全てのピースが正しい位置にハマり込み、出発という作品を作り上げた。

そうして、本日最後の空港到着を成し遂げた。
私は歓喜し泣きながらその場で崩れ落ちた。空港と自宅を、さまざまなドラマを繰り広げながらも数往復しついにやり遂げたのだ。もう世間は夕飯の時間。そんな時間まで私は東奔西走し、完璧な状態で空港に辿り着けたのだ!
周りの人も皆拍手喝采してくれたり、肩を抱いてくれたり、私の到着を心から讃えてくれた。
外の飛行機たちも、羽を折りたたんで拍手のような事をしてくれている。音はガションガションだったし何機か壊れて運行中止になったようだが、無機質な飛行機ですら私の努力を讃えてくれた事が何より嬉しかった。
大喝采に包まれながら金属探知機の下をくぐる。音はならない!クリアだ!いよいよゲートラウンジに歩みを進め、私は搭乗口近くの椅子に座った。
成し遂げた大きな感動を胸に、窓の外の飛行機を見ながらいつの間にか涙を流していた。
それは昼頃に流した怒りの悔し涙ではなく、喜びと安堵の涙ーー。

そしてついにその時がくる。
「ゴムチョ島行き、9番ゲートよりご搭乗ください。」
ようやく飛行機に乗れる。本来の飛行機はチケットの時間が過ぎた時点でダメだが、なんかその辺は私が記憶していないだけで色々うまくやったのだろう。私ほどのレベルになるとその程度の事はわざわざ記憶していない。だから無意識下でそんな凄い事をしちまっていたのさ。

飛行機の席に座り、安堵のため息が漏れる。
今日は疲れた。目的地のゴムチョ島まではまだ時間がある。今日一日スマホを見る暇もなかった。未読メールやLINEの確認をしたらひと眠りしよう…。

…いや待て、ない。スマホがない。
そうかあの時だ。ジャージから着替えた際に財布を取り出したのとは逆のポッケに入れていた事をすっかり忘れていた。
けどもうめんどくせぇしいいや!



2日目「マンゴスチン」
日本の寒冷などつい知らずと言わんばかりに、乾いた温暖な風が吹くゴムチョ国際空港。
飛行機から降りた私は伸びをし、荷物を持って空港を出た。
空港から出ているバスに乗り、最寄りの駅へ。
そこから電車とバスとセグウェイと一輪車を乗り継いで150kmほど奥地に進むとギーチョ村があるらしい。まだまだ長い道のりだ。
ここゴムチョ島は自由と果物を大切にする国民性が有名で、電車内では絶えず軽快なBGMが鳴っており、それに合わせて各々が思い思いに踊っている。日本ではなかなか見る事ができないが、ここゴムチョ島では日常の景色のようだ。
私は近くの人に話しかける。
「すみません、ォヴォヴァ駅で降りたいのですが、あとどれくらいでしょうか?」
「あんた観光客だね。このメッチョ線に乗ったままあと1時間くらいで着くはずだよ。」
あまり有名な話ではないが、実はこのゴムチョ島は世界でも数少ない日本語圏の国なのだ。
親日家も多く、それも相まってこの国の母国語は日本語を使っているので、我々日本国民にとってコミュニケーションの面で全く苦労しないのだ。
「果物の国ゴムチョへようこそ。日本にはない果物も沢山あるから、楽しんでってね!」
「ありがとう。お土産で破産しないように気をつけますよ」
「バカかオイw」
そうこうしているうちにォヴォヴァ駅に着き、乗り換えようとしたその時だ。
「あれ、足皮君?!」
どこかで聞き覚えのある声、そして後ろを振り向くとそこには見覚えのあるシルエットが大汗をかいて立っていた。
かつて四国のラーメン屋「ギブミーチョップスティックス」でペンパル友達になった、田澤=モォヒィ=つとむ氏だ。過去に私が書いた本にも登場しているので是非読んでみてくれ。
モォヒィ氏は偶然にも、ここゴムチョ島に現地の果物について研究しに来ていたというのだ。
「いやあ奇遇だな足皮君。こんなところで会うなんて!」
「ほんとですね、モォヒィさんはいつからここに?」
「実はもう何年もここに住んでいてね。現地で果物の研究員をしているんだ。ここの果物は凄い。色々紹介したいもんだ…。足皮君はなぜここに?」
「私はとある仮説を裏付けに来たんです。"今私たちが呼吸している空気は、かつては誰かの屁やゲップ"。これは私が学生時代に提唱し、未だに解決できていない仮説でして…。そのヒントがここゴムチョ島のギーチョという村にあるようなので、だったらもう数日使って行っちゃおうよ!てな感じで来ちゃいました。」
「面白い議題だね。ちょうどいい。私の研究している果物のひとつに"オメチィ"というものがあって、これはゴムチョでしか獲れない貴重な果物なんだけど、利屁効果が凄いんだ。行きたいのはギーチョ村だろ?そこでも確か栽培していたはずだ。私も一緒に行くよ!」
「ええ!?モォヒィさん、大丈夫なんですか?」
「ははっもちろん。着いて行かせてくれ。」
こうしてモォヒィ氏を仲間に加え、乗り換えた電車でギーチョ村へと向かった。

