『俳句の射程』は、詩の有無のヒントを得られる
俳句2年生になった。
組長(夏井いつき先生)が秀句を評価するときに、わかったようでわからない言葉がある。それは、
「そこに詩があるのです」
だ。僕にとって、これが難しい。
思えば自分は、詩への苦手意識がある。学生時代、国語は得意教科だったけど、詩は駄目だった。中原中也の『汚れつちまつた悲しみに』は好きだったけど、テストはいつも自信がなかった。例え正解できても、たまたまでしかなかった。
そして今再び、詩の壁にぶつかっている。
俳句の詩性について言語化できないまま一年間が過ぎた。鑑賞文で「詩的ですね!」と書けたこともない。あと自分の句で、「詩が感じられる」系の感想を頂いたことは一度もない気がする。
「じゃあ、詩性は無視すればいいじゃない」という声もあるかもしれないが、それは俳句の大きな楽しみを一つ減らしてしまう気がして、避けたいところである。
せっかく俳句をやるならば、ある程度「詩らしさ」を扱えるようになって、心の中で、俳人(詩人)と名乗れたら嬉しいと思う。
だが、今のままでは、どう頑張っても(詩人)部分を名乗れそうにないので、どうしたもんかな〜と思っていた。
そんな折に職場近くの図書館で遭遇したのが、『俳句の射程』である。
この本に「詩とは何か」のヒントになりそうな箇所があった。3つまとめておく。
1. 言葉の野生の解放
2. 省略とストーリー
3. 季語とディテールと普遍性
この3点は、作句全般の指針にもできるかもしれない。
直接的に詩の発生として述べられているのは「1. 言葉の野生の解放」のみだが、「2. 省略とストーリー」や「3. 季語とディテールと普遍性」の場合も、詩性として言及される気がするので一緒にまとめてみた。
今まで自分は、言葉を豊かにしたり、ストーリーを広げたり、普遍性に訴えかけるような句を、意識的には詠んでこなかった。
流石にいきなり句作で実践するのは難しいと思うが、例えば鑑賞からであれば、この3つのポイントを意識しながら取り組みやすいと思うので、やってみようかなと思う。
そうして、俳人(詩人)を目指すぜ!
『俳句の射程』全般としては、「表現手段としての俳句の特性」についてわかりやすく論じられていて、知的な刺激に溢れていました。他ジャンルと比較しながら論じる部分も多くて面白かったです。
「学生時代にこういう本読んでレポート書いたな〜」と思い出しながら読み進めましたが、書くテーマに比して、コンパクトにわかりやすくまとめられた凄い本だと思いました(文章は平易でも、扱っている概念の抽象度が高いため、難しく感じた部分はあります)。
本書で扱っているトピックで言うと、「俳句と大衆性:俳句はその表現方法の前提上、大衆化が極めて難しい」が、最も考えさせられました。このテーマは、自分が俳句を続ける限り、多分考え続けるので、いつかどこかでまとめたいなと思います。
以上です。ありがとうございましたー!
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