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18:消えた友達を追って②

マガジン「人の形を手に入れるまで」の18話目です。まだ前書きを読んでいない方は、こちらからご覧ください。

それはオフ会の数日前。Cの妹を名乗る人物から届いたメッセージは、Cの訃報とオフ会の中止を伝えるものだった。現状を整理しきれない中必死で送ったのだろう、それは丁寧なたどたどしさで綴られていた。

「突然の連絡ですみません、Cの妹のDと申します。実は、姉、Cの身に不幸が起き、Cは帰らぬ人となりました。このオフ会は―――――(後略)」

―――――いやいやオフ会中止なんて言っている場合じゃないだろう。

率直な意見がそれだったのは、Cの死がにわかに信じられなかったからだ。悲しむでも悼むでもなく…この感覚はその前の年にも感じたことだ…人の死というものには、どうあっても現実感が伴わないらしい。

妹さんからの連絡では、通夜、葬儀は身内だけで行うらしかった。後日改めてお参りだけ伺わせて欲しいことを伝えると、妹さんは「うちの母はちょっと厄介なので」と、四十九日を終えた彼女が埋葬される予定場所を教えてくれた。

彼女の四十九日が過ぎて、私はある日曜日電車に乗り込んだ。その日は夏の終わり。四十九日を終えた彼女は、隣県のとある納骨堂に眠っていた。ツクツクボウシなど晩夏の蝉が声を響かすその場所は、最寄駅から歩いて一時間以上かかる山の中だった。当時大学生だった私は、バスに乗るでもタクシーを止めるでもなく、ただひたすらその納骨堂を目指して歩いた。

妹さんとのその後のやりとりで、彼女が自分の車で練炭自殺をしたということがわかった。家族との関係性に悩んでいた彼女。感受性が強くて、他人の機微に敏感だった彼女。東京に旅立つつもりでいた彼女が、どうしてその選択をすることになったのか、その答えはもう知ることができない。

車一台が通れる幅のなだらかな坂道は、教えられた納骨堂が終着点だった。余りいい印象のないその「宗教」は、彼女の母が熱心に信仰しているのだそうだ。実は、私の祖母もその「宗教」の人間だった。自分たちの親戚の様子を思い出しながら、「余り深入りしたくないよね」と意気投合したのはついこの間の話だ。

『本当に、ここに入っちゃったのかな』

あんなにお母さんの宗教を嫌ってたのに。胸に侘しさがこみ上げた。彼女の死を実感できないまま訪れた納骨室は、広く、まるでコインロッカーのような内観も相まって「死者へのお参り」という現実感すら湧かない。

複数ある納骨室から彼女を見つけることができず、受付で改めて場所を聞いた。彼女の名前を告げると、受付の人が丁寧に案内をしてくれた。そこで初めて、「ああ、ここにCのお骨が収められているのは本当だったのか」と現実感が伴ったのを覚えている。

納骨室を前に、あれこれ一人で話してみた。オフ会すごく楽しみだったんだよ。東京に行ったら、私のおすすめのおせんべい屋さんまだあるか見てみて欲しかったんだよ。妹さんが、オフ会の中止を教えてくれたんだよ。言ってたとおり、すごく丁寧でいい妹さんなんだね。

何を話しても滑稽だった。彼女の顔も知らない。お骨もこの淡い桜色のロッカーの中。ただ一方的に憧れて、偶像を作り上げたのはもしかして私だろうか。そして、周囲の偶像の数に疲れてしまったなんて可能性もあるんだろうか。だとすれば、彼女を殺した「そのうちの一人」は、まぎれもなく私ではないのだろうか。

定時になったのだろう、階下から独特のお経が聞こえてきた。そういえばさっき、お経の読み上げをするかしないか聞かれたが、よく分からずお願いしてしまった。自分の天国での安寧を、嫌っていた宗教のお経で願われるのは嫌だっただろうか。

少し後ろめたくなって、ごめんね、と納骨堂をあとにした。彼女が亡くなってから数日後、SNSからは彼女のアカウントは消されていた。消えた彼女とつながっていた証拠は、何一つ手元に残っていない。消えた彼女を追ってやっと追いついたあの納骨堂のあの景色。納骨堂に至るまでのあの草の匂い。あの情景をありありと思い出せることだけが、彼女と私の今の接点なのだ。


駆け出しライター「りくとん」です。諸事情で居住エリアでのPSW活動ができなくなってしまいましたが、オンラインPSWとして頑張りたいと思います。皆様のサポート、どうぞよろしくお願いします!