それから数時間、電車とバスを乗り継ぎやがて港に着いた。カラッとした空気と潮の音が気持ち良い、澄んだ所だ。
私とモォヒィ氏はバスから降りると深呼吸をした。
「こんなにたくさん深呼吸しちゃ世界中のO2がなくなってしまうね。」
「ははは!モォヒィさんったらモォ〜」
「さ、オイ達が乗る船はあそこだ。行こう。」
「ヒヒヒw」
私とモォヒィ氏は足早に船に乗り込んだ。
それからもモォヒィ氏とは相変わらずラーメンの話で盛り上がった。
彼は本当にラーメンが好きなようで、この時実に面白い事を話してくれた。

2009年の暮れ、世間はクリスマスだ年末だで街が少し賑やかムードになっている、そんなある日。
当時ラーメンこそ食べる機会はあったものの、そこまで興味を持っていなかった田澤つとむ氏は、日々の目まぐるしい仕事をこなすサラリーマンの1人だった。
当時田澤氏ととあるプロジェクトの為に組んでいたコンペイというその男は、日々の仕事の疲れを拭おうと田澤氏を夕飯に誘った。
「ウィス田澤さんウィス、んつ〜か?今夜ァ?空腹が限界突破的なァ?んつ〜か?てか飯行かね?マジ」
「いいねコンペイ君。ちょうどプロジェクトもいい感じにまとまりそうだし、ちょっと早いけど前祝いでもしよっか!」
「やっべマジ田澤さん最高ッスよ。オレェ、田澤さんみてぇな?そういうアクロバティックに外食行くノリ憧れてるんすよォ。マジスゲェって思っててェ、ホントマジッマジホントマジッス。」
「よし、そしたらどこにしようか。」
「いやマジィ、この間から田澤さん連れてったら喜ぶだろうなァってとこあってぇ、連れて行きてぇなって思ってた所があるんすよォ。ところがァ、なかなかどうしてェ、仕事で忙しいかたわらァ、そんな所誘ったらご迷惑かと存じてェ?ヤッベやめとこって感じだったんすよォ。」
「へえ、どこなんだいそれは。」
「名前忘れたんすけどォ、確かこの辺ッスよ。オレそれっぽいとこまで歩くんでェ、ドラクエみたいに着いてきてクレァセンカァ?」
「おいおい名前分からないのに大丈夫なの?」
「ホラオレェ?字ィ読めないじゃないっスかァ、外来語のバイブスでなんか書かれてたのは覚えてんスけドォ、あとはもうフィーリングっスね。早くしなぃと閉まっちゃうんで行キァッショェ!!」
田澤氏はコンペイに連れられ、とある閑静な路地へと入った。
そしてその先に、やたら人が並んでいる建物を発見した。
「あれっス田沢さん。」
「な、なんだこの香りは…」
田澤氏は、食欲を誘うそのふくよかな香りに釘付けになった。
「食欲を誘うふくよかな香りに釘付けになってそうな表情なんてしちゃって、どうしたンスかァ田澤さん。」
「ここ、ラーメン屋さん?」
「ウィス」
「ギブミー…チョップスティックス…聞いた事ない名前だ。」
「マジスかァ?オレらラーメン好きには結構有名なんスよォ田澤さんラーメン好きッスかァ?」
「ベストチョイスだよコンペイ!ちょうどガッツリ食べたかったんだ!」
「ヘヘッウィス(照)」
田澤氏はその店で、それはそれは素晴らしいラーメンを食べた。
仕事をこなし世間の為となる。その道を共に進む相棒と共に、ラーメンをすすり、語らい、親睦を深めた。
仕事の話、恋人の話、互いの幼少期の話…。田澤氏にはこれといった幼少期の面白い話もなければ、彼女や妻もいない。なのでほとんどコンペイの話を聞いてばかりだったが、人前で話す事が大好きなコンペイはそんな時間を大いに楽しんでいた。
こいつとなら…。コンペイとならどんな仕事だってこなせるさ。歳は離れているが、賢くデキのいい相棒。それはいつしか憧れていた"息子"という存在にすら当てはめていた。
血は繋がっていないが、それでも可愛くて憎めない存在。手塩にかけて育てたかつての部下。そんなコンペイが今では自分と同じ立場で相棒となり、同じ志を持って仕事に取り組んでいる。
コンペイはこの調子で出世して、いつか自分を超えてしまうだろうな。田澤氏はそんな事を考えながら、美味い酒とラーメン、それから息子のように大事な相棒とのひとときを楽しんだ。

