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🅂17 遠くに芋える䟡倀

「A little dough」 第章 支出しお生掻する 🅂17 地䜍財ず非地䜍財

 🅂15🅂16ずロバヌト・・フランクの著曞「幞せずお金の経枈孊」から、「地䜍財ず非地䜍財」「盞察的欠乏」ずいうテヌマに぀いお蚘茉したした。私たちの支出行動を考える䞊でこの二぀はずおも倧きな意味を持぀ず考えおいたす。こののち、ラむフデザむンに沿ったファむナンシャルプランを実珟しおいくためには、「ヒュヌリスティックスなどによる認知゚ラヌの存圚」や「衝動ず自制の問題」ず䜵せおこの二぀のテヌマずも向き合っおいく必芁がありたす。

➀「地䜍財」をほどほどに楜しむ
 🅂15で蚘茉したしたが、フランクは「盞察的欠乏」は私たちを「無駄な消費ぞず駆り立おる芋えない因子」になっおいるず結論付けおいたす。もし可胜であるなら、🅂16で蚘茉したミュラヌリダヌの錯芖ず同じように、錯芚にすぎないず割り切れば良いのです。そうすれば、無駄な消費をせずに非地䜍財に回す資金にも䜙裕が生たれるからです。
 しかし私たちを取り巻く䞖界は、様々な魅力的な商品や広告で溢れおいお、よほど泚意しおいない限りは知らぬ間に「地䜍財の獲埗競争」に巻き蟌たれおしたうこずになりたす。たたこうした地䜍財には、私たちの日垞を楜したせおくれる芁玠がたくさんありたすし、叀くからの歎史やスヌトヌリヌを䞊手く刷り蟌んだブランド広告を芋せられるず、すっかりその気になっおしたうものです。
 私はこれらの過剰ずも思われる地䜍財をこずごずく排陀すべきだず思っおいるわけではありたせん。これは個人の経隓でしかありたせんが、実際には䜕床かの散財を繰り返すこずによっお「過剰感」を実感できるようになりたすし、たた分野が違うず新たに経隓や孊習が必芁なこずもありたす。結局「ほどほどに地䜍財を楜しむ」ずいう蟺りに萜ち着くこずができればいいのだず思いたす。少しおいしいワむン飲みたいずか、ずきどきフレンチずか、たわらないお寿叞ずか、そうしたちょっずした莅沢は誰でも状況に応じお楜しんでいいものだからです。
 結局私たちが特に重芁䞔぀高額ず認識するような特定の支出行動地䜍財を遞択する堎合に、より慎重に怜蚎し冷静に察凊できるこずがポむントになっおきたす。

➀ラむフデザむンで考えた䟡倀芳に立ち返る
 第章のプランニングのずころで述べたしたが、私たちは意識しおいるかどうかは別にしお、個人の䟡倀芳そのものは必ず存圚しおいたす。䟋えば「仕事ず家庭を䞭心に堅実で幞犏な人生を送る」ずいった䟡倀芳は、倚くの人に共通しおいる䟡倀芳かもしれたせん。こうした自身の䞭心的な䟡倀芳に立ち返るこずができれば、50坪か65坪かずいう遞択も客芳的な事実を基に刀断できる可胜性がでおきたす。
 私たちの人生の䞭心的な䟡倀芳には様々なものがあるず思いたすが、実際のずころ䞊蚘の䟋のようにある皋床抜象化・本質化され、たた長期的な芖点を備えおいるこずが倚く、その延長䞊に非地䜍財が芋えおいるからです。
 䟋えば家族や友人、愛情・健康・自由・自䞻性・瀟䌚ぞの垰属意識・良質な環境などです。たた仕事に䞭心的䟡倀芳を眮く人も倚いずは思いたすが、それは所埗や瀟䌚的地䜍ずいったものより仕事そのものの本質的な郚分や、仕事を通じた瀟䌚的䟡倀を重芖しおいるようなケヌスが倚いず思いたす。もちろん、所埗・瀟䌚的地䜍・車・家・高玚ブランド品などに人生の䞭心的䟡倀芳をおく人もいるずは思いたすが、実際そう倚くはないでしょう。たいおいの堎合そうした䟡倀芳は長続きしにくいからです。自分の䟡倀芳が地䜍財にあるなら、信じおトラむしおみればいいず思いたす。そうした経隓の䞭で必ず芋えおくるものがあるからです。ただ臎呜傷にならないように泚意する必芁はありたす。

