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悪役令嬢はシングルマザーになりました (41) 婚約破棄~ゲームの中の物語

*本来のゲームの世界の内容です。エステルは悪者ですのでご注意ください。


「今夜の卒業パーティでロラン様にエスコートされるのは私なのよ。あんたみたいな不細工な娘が選ばれる訳ないでしょう?」

毒々しいくらいの緋色の髪に緑色の瞳。

煽情的な深紅のドレスに包まれたエステルが憎々しげに言い放った。

男爵令嬢であるセシルは最近王太子ロランとの仲が噂されている。

何でも卒業パーティに、王太子(ロラン)は婚約者(エステル)ではなく男爵令嬢(セシル)をエスコートするらしい。

現在、そのセシルは何もないガランとした部屋に監禁され、椅子に縛り付けられている。

どんなに罵倒されてもセシルの瞳から矜持と輝きが失われることはない。

「エステル様、こんなことをして許されるとお考えですか!?」

「あらぁ~。許されるのよ。私はね、普通の人間とは違うの。生まれついての選ばれし人間なのよ。大体、ロラン様は私の婚約者よ!人の婚約者に手を出すなんて厚かましいにもほどがあるわ!」

「私は手を出すなんてことはしていません!それに、ロラン様は誠実な方です!婚約者を裏切るようなことは何もしていません!あなたと違って!」

エステルの表情が強張った。

「・・・どういうことかしら?」

「あ・・あなたが学院で色々な方々と浮名を流しているのはロラン様もご存知です。しかし、それでも婚約者のあなたを守ろうとしていらっしゃったのに!」

「うるさいわね!」

バシン!

エステルがセシルを平手打ちした音が響き渡った。頬がジンジンと熱くなる。

「・・・それよりも、私はあなたにお願いがあるのよ」

突然の猫なで声にセシルの警戒心が高まった。

「な、なんですか・・?」

「あなたには消えて欲しいの。ロラン様には『他に好きな人が出来た』と言って姿を消してちょうだい」

「どうしてそんなことを!?」

「彼は図々しい泥棒猫に騙されているわ。一時の気の迷いなんだろうけど、ロラン様から『本当に好きな人が出来たから婚約を破棄して欲しい』なんて言われたのよ」

それを聞いてセシルの顔が真っ赤に染まった。

それを見たエステルは苛立たしそうに舌打ちする。

「あんたが!?よりにもよってこんなみすぼらしい!?貧乏な?!何の役にも立たない女のどこがいいのよ!?」

セシルはキッとエステルを見返した。

「少なくとも私は心からロラン様をお慕い申し上げています!」

バシンッ!

もう一度平手打ちの音が部屋に響いた。

(ここはどこなんだろう?)

朦朧とした頭でセシルは考える。倉庫のようなガランとした薄暗い部屋。普通の窓はない。明り取り用だろうか、小さな窓が手の届きそうもないところにあるだけだ。

今朝、自邸から馬車で出発したのだが、人気(ひとけ)のないところで馬車が襲われた。

セシルは昏倒したところを攫われたらしい。

周囲に人の気配は感じられない。助けは来そうにない。

セシルは絶望に顔を歪ませながら俯いて胸にかかっているネックレスを見つめる。

(ロラン様が私の誕生日に下さったネックレス。どこに居ても付けておくようにと言って下さった。ロラン様・・・お願い、助けて!)

今夜は魔法学院の卒業パーティが開かれる。

「エステルには内々に婚約破棄を申し出た。これからは君と一緒に公の場に出たい。今夜は俺と一緒にパーティに参加してくれないか」

正式に婚約破棄した訳ではないのに他の女をエスコートしたがるロランはやはり甘いと言わざるを得ないが・・・乙女ゲームの世界ではこれがお約束なのである。

とにかく!