それから数週間後…

閑静な院内を、扉が開く音と共に喧騒が包み込んだ。
「コンペイ!おいコンペイ!しっかりしろ!おい!!」
担架で手術室に緊急搬送されるコンペイに、田澤氏はひっきりなしに声をかけていた。
「おいコンペイ!コンペイ!おい!おいってば!おーい!オイオイ!コンオイ!オンペイ!なんとか言ってくれンペイ!!コーンおいおい!コンペイーヤ!コンpaypay!!おいペイ!オンコイペイ!恋オンザPay!!! On the Pain!!!Pay on the Cornフロスティ!!!」
「落ち着いて、落ち着いて。あとは私達に任せて。待合室にいてください。今は緊急事態なんです。」
医師に咎められ、閉められた緊急手術室の扉を前にただ呆然と立ち尽くす田澤氏。
最後に見た、苦しそうなコンペイの表情だけが脳裏に焼きつく。
田澤氏は待合室の椅子に力無く座ると、ただ虚空を見つめながら時が過ぎるのを待った。

ーーーその数時間前の出来事。
「ヤッベマジこの果実可愛すぎね?!この果実マジバズるっしョォヤッベまじ可愛ウェッ」
出社前にたまたま見つけたなんらかの果実に心躍らせながらカメラを向けるコンペイ。しかし。
「ア!ヤッベ!」
その声と共に果実から紫色のガスが噴出した。
「ヤッベヤッベ!マジ!オレ他の人より喋っから消費するO2も多いってわけェ!であるからしてこんなガス突然噴出させられちゃ不意打ちもいいとこ、大いに吸い込んじゃうッショォァェ!!!!!!頼む!もう息を吸いたくてたまらネェからせめて毒性のないガスであってクンヌェァェゥェァ?!?!?!?!」
そう言うとコンペイは鼻から空気を吸い、そしてその代償に血を吐いた。
「ヤッベ!!!」
コンペイはその場に倒れ込んだーー。
ーー田澤氏はコンペイを心から気に入っており、いつしか彼と同じ通勤ルートを選ぶようになり、コンペイが毒ガスを吸い込み倒れた何からの果樹園の前を通った時、倒れているコンペイを見つけ、青ざめた。
「コ…コンペイか?…おい、コンペイ?」
数秒の沈黙の後、田澤氏は全てを理解し大急ぎで救急車を呼んだ。

