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Day 140

まるでフィギュアのようなカラフルなオレンジ色の小さなカエル。隣にある青や黄色のそれの毒々しい雰囲気を醸し出すケージに比べて相対的に愛くるしく思えた。幸か不幸か、動物園と水族館いずれにも展示されるその両生類はどこか誇らしげに僕を見つめていた。

お客サマンサ

今日は日本からお客さんが来ておりました。何十年前かに研究室に留学していた日本人の先生が生徒さんを連れて(半分?)遊びに来ている感じ。遊びに来ていると書いたのは特に悪気はなく、いたってそのような雰囲気であったし、共同研究の話なども特に無いようであったからである。

僕たちはそのお陰でランチにタコスを楽しむことができた。このタコスは今までのレクチャーでのランチ提供と発注系が異なるのか、かなり手が込んでいてビュッフェ形式の自分で好きな具材やソースを盛ることができた。相当余って多めに食べれたので昨日摂れなかった野菜は十分取り返せたであろう。

さて、御一行は北の国のとある専門学校からはるばる訪れたようでプレゼンも学生さんがするようである。ランチでPIと昔からいる方々が思い出話に華を咲かせつつ簡単な自己紹介が始まる。

僕はここで驚愕してしまったのだが、引率の先生以外の日本の生徒さんは英語を上手く喋れないというか、それよりも前の段階の自己紹介をする気概がなさげな、世に言う“英語喋れないモジモジ”をはじめ何とも言えない時間が流れたことだ。先生も笑いながらフォローしようとするが同じ日本人として居た堪れない場であった。間違えた英語であっても兎にも角にもハキハキ喋って欲しかった。

僕は自分が小学校から大学まで国公立でそれなりに一般の環境で過ごしてきた日本人だと認識していたが、いつの間にかバイアスがかかってしまったのだろうか。最近の日本人は流暢とはいかなくても義務教育を終えればそれなりに英語を喋るもんだと勘違いしていたと思い直した。ドメスティックに社会や市場が回る時代はまだしも、これから縮小する日本の困難を痛烈に感じてしまった…同時翻訳機の開発による言語障壁の下がったハッピーな世界観は崩れた。そもそも知らない慣れない環境でもコミュニケーションができないのでは話にならないではないか。昨日が初営業であったらしい緑の原色ネイルで沢山の虫を籠に入れて放置して殺してしまった話などを高速で捲したてるLyftの姉さんがやけにカッコよく思い出された。

と滅多に書かない愚痴でいっぱいになってしまったが、何周かして自分自身が暗澹たる気持ちに落ちいてしまった今日であった。

プレゼンも頑張って発表したと思う。欧米式にとりあえずやりきったことにGood job (applause x 5) と伝えたい。だが視線は常に原稿にあり、研究(というよりもお試しの実験)内容の把握もイマイチで終始モジモジが横行したのは正直厳しかった。彼女たちを批判的に見ながら、自分自身の発表もポスドクの先生にとってはそのように映っているのではと恐怖がよぎった。常に高いレベルを意識する必要性を感じた次第だ。

自分も高校で初めてポスター作成や海外での研究(同じくお試し実験に近かったが)発表をした時がそれなりに酷かったことを思い出す。あれから僕はどれだけ目指す世界に近づくことができているのだろうか。

彼女たちもこの発表をきっかけに少しずつ目標に近づいていけたらと願うばかりである。

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