セシルは絶体絶命のピンチを迎えている。

「・・・契約魔法って知ってる?」

エステルの言葉にセシルの顔は青ざめた。

「魔法で絶対に破れない契約を結ぶことですね。破ったら死んでしまうという・・・危険なので現在では違法になっているはずです!」

「違法だろうが関係ないわ。この国でリオンヌ公爵令嬢に手を出せる者はいない。いい?あなたは私と契約魔法を結ぶの。まずはロラン様と完全に別れて外国へ去ることを約束しなさい。他に好きな人が出来たと言うのよ?」

「そんなこと言うはずありません!」

「そして、私が関わっていること、契約魔法のこと、誰にも何も漏らさないことを約束するの」

謳うように告げるエステル。

「さもないと・・・・あなたは多くの男の慰み者になって、奴隷として売られることになるわ」

嬉しそうにクスクス嗤うエステル。

その時に部屋の扉をノックする音がして、柄の悪そうな男たちがゾロゾロと入ってきた。

「エステル様!その女ですね!?いい~女じゃないですか?高く売れそうですよ」

「ちょっと待って頂戴。まだ取引の最中だから」

エステルはそう言ってセシルを振り返った。

「さぁ?どうするの?大人しく契約魔法を結んだ方がいいんじゃない?この男たちは結構激しいからね。初めての女には辛いかもよ~!ほーっほっほ!」

エステルの高笑いに男たちも下卑た嗤いを顔に浮かべた。

「はは、俺たちも多少は優しくしてやってもいいですよ。とびっきりのイイ女じゃないですか!」

「うへぇ、本当に俺たちの好きにしていいんですか。へへ、うまそう・・・」

舌なめずりをする男もいる。セシルは気持ち悪さで鳥肌が立った。

しかし、ロランへの想いも自分の誇りも捨てられない。

セシルはエステルの目を真っ直ぐに見つめて

「私はあなたなんかと契約魔法は結ばない!」

と断言した。

エステルはムッとした様子で

「あら、そう?じゃあ、望む通りに。あなたたち、この女好きなようにしていいわ。本当は『呪いの森』に捨てて魔獣の餌にでもしようかと思ったんだけど・・・」

と嗤う。

「こんな上玉。魔獣の餌にするのは勿体ないですよ」

「まぁ、いいわ。好きなだけいたぶったらお父さまの組織で奴隷として売ってちょうだい」

「はい。もちろんでございます」

恭しくお辞儀をする男たちに見送られて、エステルは部屋から出て行った。

もうすぐ卒業パーティが始まる時間だ。

椅子に縛り付けられて動けないセシルは恐怖に怯えながらも

(こんな男たちに汚されるくらいなら舌を噛み切って死んでやる!)

と覚悟を決めた。

男たちは卑しい嗤いを浮かべて、じりじりとセシルに近づいていく。

バサッバサッバサッ!

その時、明り取りの小窓を通って一羽の鳥が羽ばたきながら部屋の中に飛び込んできた。

鳥はボンッという音と共に姿を変え、そこにはスラリと背の高い金髪碧眼の美形男子が立っている。

「ロラン様っっ!!!」

とセシルが叫んだ。

王太子ロランは百年に一人の魔法の使い手と呼ばれ、姿形を自由に変えられる珍しい変身能力を持ったシェイプシフターなのである。

鳥に化けて華麗に登場したロランは、あっという間に悪い男たちを退治した。

その後、二人は揃って卒業パーティに登場する。

男子学生に取り巻かれてご機嫌だったエステルはロランとセシルの二人を見て、顔面蒼白になった。

「お前との婚約は破棄する!そして、これまでの罪を償え!」

王太子ロランは大きな声でエステルに告げた。

エステルは真っ白に強張った顔で無理に笑顔を作ろうとする。

「な、なにを仰っているのです?わたくしが一体何をしたと・・・?」

ロランは不敵に微笑むとセシルの首にかかっていたネックレスを手に取った。

彼が魔力を籠めるとネックレスから音声が流れだす。

『・・・あなたたち、この女好きなようにしていいわ。・・・・好きなだけいたぶったらお父さまの組織で奴隷として売ってちょうだい』

明らかにエステルの声であることが分かる。

エステルの顔が怒りと屈辱で赤を超えてドス黒くなった。全身がワナワナと震えている。

「このネックレスは録音機能のついた魔道具だ。お前がセシルを誘拐・監禁し、彼女を襲わせようとした証拠になる。禁忌である契約魔法まで強制しようとした罪は重い。また、リオンヌ公爵がまさか人身売買の組織まで持っていたとは・・・・」