数時間後、ここは病院の待合室。
(コンペイ…無事でいてくれ。)
藁にも縋る思いでコンペイの無事を祈る田澤氏に告げられたのは、あまりにも残酷な結果だった。
「田澤様…残念ですが、ご臨終です。」
「ああ…ああ…」
声が出なかった。息子のように可愛がってきたあのコンペイは、もうこの世にいない。
田澤氏は手術室に駆け込んだ。
「ちょっと!お待ちください!」
医師の制止を振り切り、コンペイの元へ。
「コンペイ!死ぬな!まだ残してる仕事があるだろう!コンペイ!!!」
後ろにいた医師が、私の元に歩み寄りこう言った。
「田澤さん、彼コンペイ君は死の間際、あなたにこう伝えてほしいと私に伝言を頼んだ。」
「……彼は、私になんて…?」
「あのさっきの果実だげドォ、オレのスマフォに写真残ってっかルァァ?それヒントに正体を突き止めそして根絶?根絶やしにして欲しいんすよネェマジ。こんな苦しい思いをする人を増やしたくないっつグァ?んまそんな感じっショォァェァゥァォァェェァォ?!?!?!?!…と仰ってました。」
田澤氏はその瞬間、その果実の正体を突き止め根絶する事を心に誓ったーーーーーー。

船に揺られながら過去の出来事を話し終えたモォヒィ氏は、少し風に当たってくると言い甲板の方へと行ってしまった。
彼にそんな壮絶な過去があったなんて…。だから彼はここに住み果物の研究をしていたんだ。
私は彼の背中を見届けると、窓の外に目をやった。ギーチョ村まであと少し。私はこれから待っている波乱万丈に少し期待しながらも、見知らぬ土地の未知なる果実で、第二のコンペイとならぬよう祈った。

数時間後。
ようやく船旅も終わり、いよいよ港が見えてきた。
「さ、足皮さん!いよいよですぞ!ワクワクしてきまんねん!」
「モォヒィさん、ここからどう行くのでしょうか?」
「ここからは、水陸空全てで乗れる現地の乗り物"フィーゴム"に乗って行きます。これに乗ってればもうギーチョ村に着きますよ!」
私とモォヒィ氏はフィーゴムに乗りまた数時間ゴムチョ島の奥地へと進んだ。
すっかり日も暮れた頃、フィーゴムを降り中間地点の小屋に入った。今日はここに泊まり、明日太陽が出てからギーチョ村まで行くのだそうだ。
「モォヒィさん、さっき船で話してた事ですけど、その果物は全滅させられたんですか?」
「いやまだだよ。そればかりか手がかりの一つも掴めてなくて、いまだにたった1つですらあの果実を見つけられてないんだ。」
「そうなんですか…私の研究も屁やゲップ、要は毒ガスと相似たところがあります。手掛かりになるような事があったら協力しますからね。」
「ははっありがとう。でも無理はしないでね。」
私たちは小屋に備え付けられた温泉・サウナ・古式マッサージで疲れを癒し、映画館で最新の映画を4Dで見た。んで寝た。



