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視線の贈り方の話

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ぎんぎん、こんにちは、ノウト!

いのいちばん、という話を前回させていただきました。

50音を言葉として表した仏教の文章があります。「いろはにほへとちりぬるを・・・」と続く文章です。この後にも続きはありますが割愛します。興味のある方は検索などしていただけると幸いです。この文章の意味としては「キレイな花も散ってしまう」的な感じで永遠の命はないという教えです。なんて話はしておりませんが、前回のお話もお読みいただければ幸いです。

その「いろはにほへと」の「い」の部分をとって「いのいちばん」です。なぜ「い」が一番なのか、不思議でいたころがボクにはありました。そのときに不思議に思った時に調べればことは簡単に解決し、納得できたのですが調べもせずに疑問に悶々とした日々をおくっていましたが、ふとした瞬間に「いろはにほへと」の「い」じゃね?なんて思った次第です。

つまり、「いのいちばん」の「い」は「いろはにほへと」の「い」というのは、ボクのただただ単純な考察です。間違っていたらすみません。

いちばんの「い」かもしれませんからね。もしかすると、「いのいちばん」という言葉、慣用句的なものもないのかもしれません。ただただ昔のキャッチコピーだったのかもしれません。キャッチコピーにしても、「い」の意味はきっとあったのだから調べれば出てくるはずです。

どうせこの文章を読み進めていけばきっと意味が答えが調べて書いているのだろうとお思いなのかもしれませんが、
そんなことはありません、この先、読み進めても調べた答えなどは書かれていません。

結論から入るタイプの文章ですから、この後もその結論がいかにも正しいかのように書き綴っているだけで机上の空論が繰り広げられていきます。

いろはにほへとがいのいちばんだとすれば、別段、「あのいちばん」だったとしても良いわけです。ちっともひねりの利かないオシャレな言い回しではありませんが、オシャレな言い回しが必要ではないときに使えばそれなりには使えそうです。しかしながら、オシャレな言い回しが必要なとき、「いのいちばん」と使うと今ではオシャレではなくなりますけれどね。

オシャレの最先端を走っているモノは、言葉にせよモノにせよ、時期を間違えるだけで途端にダサくなってしまいますから怖いモノです。去年まであんなにタピオカ、タピオカと盛んに言っていたのに飲んでいたのに、今、タピオカなんて言おうモノなら飲もうモノならされなりの冷たい視線が贈られてきます。

スマートフォーンをたすき掛けにしているの姿は、来年には冷たい視線が贈られるのでしょうか。

今はもうアウターをたすき掛けするのは冷たい視線なのでしょうか、何もわからないボクはきょとんとし視線をいのいちばんでおくっていたので、このあたりで。


ありがとうございました。

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