 ただこうしたこずも、自分自身の䟡倀芳にアプロヌチしおいなければ立ち返るこずもできたせん。幎に䞀回でもラむフデザむンシヌト第章リンク参照を眺めお、自分の䟡倀芳を瀺すワヌドに倉化がないか確認するずいったこずが意味を持っおきたす。こうした自己芳察の時間メタ認知おけるモニタリング掻動が、どちらの遞択が盞応しいかヒントを䞎えおくれるはずです。

➀私たちの生掻感芚ずは
 私は孊生時代に音楜のサヌクルに入っお仲間ず音楜を楜しんでいたしたが、その際気になったのは自身の音皋の䞍安定さです。䜕ずか歌うこずはできたすが、レコヌデむングしたデモテヌプなど埌で聎くずよく音を倖しおいたした。䞀方で䞖の䞭には絶察音感Perfect Pitchずいうものをお持ちの方もいたす。これは先倩的、あるいは蚓緎によっお身に着けた方もいるようですが、単音を聞いただけでそれが䜕の音か刀別する胜力を持っおいたす。絶察音感のほかにも、絶察味芚や絶察嗅芚など特定の感芚を絶察的な尺床で捉える胜力を持぀人はいるようですが、このような胜力はいずれも垌少であり特殊な胜力ずいっおいいようです。
 䞀方で私のように音皋に限らずどれをずっおも盞察的な感芚しか持ち合わせのない人もいるかず思いたす。私のような方がどれだけいるかずいうず控えめに芋積もっおも憶枬ですがくらいでしょうから、地䜍財に関する私たちの感芚は倚くの堎合コンテクスト物事や人が眮かれおいる状況や関係の圱響を受けるず考えおおく必芁がありたす。

 地䜍財に関する私たちの感芚は、䜕時も他ずの比范で感じおいるものずいうこずになりたす。所埗が倚い、良いスヌツを着おいる など比范察照があるからこそ「倚い」「良い」ずいう蚀葉が䜿えたす。そうした地䜍財の性栌を知るこずで、私たちにずっおの地䜍財の本来の䟡倀が芋えおきたす。
 私芋ですが、比范優劣の぀きやすい地䜍財ずいえども、それ自䜓が持぀「必芁䟡倀」ずいうものがあるず思いたす。䟋えば所埗であれば「日垞生掻が維持できる氎準」、スヌツであれば「就職面接に着おいける氎準」ずいうようなものです。そしおそれを䞊回るαの郚分は、私たちにずっお盞察的䟡倀でしかないのです。盞察的にしか刀断できないずいうこずは、裏を返せば「個人の䞻芳では決めおいない決められない」ずいう様に蚀うこずもできたす。そう考えるず「䞻芳で決められないようなこずに拘っおしたう私たちはいったい䜕をしおいるんだろう 」ずいう気もしおきたす。
 ただこう考えるこず自䜓が正しいかどうか私にも確蚌はないのですが、そういうものなら、そういうものずしお扱う他ないずいうこずです。比范によっおしか䟡倀を刀別できないなら、比范察象が倉わればその䟡倀はころころず倉わっおしたうものです。そうであれば「15坪」か「▲15坪」ずいった遞択にどれだけの意味があるのかずいうこずになりたす。たた、そうしたものに人生の倚くの時間や他のリ゜ヌスをかけるこずが、本圓に私たちの人生を充実した豊かなものにしおくれるのか、よくよく考えおおく必芁があるように思いたす。


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