3日目「まきぐそ」
太陽があくびをしながら顔を出し人々に光の挨拶をする頃、私たちもギーチョ村へと辿り着いた。
「ここがギーチョ村…」
「思ったより栄えてますね。」
私とモォヒィ氏はギーチョ村のその素晴らしい村の景観に心奪われ、今日はここを観光しようという事になった。
まず村に入ってすぐ見つけたレストラン「ピョ」に寄った。
なぜならそこの幟旗には「うまいラーメン」とあったからだ。
何を隠そう私とモォヒィ氏の出会いのきっかけはラーメン。2人にとってこのラーメンという料理は思い入れのある物なのだ。
店に入って席に案内される。外観からはわからなかったが、ニューヨークの朝のコーヒーを思わせるオシャンティな店内。ボサノヴァが流れるなかなかいい雰囲気の店だ。気に入った。
席に着くとやがて、メニューが運ばれてくる。
「なになに…おお、ここのモーニングセットなかなか充実してるね」
「この"何らかの草のマリネ"なんて美味しそうですよ。」
「ほんとだ。でも僕はやっぱりラーメンがいいからこの"特製ダレのクソ麺"にしようかな。」
「うん、美味しそうだ。私は…これにしよう。"素人が真心込めて選んだスパイスが効いたスープの喉越しがたまらないと唸らせる約束をしたいくらいオススメだが店長にとってはやはりまだまだとの事のようで最低でも4年は修行してもらわないといけないと宣告され絶望の淵に立たされた素人がついにブチギレて作ったクソ麺"。」
2人が店員にオーダーし、やがて料理が運ばれてくる。
「お待たせいたしました。特製ダレのクソ麺と、名前が長いアレです。」
「よーしやっと来た!もう私お腹ペコペコですよ。」
「食べましょう食べましょう!」
私は自分が注文した名前の長いアレを一口啜った。
「こ、これは…!素人がワケもわからず選定したスパイスの数々…それらを極小粒の粉末にし水に溶き完全なるスパイス汁を作り上げそれをベースにスープを作っている…。甘みがありながらも優しすぎず、だからといって主張しすぎていないのに輪郭がハッキリとし、ムチムチとしておりコシのある麺との絡みはまさに味のオーケストラ…。たまたま入った店の料理がこんなにも美味しいとは…。」
私が長々レビューした直後、モォヒィ氏が言った。
「あ、あ、足皮さん…大変です…。」
「どうしたんですか?!」
「こ、これ…た、食べてみてください…。」
私はモォヒィ氏が小皿に取り分けてくれた"特製ダレのクソ麺"を食べた瞬間、そのあまりの美味さに腰を抜かし椅子から転げ落ち床を転げ回り、気を失いかけた。
「な、なんですかこれ!?おいしいいいいいい!!!!!!!!!」
2人で大はしゃぎしていると、店員の1人がこちらにやってきて、淡々と述べた。
「お客様。お静かにしていただけますでしょうか。他のお客様の迷惑です。」
「だってよぉ!こ、こんな美味いもん初めて食べたぞ?!もう一口食べたい!(ズザズザブブ)きゃーーーーー!おいしいいいいいいいいいいい!!!」
大発狂しながら飯を食べ終えた私達は会計を済ませ店を出る。
そんなこんなでその日は丸一日ゲーセンや家電量販店、ジャスコそして夕飯には夜景の綺麗なロマンチックな立ち飲み居酒屋で、オチンという現地のオツマミを食べながら色んなことを語り合った。
この日はただの観光の日となった。超楽しかった。


4日目「股のかゆみ」
東の空が漆黒から淡い青色に変わる頃、現地にしか生息していない野鳥ツンボグヴヂが鳴き、村に朝を伝える。
ギーチョ村でも特に素晴らしいおもてなしをしてくれると話題の旅館"ギュチンの宿"。
目を覚ました私とモォヒィ氏はギュチンの宿のロビーでチェックアウトの手続きをしていた。
「足皮様、田澤様、お待たせいたしました。チェックアウト完了です。お荷物のお忘れ物はございませんか?お目覚めの良い朝でしたでしょうか?トイレの便座は下げましたか?湯船は洗いました?使い捨ての歯ブラシとかは捨てたか?ベッドメイキングは?抜いたコンセントは元に戻したろうな?リモコン類なくしてねぇだろうな?」
「ああ、大丈夫さ。全て上手くやって出てきたよ。」
「おう。ならいいわ。あばよ。」
チェックアウトをし終えた2人はロビーを出て、気持ちの良い朝日を全身に浴びながら話す。
「さあて、今日はどうしましょうかね?」
「そうですね〜昨日アウトレットがあった所の隣にテーマパークがありましたよね、あそこに行きませんか?」
「おおいいねぇ!よし、今日はそこで思いっきり羽を伸ばすぞ!」
「羽なんて生えてるんですか?!」
私達2人はタクシーを捕まえ、そのテーマパーク"キッピチランド"にやってきた。
ここのキッピチランドはとても特殊で、もちろんアトラクションもあるのだが、終日パレードを行っている。いつどんなタイミングで入園しても必ずパレードが開催されているのだ。

