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『俳句の射程』は、詩の有無のヒントを得られる

俳句2年生になった。

組長(夏井いつき先生)が秀句を評価するときに、わかったようでわからない言葉がある。それは、

「そこに詩があるのです」

だ。僕にとって、これが難しい。

思えば自分は、詩への苦手意識がある。学生時代、国語は得意教科だったけど、詩は駄目だった。中原中也の『汚れつちまつた悲しみに』は好きだったけど、テストはいつも自信がなかった。例え正解できても、たまたまでしかなかった。

そして今再び、詩の壁にぶつかっている。

俳句の詩性について言語化できないまま一年間が過ぎた。鑑賞文で「詩的ですね!」と書けたこともない。あと自分の句で、「詩が感じられる」系の感想を頂いたことは一度もない気がする。

「じゃあ、詩性は無視すればいいじゃない」という声もあるかもしれないが、それは俳句の大きな楽しみを一つ減らしてしまう気がして、避けたいところである。

せっかく俳句をやるならば、ある程度「詩らしさ」を扱えるようになって、心の中で、俳人(詩人)と名乗れたら嬉しいと思う。

だが、今のままでは、どう頑張っても(詩人)部分を名乗れそうにないので、どうしたもんかな〜と思っていた。

そんな折に職場近くの図書館で遭遇したのが、『俳句の射程』である。

この本に「詩とは何か」のヒントになりそうな箇所があった。3つまとめておく。

1. 言葉の野生の解放

八月の水の入ってゐる枕 今井杏太郎

言葉を実用的に使うなら、水枕と言えば伝わる。だが水が「入って」「ゐる」ことで時間的な経過が表されており、さらに「八月の」を「水」にも「枕」にも係るようにしたことで情報も不正確となる。

そんなふうに、定型に従って言葉を遊ばせることで、解釈の可能性が広がり、読者は謎に立ち止まる。「八月の水」とはなんなのか?枕に閉じ込められたことで、逆に、雨や川だった頃の自然の中の動く水にまで連想が及ぶ。

その立ち止まる時間が、言葉の持続力となり、作者のメッセージを伝える余地となる。そんなふうに、韻律に則ることで、意味を正確に一義的に伝えることから脱出できる。

言葉の持つ多面性とは、言葉が伝達手段として飼い慣らされる以前の、野生的な言葉のありようと言える。そうして言葉の持つ多面性が露出したときに、詩が発生するのではないか。

p.67 - p.71 を改編

2. 省略とストーリー

大事なのは何が省略されているかではなく、省略したあとに何が表現されているか。俳句はほとんどが省略。逆にいえば、そのわずかな言葉によって、膨大なストーリーを伝える技術が要求されることになる。

いっせいに柱の燃ゆる都かな 三橋敏雄

ここで「柱」が残されたことが重要である。作者は「柱」を家の象徴として表現し、東京を「都」と表現したことと併せて、この一句は東京大空襲という、現実から大きく飛躍した虚構の世界を手に入れる。

その虚構を通して、鑑賞者のなかにストーリーができあがるとき、それはけっして省略された現実と同じものにはならない。そのことをわたしたちは、創作と呼ぶ。

p.175 - p.180 を改編

3. 季語とディテールと普遍性

バスの棚の夏帽のよく落ちること 高浜虚子

バスの棚から物が落ちるのは夏特有の現象ではないため、この句が夏の句である根拠は夏帽にしかない。だが、この句の夏帽は動かない。というのもエアコンのない時代、夏にバスの窓を開けると風が入ってきて、棚に脱いだ軽い夏帽が落ちやすいからである。

虚子は夏を描くために、この句をつくったのではない。逆に、日常の風景を詩の形に書き留めるために、季語の力を借りた。そうした、季語によって普遍的になる風景をキャッチする目のことを、虚子は「客観写生」と読んだ。

小説や映画でディテールがよく生きるのは、日常の平凡な描写が、私たちの生活経験から得られる普遍性に結びつくときである。そのための仕掛けとして虚子が重視した方法の一つが、季語だった。

p.197 - p.201 を改編

この3点は、作句全般の指針にもできるかもしれない。

直接的に詩の発生として述べられているのは「1. 言葉の野生の解放」のみだが、「2. 省略とストーリー」や「3. 季語とディテールと普遍性」の場合も、詩性として言及される気がするので一緒にまとめてみた。

今まで自分は、言葉を豊かにしたり、ストーリーを広げたり、普遍性に訴えかけるような句を、意識的には詠んでこなかった。

流石にいきなり句作で実践するのは難しいと思うが、例えば鑑賞からであれば、この3つのポイントを意識しながら取り組みやすいと思うので、やってみようかなと思う。

そうして、俳人(詩人)を目指すぜ!

『俳句の射程』全般としては、「表現手段としての俳句の特性」についてわかりやすく論じられていて、知的な刺激に溢れていました。他ジャンルと比較しながら論じる部分も多くて面白かったです。

「学生時代にこういう本読んでレポート書いたな〜」と思い出しながら読み進めましたが、書くテーマに比して、コンパクトにわかりやすくまとめられた凄い本だと思いました(文章は平易でも、扱っている概念の抽象度が高いため、難しく感じた部分はあります)。

本書で扱っているトピックで言うと、「俳句と大衆性:俳句はその表現方法の前提上、大衆化が極めて難しい」が、最も考えさせられました。このテーマは、自分が俳句を続ける限り、多分考え続けるので、いつかどこかでまとめたいなと思います。

以上です。ありがとうございましたー!


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