ロランの言葉にエステルは床に身を投げ出して許しを請うた。

「ロラン様!大変申し訳ありません!しかし・・・しかし、これはロラン様への愛故に起こしたこと・・・貴方を愛すればこそでございます。どうかお許しください・・・お慈悲を・・・」

「愛・・・ね?」

ロランの背後から生徒会の副会長であるジョゼフ・ド・メーストルが登場した。

「殿下。私はエステル嬢から何度も言い寄られました。豊かな胸を押しつけて、いかがわしい言葉で私を誘惑しようとしたのです。私以外にも多くの被害者がおります。ロランという婚約者がいながら、あさましい行為を繰りかえすあなたに王太子妃の資格はありません!」

きっぱりと断言するジョゼフの顔を忌々しげに睨みつけるエステル。

ロランは嫌悪感を顔いっぱいに滲ませて大声で命じた。

「此の者を捕えよ!後日正式な裁判を行う!」

近衛騎士らに取り押さえられ地下牢に連行されるエステルは最後まで口汚く喚き続け抵抗を止めなかった。

結局他にも多くの余罪が見つかり、エステルは有罪判決が下され処刑された。

その後、違法な人身売買組織を経営していたことが判明し、リオンヌ公爵と後継ぎのパスカルもその責任を問われ、終身刑となった。

これがゲームの中での物語なのである。

*****

うららかなある日の午後、ラファイエット公爵邸にて。

「すごい・・・鏡を見ているみたい」

エステルは思わず呟いた。

目の前には自分そっくりの女性が艶然と微笑んでいる。

「ははっ、やっぱスゲーな。胸が重・・・」

とその女性が言いかけたところでフレデリックがその頭をスコーンッと叩いた。

「おい!人の恋人に不埒な考えを抱くな!」

と怒鳴るフレデリック。

叩かれたエステルは不敵に微笑みかけた。

ボンッという音と共に、今度はフレデリックそっくりの男性が立っている。

「エステル、どっちが本物のフレデリックか分かるか?」

「そんなのすぐに分かるわよ」

余裕な態度でエステルが答える。

「本当かな?じゃあ、あっち向いてて」

悪戯っぽく笑うと、エステルが違う方向を見ている間に位置をグルグルと入れかえた。

「いいよ。こっち向いて」

と言われてエステルが振り返ると、双子のようなフレデリックが立っている。

顔といい服装といい完全に瓜二つだが、エステルは迷わず片方に向かって

「貴方が本物ね」

と笑いかけた。

もう片方がガッカリした表情で

「マジか!?なんで分かった?自信無くすなぁ。辺境だと騙される奴、結構いたんだぜ!」

と肩を落とす。

「ロラン。貴方の変身魔法は凄いわ!でも・・・表情とか、雰囲気や仕草で分かるのよ。私は騙されないわ」

それを聞いて嬉しくて堪らないというようにフレデリックがエステルを抱きしめた。

「・・・嬉しい、エステル。僕も絶対に間違えないよ」

と言いながら彼女の頬にチュッと口づけをする。

そんな二人をしらけた表情で見ていたロランは

「イチャイチャするのは二人きりの時にしてくれよ!今日は俺の魔法が見たいって言うから来たんだぜ」

とボヤいた。

**

『薔薇の名は』というゲームには、ロランが他の攻略キャラに姿を変えてセシルを口説き、彼女に浮気心がないかどうかを試すエピソードがある。

恋人の気持ちを試すなどという悪趣味は、やはりロランの性格に難があるというところだろう。だが、ヒロインのセシルが他の男に目もくれず一途にロランを想っていることが分かれば、好感度が爆上がりする設定だ。

シェイプシフターというちょっと変わった魔法を設定に入れた『薔薇の名は』というゲームは、何とか新しいアイデアを盛り込みたいというクリエイターたちの熱意が込められたものだが・・・

勿論、エステルがそれに気がつくことはない。


続きはこちらからどうぞ(*^-^*)
悪役令嬢はシングルマザーになりました (42) 届かない手紙|千の波 (note.com)

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