ワンシャンワンシャン♪

「なんて賑やかなんだ!」
「昨日の疲れが吹っ飛びますね!」
私達2人はパレードも見たいが、まずはアトラクションに乗る事にした。
奮発してファストチケットという、普通のチケットと追加購入すれば、ほぼ並ばずにアトラクションに乗れるチケットを購入したので、今日は色々乗れるだろう。
園内マップを見て、まず「ゴッペンツォの滝修行」というアトラクションに乗ることにした。
これは、「山の上から落ちてくる水をなんとか避けてゴールに辿り着こうね、さもなくばビチョビチョだよ、帰り道恥ずかしい思いしたくないでしょ、じゃあ避けるべきだよね。」といったアトラクションだ!
モォヒィ氏も私も子供のようにはしゃいでいる。
「ぎゃはは!あぶねえ!」
「ヒーッヒッヒ!ァヒーッヒッヒッヒ!!」
「おい足皮そこどけよぉ!」
「っるせぇお前こそ、うわぁぁぁあぶねぇ!」
「ぎゃーーはっはっは!」
存分に楽しんでびしょびしょになった私達は次に「メコンチン号」というアトラクションに乗った。
これは「ただ乗りながら移りゆく景色を眺めて感動しようね、景色に合わせて乗り物が振動したりするからその臨場感を楽しんでね、楽しまないとせっかく金払って来たのにもったいないよね。」といったアトラクションだ!
「おお…すげぇ…」
「なんて綺麗なんだ…」
「お、次は洞窟か…!」
「なんだか怖ぇ!」
「なんだあの怪物は!」
「あれはきっと西日本列島を主食にしている悪い怪獣だ!」
私達は感嘆の声と血尿を漏らしながらメコンチン号を楽しんだ。
「いやぁ凄かったなあ!私エビの大群が押し寄せてくる所なんて誰よりも大声をあげてましたよ。あのエリア好きだなあ。」
「僕はメントス工場のエリアが特にお気に入りでしたね。」
「他にも色々すごかったね、天空城のエリア、そこから龍に乗って雲の世界、それから地上に戻ってコンビニのエリア、味噌汁の中エリア、浮浪者の肥溜めエリア…私トンネル内エリアなんて退屈すぎて憂鬱になっちゃいましたよ!」
そんなこんなでさまざまなアトラクションに乗り、レストランで昼食を摂った私達は、最後にパレードを見る事にした。
このパレードが、ゴムチョ島に住む多くの人々をギーチョ村に呼び寄せる、名作パレードだそうだ。
「なんだかワクワクしてきましたね。」
「日も暮れてライトアップが綺麗に見えるから尚更素晴らしいパレードになりそうだね!」
一日中やってるパレード。しかしそのメインともなる「18時のパレード」は改めてファンファーレから始まる。
これこそが、キッピチランドのお目玉なのだ。
「いよいよはじまるぞ!」

レディース & ジェントルメン!
ナントカカントカヒウィゴー!

