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ワシ達は人類最強の敵と戦っている(後編)

前回の話はコチラ

 夏休みの読書感想文。中一のあちゃ子はワイフが図書館で借りてきた本を一向に読まないので、部屋の本棚にある小説(夏と花火と私の死体)をひとつ勧めてみた。これが面倒くさい地獄の冒険への始まりであった。


 ワシが本を渡してから一日が経った。あちゃ子にどれだけ読み進めたか確認すると、まだ一行も読んでいなかった。仕方がない。

「ちょ、それはー!」
 あちゃ子が後生大事にしているスマホを人質にとった。いや、スマホなんだからスマ質かな。
「一日50ページ読まないと返しませんぞ」

 効果は抜群だった。あちゃ子は夕飯を食べ終わってから一時間半で本を物語を読み終えてしまった。面白くてぐいぐい読んでしまったんだと。さすが乙一さんや。中学生の心をがっちり掴んでいる。

「夏と花火と私の死体」は、死体になった五月ちゃん(私)をどうにか隠そうと、幼い兄妹が奮闘する物語だ。小学生が死体を隠す。もうそのキーワードだけでも心をぐっと引き寄せられる。

 さて、あちゃ子が本を読み終わったので、次の作戦に移る。それはユーチューブを見ることだ。ユーチューブにはありがたいことに作文の書く方法が、至る所で紹介されている。ただなんとなく書き始めるのではなく、まずは書き方の情報を集めた。

・感動したこと
・疑問に感じたこと
・共感したこと
・印象的だった場面
・響いた言葉やセリフ

書くコツは色々あるみたいだが、ワシはポイントとなることを二つに絞った。

・結論は最初に書くこと。
・本を読む前と読んだ後で、自分はどう変わったのか。

 この2点に力を入れ、あちゃ子と読書感想文を作ることに決めた。
まずは思ったこと、書きたいことをA4のプリント用紙に箇条書きしていく。

何枚でも使っていいから、といっぱい書くことを進めた。頭の中でうんうん唸って作るよりも、とりあえず書いて頭の外に出した方が前に進む。いきなり原稿用紙に書き始めるのは愚策だ。読書感想文のプロフェッショナルならそれでも書ききることはできるが、あちゃ子は夏休みや冬休みしか読書感想文を書かないズブの素人である。

 文を書くことに慣れてないあちゃ子がいきなり原稿用紙に書いたら高確率で失敗する。まずは白紙に書きたいことを箇条書きしてもらって、ほんで使えそうな部分を採用していくスタイルにしよう。

「書いた?」
「うん。けっこういける気がする」
 あちゃ子は、A4のプリント用紙が半分くらいは黒くなるほど文字を書いていた。図も描いたりして、頭で考えたことをわかりやすく整理しようとした跡もある。本のページには、メモ書きした付箋が大量に貼ってあった。
 
 よし。ここまで準備できたのなら形にしていってもいいだろう。あちゃ子に聞いてみる。
「この本を読み終えてどう思いましたか」
「人を簡単に信用しちゃいけないと思った」
「へ?」
「だってさ、主人公の五月ちゃんは健君のことが好きだって弥生ちゃんに言ったから、木から落とされて殺されちゃったんだよ。ほら」

 あちゃ子から本を開いて説明される。確かに弥生ちゃんの兄、健君が好きだと木の上で恋バナが始まったと思ったら、五月ちゃんは弥生ちゃんに木から落とされて、あの世行きにされちゃっておるではないか。

「簡単に信用して話しちゃったから、五月ちゃんは死んじゃったの」
 た、確かにそうか。いや、でも、ええのんか読書感想文で書いた結論が「人を簡単に信用しちゃいけない」で。ちょっと質問を変えよう。
「じゃあこの作品で思ったことはなんですか?」
「んーと」
 あちゃ子がメモに視線を落とす。ワシも一緒に箇条書きされたメモを見た。

・ヤッたことがバレたら大人を全員〇す。
・弥生ちゃんにすべての罪を押し付ける。
・健君が弥生ちゃんと一緒に警察のお世話になる――

「あのー、あちゃ子さん。このバレたら大人を全員〇すってのは」
「ああそれね。全員いなくなればバレないと思って。だけど小学生の腕力で大人を〇すのは難しいし、結局逮捕されちゃうんじゃないかなって」

