こうひいはうす

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 大学時代は寮に住んでいた。大学の寮で、大学からは徒歩10分もしないくらい、建物はお世辞にも綺麗とは言えないけど、オンボロというほどでもない。3階建ての建物で1階は食堂や会議室などの共有スペースや管理人さんの住居スペース、2階は女子の居室、3階は男子の居室だった。居室は基本的に2人部屋で、シャワー・トイレ・洗面所は共用(男女別)。大学から徴収される料金と、光熱費等を全員で割った料金は合わせて毎月2万円くらい。それとは別料金を支払えば、管理人さんから提供される朝食・夕食を食べることもできる。寮には最大で50人くらいまで住めたはずだが、私が住んでいた頃は大抵定員割れして、30人くらいだったと思う。

私は実家からでも大学には十分通えたのだけれど、どうしても親から離れたくて、でも一人暮らしをするお金を貰うのも癪だし自分で稼ぐ自信もなくて、安く住める寮に入ることを考えた。合格した後に大学から送られてきた封筒に入っていた様々な案内のプリント類に混じって、「入寮案内」のパンフレットには明らかに悪ノリが過ぎた「寮生紹介」が書かれていたけど(よく大学が同封を許したな?というレベルの、下ネタから明後日の方向にまで様々に強調された個性豊かな寮生たちが紹介されていた)、私はそういった面白さとは無縁の暮らしをしていたにもかかわらず、なぜか、きっとどうにかなる、という謎の自信があり、大して検討することもなく寮で暮らすことにした。

入学式の少し前に「入寮日」なるものが定められていて、新入寮生はその日から寮での生活を始めることになる。新入寮生は最初に小さな会議室に集められて、寮長と副寮長から寮生活についての説明を受けることになるのだけど、これはよく覚えている。ホワイトボードに「寮生の三大義務」と称し、それらの説明を大真面目な顔で続ける寮長。その義務というのは、寮の自治を守る、寮の行事に絶対参加、寮歌をこよなく愛するというものなのだが、普通の人からするとなんだかほほえましいとか、ちょっと面白いな、という感じではないだろうか?しかしそんな私の思いとは裏腹に、最上級生である恐そうな寮長が大きな声で大真面目にそれらの説明をするのを見て、「ああ世間とはズレたところに来てしまった」と思ったものだ(実際、寮の様々な行事を通じ、ズレは強化されていくことになる)。
そしてそのあとは食堂で飲み会が延々と続く。4つくらい輪を作って、1時間ごとに新入寮生が輪を移動していく。これをすべての輪を回るまで繰り返し、移動の前には質問タイムがあり、ここで新入寮生は「正式な自己紹介」をし、先輩たちのプロフィールに関して質問される(パンフレットの寮生紹介コーナーはこの質問タイムの公式回答集となり、必死に暗記することになる)。このような飲み会が約2週間、ほぼ毎晩行われる。これが寮の新歓である。

新歓は飲み物と少々のスナック菓子だけなので、その前に夕食を食べる必要がある。新歓の期間には、新入寮生は自分の食事にお金を使うということはない。部活の新歓に行ってご飯を食べるか、そうでなくても上級生がすべて奢ってくれるからだ。
私が寮に入って、新歓の前に上級生が連れて行ってくれたご飯で初めて食べたものが、「こうひいはうす」のスープカレーである。店は寮から少し遠いので、先輩の車にみんなで乗せてもらっていくのだが、こういう時は発車前に「お願いしまーす!」と言うのだ、というのもこの時初めて知った。知らない作法がたくさんあって、それを見逃さないように、と緊張しっぱなしの毎日だった(もっとも、寮の中でしか通じない作法もたくさんあった)。

スープカレーにはスパイスが効いている系も多いしこれも美味しいが、こうひいはうすのは出汁が効いているタイプの澄んだスープで、やさしい味だ。肉(定番はチキンレッグ)と野菜がゴロゴロ入っていて、たしか800円くらいと、スープカレーの相場の中でもかなり財布にもやさしいほうだったと記憶している。先輩たちの何人かはここのスープカレーが大好きで、店のおばさんにも「寮の子たち」と認識されていた。あいにく車を持たないままだった私はそんなに行くことはなかったのだけど、寮で初めて連れて行ってもらったご飯、として忘れられない味だ。(でもそのときは緊張のあまり味はよくわからなかったと思う)

結局寮には大学卒業まで住み続けた。私のあまり面白いことも言えない性質はそのままだったが、面白エピソードには事欠かない生活を送れたので、感謝している。そんな寮も今年度をもって新入寮生の募集が終了し、無くなってしまうことを寮からの手紙で知った。色々問題はあったにせよ、安く住めて良かったのになあ。寮生だった頃には少し疎ましく思った(なぜなら激しい飲み会が発生するから)寮のOBOGたちとももう会うことはないのだろうか、少し残念だ。

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