異性と発音のいいアナウンスと共に花火、そして大きな乗り物に乗ったユニークなキャラクター達が次々と現れる!
私達にとっては見知らぬキャラだった。しかしそんな事どうだっていい。このハッピーな空気感に完全にやられちまった。
「きゃっきゃ!!」
「きゃっきゃ!!」
2人で大はしゃぎだ。
「あ!あのトカゲを模したキャラはきっとクロコナントカって名前にちげぇねぇ!」
「ああ、なんて気持ち悪い鱗の質感なんだ!」
トカゲを模した"ウンチール"という名のそのキャラは、火のついた輪でジャグリングをし、落としちゃう度に中の人が「ああ畜生!」と言うキャラとなっていた。
「あれ見ろよ!ミミズクのキャラだ!」
「なんて名前かさっぱり予想もつかねぇ!」
次に現れたミミズクを模した"プザザ"は、人間の手足が生えたミミズクだ。その手足は明らかに生身でその上から着ぐるみを着ているわけだからか、時折中の人が「股が蒸れて痒い!」と声を荒げる、そんなキャラとなっていた。
「ほほっ!あれ見てみろよ足皮ァ!」
「くっはぁ!!あれはきっとこのキッピチランドのメインキャラクターに違いないぜ!」
パレードの最後に現れたるは、キッピチランドのメインキャラ!
さまざまな動物の中にいる人間を模した、というより人そのものがキャラの"坂間厳"さんだ。今年70歳になられたそうな。
周りの若者は坂間さんを見ると湧き立った。女性達はきゃあきゃあ言い、男性達は雄叫びをあげ互いに抱き合っていた。相当な喜びようだ。
坂間さんは、乗っているその乗り物がパレードの真ん中に来た時1歩前に出て、手のひらを上にあげた。
その途端パレードの音楽が鳴り止み、乗り物達も一斉に静止し、それらに乗っている個性豊かなキャラ達も一斉に坂間さんを指差し見つめた。
これは、坂間さんが何かを言うつもりだ。そう確信した私達はワクワクとテンションが最高潮に達しながらも、周りの人がそうしているように静かに坂間さんの一言を待った。
パレードの煌びやかなイルミネーションすらも、坂間さんのイメージカラーであるショッキングターコイズピンク一色となり、静けさがあたりを包み、観客も皆静寂を保ちながら坂間さんただ一点に着目した。
そして完全な静寂が辺りを包んだ頃、ついにその時が来た。坂間さんは指をつまむ仕草をし手を前に出し、手首をクルクルと回しながら、皆が待ち侘びている中こう言った。
「ネジ」
その瞬間だ。これまで見た事ないような大規模な花火が四方八方から打ち上がり、パレードのイルミネーションはもう何色だか分からないくらいの煌びやかさを放つ。
パレードの乗り物は再び動き出し、あらゆるアトラクションを照らすライトアップも凄い規模だ!
ここ一帯がまるで魔法の世界になったかのような景観をしており、ゲスト達のテンションも最高潮だ!
ある者はガッツポーズをし、ある者はSNSに「#坂間今日のひとこと」で投稿をし、ある者は涙を流しながら見知らぬ人とでさえ抱き合い喜ぶ。
キッピチランド一帯が、大きな喜びの場となったーーー。