 もしバレたらヤッちまう。ふおお、犯人の思考パターンやないけ。ワシは早くも読書感想文の本に「夏と花火と私の死体」を選んだことを後悔していた。
夏やし、ちょっとホラー系の本を選んだろか、と軽い気持ちで本を渡すんじゃなかった。感想文を作ろうとしたら、我が子がめっちゃサイコパス感でるやないけ。

まーでも、そういう話の流れになるのは仕方ない。これは小学生の兄妹が、死体を隠す物語なのだ。隠そうする中でバレそうになってハラハラドキドキするのが面白いところなのだ。そりゃ死体を隠す側の人間の立場で考え共感したらサイコパス感でるわなぁ。
 でも、今更ほかの本にしようぜなんて言えない。この本を渡したのはワシなのだ。読んで面白かった気持ちをあちゃ子に捨てさせることはできない。んーどうしよう。

 人を簡単に信用しちゃいけない。この結論のまま終わらせるのは危険だ。読書感想文を通して人間不信者を世に送り出すことになる。
 でも、我が子が頭をフル回転させて出した答えを、否定することはできない。もし、他の結論にしようと誘導したら、それはもう子供の作文じゃなくて『親が指示して作らせた作文』になってしまう。

 なんてこったい読書感想文め。チミは本当に面倒くさいヤツじゃ。ほっぽり出してゲームに没頭する子供たちの気持ちが良くわかるわ。こやつ、一筋縄ではいかん。
 
 くっ。なんとかこの流れを脱出すべく、あちゃ子のメモと本を交互に見比べた。
「この五月ちゃんのお母さんって、どんな人?」
 あちゃ子に聞くと、すぐに答えが返ってきた。行方不明になった五月ちゃんを探している。お母さんは五月ちゃんが亡くなったことを知らない。これだ。まだ光はあった。

 共感できるところを、五月ちゃんのお母さんから探していく。お母さんは五月ちゃんが帰ってこなくなって、毎日心配している。いつか会えると思って希望を捨てず、探し続けている。

 母親をこんな悲しい気持ちにさせたのは、五月ちゃんが弥生ちゃんを簡単に信用して、恋バナして木の上から落とされたからなのだ。
『人を簡単に信用しちゃいけない』この理論を補強すべく、例になりそうなことを世の中から探してみる。あちゃ子の思考は本の外にも飛び出した。
 オレオレ詐欺とぼったくりバー。どちらも大切なお金をだまし取ってくる。世の中は人を騙す悪い人は存在して、被害にあった人はいる。人を簡単に信用しちゃったことで、家族も不幸になった人もいる。

『人を簡単に信用しちゃいけない』とは、五月ちゃんのお母さんのように、悲しむ人を増やさないための結論なのだ。

 よおおおおし。作文の筋道は見えた。完成させるべく、あちゃ子はラストスパートに入る。この作文ならば、担任の先生に夏休みになにがあったんだと心配されることもないだろう。

「できたー」
 満面の笑みのあちゃ子に原稿用紙を渡された。うん。できている。最高に面倒くさい作文をやっつけることができた。人類は面倒くさいに打ち勝つことができる。そう証明できた瞬間であった。

 これで夏休みの宿題は大丈夫であろう。面倒くさいは早めにやっつけるに限る。ワシは勝利に酔いしれるためにお酒を冷蔵庫に取りに……あちゃ子の一言で歩みが止まった。

「あともう一つで作文終わり―」
「え……もういっこあんの?」
「うん。犯罪・非行のない地域社会について、ってやつ。」
「へ、へぇ。どうやってやるの」
「カツ丼!」
 
 あちゃ子は犯罪・非行のない地域社会作りに重要なのは、カツ丼だと決めたようだ。カツ丼になにができるんじゃ! と否定せず、いかにカツ丼が優れていて犯罪・非行を起こさないようにするのか文章で力説せねばならなくなった。

 面倒くせえ。
 ワシ達の『面倒くさい』との戦いは続く。夏休みの宿題がある限り。

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