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わたしの読書遍歴ー高校生編②ー

わたしの読書遍歴ー高校生編①ーの続き。
「オーケンののほほんと熱い国へ行く」大槻ケンヂ著
を手にした私は、そこから本を読むようになった。

1.オーケンの本を片っ端から読む。

「高校生の時に読んだ本は?」と質問されて「村上春樹の有名どころから入ったんです」とか答える文学女子になってみたかったものだが、ひょんなことから、オーケンばかりを読む女子高生となってしまった。”なってしまった”といったら、ちょっと失礼か。いや、でも"なってしまった”が、正しい表現なような気がしている。

オーケンの本は、高校の図書室には残念ながらおいていなかったので、お小遣いで買える範囲で片っ端から読んだ。振り返ってみると、エッセイばかりだ。

高校時代に読んだ記憶がある本。
・オーケンののほほんと熱い国へ行く
・のほほん雑記帳
・行きそで行かないとこへ行こう
・ボクはこんなことを考えている
・のほほん人間革命
・オーケンののほほん日記1992-1995
・大槻ケンヂのお蔵だし
・オーケンののほほん日記ソリッド
・のほほんだけじゃだめかしら?
・グミ・チョコレート・パイン グミ編

あ、思い出した。
当時、ちょうど「リンダ・リンダ・ラバーソール」が、「ダ・ヴィンチ」で連載されていた。高校の図書室に「ダ・ヴィンチ」は置いてあったので、「ラッキー!ただで読める!」と思って月一読みに通っていた。

2.何故、そんなにハマったのか?

本に書いてあるすべての情報が刺激的だったから、という言葉に尽きると思う。私の読書デビュー1冊目となった「オーケンののほほんと熱い国へ行く」は、インド・タイの旅行記。旅行客にチップをせびるのが、大人だけでなく子供もやっているという事実に、まず面食らった。

テレビ番組の「世界ふしぎ発見!」が当時大好きで、他国の文化や歴史に興味深々だったのだが、テレビでは決して知りえないような体験がたくさん書いてあった。私には知らない世界がありすぎる、と思った。

また、他のエッセイでは、普通に生活しているだけでは絶対に出逢うことのない、様々なバンドやライブハウスの話など、これもまた私が全く知らない事ばかりが書いてあった。

たとえば、電気グルーヴの前身は、「人生」というユニットで、ライブ中に頭からカレーをかけていたとか、ハナタラシというバンドが、ライブハウスの壁をショベルカーで壊して入ったとか、そんな知識をオーケンの本からたくさん習得した。

「なんで、そんなサブカルなの?」「なんで、そんなこと知っているの?」と時折訊かれることがあるが、「オーケンの本を読んでいたから」が最適解となる。

3.グミ・チョコレート・パイン

唯一読んだオーケンの小説は「グミ・チョコレート・パイン」であり、そして、私は間違いなく「グミチョコ信者」というやつだ。

…もう、それは、それは、はまった。どはまりした。
「あれ?!この小説、私の事が書いてあるじゃん!!」と本気で思う位に没入をしていた。…この辺りについて語りはじめたら、もう、うざいレベルを通り越して、嫌われる領域に達するので、このくらいに留めておく。

4.本の中の世界が心の拠り所だった。

高校の頃の友達が嫌いだった訳では決してなく、「こんな私と仲良くしてくれてありがとう」と今でも思っているが、趣味や考え方が合わずに、いつも表面だけ話を合わせている部分も正直あった。

そんな私の事を全てわかってくれたのが、この小説の世界とオーケンのエッセイだった。多分、私が高校生じゃなかったら、ここまで没入はしなかったと思う。いわゆる「アイデンティティの確立期」に、いろんな心の葛藤があり、その葛藤にすっと寄り添ってくれた存在だったと言える。

「読書遍歴」というよりは、「どうアイデンティティの確立期を過ごしたか」みたいな話になってしまったが、学生時代の読書なんて、そんなものではないのかと思う。


高校時代に読んだ本については、他にももうちょっと書きたいことがあるので、続きはまた今度。


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