私達は余韻に浸りながらキッピチランドの出口へと歩んでいた。
お土産に、今日の言葉であった「ネジ」を模したカチューシャをつけたり、ぬいぐるみを抱き抱えたり、キーホルダーを鞄につけているゲストがたくさんいた。
私達だってその1人だ。私はなんかガラスの球体の中に気泡でネジの形を表現したオブジェを購入し、モォヒィさんは「ネジ麺」という即席ラーメンのアレを買っていた。
帰り道、この余韻のまま寝てしまうのは勿体無いので、2人は温泉に行く事にした。
ギーチョ村に存在する数ある温泉の中でも屈指の湯加減と評判の「ナョーン之湯」に決めた。
2人はタオル等持ち、大浴場へと向かう。
「いやぁ、本当に素晴らしいパレードでしたね。」
「私途中泣いてましたよ。けどあんなの見せられちゃあ涙流してもおかしくないですよね。」
「いや本当にそう思います。おっと、そっちは女湯ですぞ。」
「言うなし!ワンチャンあったのに!」
「キッショwww」
私達2人はナョーン之湯名物の大浴場へと入った。もちろん男湯の方だ。
しかしひとつトラブル発生だ。超名店だからこそ私達以外にも客が大勢おり、湯船に人が満員電車のようにギチギチと入っている。しかも入浴待ちもいるようで、湯船のわきに沿って並ぶ連中もいる。
これはもしや入れないのでは…しかしここまで来て名湯に入らず宿に戻るわけにはいかない。
見えるのは初老の裸体、ふくよかな裸体、華奢な裸体…。それらがむさ苦しい湿度と温度の空間で一つの湯船に詰め込まれているのだ。
おそらくこれだけの人間が湯船に浸かっては、元あったお湯は全て流れ出てしまいほとんどが汗や、ひっそり出した尿に違いない。
つまりここで矛盾が生じてしてしまうのだ。私達はナョーン之湯に入りに来た。それはどんな形であれ達成はできる。しかしながらそのお湯がもうほとんど湯船になく、入っている人間から出た汗や尿、もしかしたら垢や唾液や鼻水や痰や膿なんかもあるかもしれないが、つまり目的とは違う湯(?)に浸かる事になるのだ。
私達2人はその事実に気づいた時、とんでもない恐怖と後悔に苛まれた。もう入浴待ちの列に入ってしまい、後ろにも人が並んでいる。どうしたものか…
悩んでいると、ななやら腕を掴まれ横に引き抜かれた。
「うわぁ!」
「大声をあげないで。いいかい、ここはもう地獄だ。こっちへ。」
謎の人物は私達2人の腕を掴み大浴場の端へといざなった。
「君たちまだ正気を保っているね。よかった。」
「い、一体なんなんですかここは?」
「ここは、もう…地獄と呼ぶにも生ぬるいくらいの場所さ。」
「あの湯船はなんなんですか?」
「説明してる暇はない。とにかくこの大浴場から出ないと。」
3人は大浴場から繋がっている露天風呂に逃げるようにひっそりと向かった。
露天風呂に到着すると3人はそれに浸かり、癒されながらさっきの話を続けた。
「いやぁいい湯だ。しかしさっきのは一体…」
「あの大浴場はね、麻薬みたいなものなんだ。あの湯を求めて来たゾンビのような連中が次々に湯船に入っていたろ?あの湯の香りや評判に釣られてやってきた、愚かな奴らさ。」
「そんな…もし私たちがあれに浸かってたら、すごく不潔になる所だった…。」
「そうだね、本当に危なかった。君たちは見た所理性がありそうだったから、助けたくなった。今一度確認だけど、あの湯船には浸かりたくないんだね?」
「もちろんです。あんな湯船、絶対に嫌だね。」
「よかった。君たちは助かるよ。そういえば自己紹介がまだだったね。僕は大河内のぶみち。世界中の温泉に巣食う、さっきみたいな連中…つまり湯中毒者と戦い、一般人を救う活動している。」
「大河内さん、本当に助かりました。私は足皮すすむ。」
「私は田澤=モォヒィ=つとむ。モォヒィって呼んでください。」
「ああ、よろしく。」
私達2人はのぶみち氏にこれまでの経緯を話した。そしてのぶみち氏もまた、自分の経緯を話してくれた。
「私はかつて日本で"黙浴の帝王"とまで呼ばれた、静寂なる入浴師なんだ。しかしある日別の入浴師である数人が私を追い払った。裏切られたんだ。」
「入浴師なんて初めてききました。」
「そうだろうね、温泉業界でも知ってる人が少ない。あまりに深く潜入しすぎていてその存在をほとんど誰も知らない、極秘の組織なんだ。」
「そんな組織の方が、なぜここに?」
「裏切った連中に温泉界を乗っ取られる前に、僕が頂点に立たなくてはならないんだ。そんな中このギーチョ村のナョーン之湯に来て、今ってわけ。」
「そうだったんですね、お悔やみ申し上げます。他にはどんな入浴師がいるんですか?」
「僕以外の入浴師は、口笛さえずりし入浴師・寄り目してるせいで右往左往せし入浴師・M字開脚の入浴師・両親危篤入浴師・足の爪食べながら入浴師がいる。…まとにかくここは危険だ。時期に奴らがこの露天風呂にまで進出してくる。とにかくここを一旦出よう。」
こうして私達3人は占拠されたナョーン之湯を後にし、今日泊まる旅館"ヴィラ・エッピエッピ"にたどり着いたーーー。



※容量食いすぎて書いてる最中のスマホのラグがひどいですタスケテ。なので前編後編に分けて投稿します。後編はまた日をおいてから投稿します。

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