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たいしたことではない、のだけれど。

ある学期末の朝、
家を出る息子を見送っていた時のこと。

家の前の道は、歩道もなく、かなりの傾斜の坂道なので、
いつも息子が坂を上りきるのを見届けてから家に戻る。

この日は、そこで坂を下りてくる軽自動車が1台。

通り過ぎる・・・

かと思ったら、減速。


・・・からの、私の前で停車。

???


窓が開いて、マダムがニコリ。


え、え?
えぇ?何事?!


私が慌てふためいていると、
彼女はにこやかに挨拶してくれて、
こんなことを言った。

”通勤で毎日のようにこの道を通るのですけど、
車で近づくと、お宅の息子さん、
ちゃんと道の端によって、
そこで止まっていてくれるんです。
親御さんの教育がちゃんとされているのね、
と感心していましたの。
素晴らしいですね。”

”!!”
見知らぬマダムは
それを伝えるために、わざわざ車を停めてくれたのだった。

いやいや、そんなことないです~、という
定型的な謙遜の言葉は、
褒めてくれた相手に対して失礼な気がしたので
やめた。

その代わり、
驚きと喜びで裏返りそうな声で
”ありがとうございます!”
と応えていた。

表題のとおり、
息子のしていたことは、
”たいしたことではない、”と思う。

ここは田舎だし、車が主な移動手段。
乗りなれている人が多い反面、
人通りが少ないと判断すれば、飛ばす車も多い。
家の前の道も然り、だ。

それに、自分も運転者である目線から考えると、
子どもは特に、動きの予測がつかなくて怖い。

どんなに端を歩いてくれていても、
いつよろけて車の方に出てくるかもわからない。
その横を通るときには、どんなに減速していても神経を使う。

だから、車をよけるだけではなくて
”止まる!”が大切だと常々思っていたし、
その意志を、運転者側に伝える必要があるから、
”動かない!”

そして、車を先に行かせてから歩く、これが
それぞれのスピードを考えても合理的。

もちろん、道路交通法的には歩行者が優先だけれど、
家の前の狭い坂道においては、
”止まって、車を先に行かせる”、がベストな対応だと
常々考えていた。

そんなこともあって、
子供たちには
”車が来たら、端に寄って!止まる!!動かない!!!”
を繰り返し伝えてきた。

これは、間違っていなかったんだな、と思う。

そして、息子が、
私がいない時でもちゃんと、
実践してくれていたんだと思うと、
とてもうれしかった。


この日はなにより、
わざわざお褒めの言葉を伝えてくれたマダムのやさしさに、
胸が暖かくなった。

我が子が褒められるって
こんなにもくすぐったいものなのか。

可愛いね、
という誉め言葉は、
もちろん嬉しいものだけど、

直接は知らない、
他人の子供の、
しかもこんな些細なGOOD POINTに
気が付いてもらえるなんて。
マダムの、繊細な観察眼に感動した。

そしてもう一つ。
マダムは、親である”私たち”のこともほめてくれたのだ。
それがなんだか、
後から気恥ずかしくて、
でも、とてもありがたかった。

育児って、答え合わせがない。

どんなに頑張っても、
それが正しい判断だったのか、
子どもたちにとっていい選択だったのか、
プラスになったのか、
そんなこと、誰も教えてはくれない。

そんななかで、
ほんのささいな事でも、

”あなたの教えたことは、正しかったよ。
あなたの子育て、間違ってないよ。”

そう認めてもらることが、
こんなにもうれしい気持ちになるなんて。
たいしたことではない、ことの、
その一言の誉め言葉で
日々の頑張りが、報われる気がした。



その日の夜、布団に入りながら、
私は言葉を尽くして息子を褒めた。
嫌がる息子を、無理やりぎゅーぎゅー抱きしめて、
これでもか!というくらいほめちぎった。


子どもには、
小さいけれど大切なことを
毎日毎日投げかけている。

それがある日、思わぬ形で、
特大のご褒美としてもどってきた。
10倍にも20倍にもなって。

子育ての不思議と醍醐味のひとつって、
こういうこともかなぁ~・・・

そんなことを思いながら、
幸せな眠りについたのでした。

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