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大学の講義で量質転化の法則を知った大学生が、内省をしてみたら自分が秀才努力型だと気付いた話。

こんにちは、あべです!

大学の講義が始まって1か月くらい経った。

1か月が経つのは早いもので、完璧に忘れたこともあれば、全然忘れていないこともある。

この記事では、特に私の心に刺さった言葉を書き残していこうと思う。

能力がなくてもできること

私が今履修している講義の中に、キャリア関係の講義がある。どういう講義かというと、社会人の方が登壇し仕事やキャリアについていろいろと聞くという講義だ。

そこで、一番響いている問いがある。

「能力がなくても、チャンスに気づきチャンスをつかむにはどうすればいいと思う?」という問いだ。

そこで出た答えが、とにかく行動する量を増やすという考え方。

つまり、量をたくさんこなしていくと、質が伴ってくるという量質転化の考え方だった。

量質転化の考え方とはいったい、、、

初めに結論を言おう。

量質転化の考え方を簡単に言えば、圧倒的な量をこなすことで、初めは質を伴うことはないが、少しずつ質が上がっていき、最終的に量<質に変わっていくという考え方だ。

▼参考記事

私は、この考え方がすごく刺さっている。刺さりすぎていて、抜いたら止血できるかわからないレベルで刺さっている。

なぜかというと、私はセンスがないくせに初めから質を求めることが多く、沢山の失敗をしてきたからである。

私の周りや、尊敬している人たちはセンスが良い人が多く、プレゼン資料作成を一つ見ても、私より半分の時間で2倍くらいのかっこいいスライドを作る人もいるくらいだ。

そういう人たちのまねをして、質を求めていたが最終的に時間がなく失敗したり、中途半端に終わったりすることが多いのだ。

だからこそ、質を求めるのではなく「まずは量をこなしていき、量をこなしていくなかで質が付いてくる」という考え方を知り、「あ、私はこっちのほうだ」と思った。

私は凡人であり、変人でもある。

私は凡人であり、変人でもある。ただ、非凡な才能を持っているわけでもなく、身体能力が高いわけでもない、頭の回転がすこぶる良い天才型でもない。

私は、おそらくコツコツ努力をする秀才型だ。

黒子のバスケでいえば、天才型の火神ではなく、秀才型の氷室タイプということだ。

それと同時に変人でもある。変人というのは、時々発想を飛ばすことができたり、その場の雰囲気や空気感を読み取って何をすべきか直感でわかる時がある。

それに加えると、変な例えが好きだったり、一見関係性がないところの関係性を気付いたりすることがある。これは、大学生時代に気づいたことであり、身に着けたことだろう。

過去に一度量質転化の法則を経験していた。

実は、私の過去を振り返ると、一度だけ量質転化をしていたことがある。

少し過去に戻る。

私は、中学時代は野球部だった。小学水泳を3年間くらいやっていたので、野球をやるのは初心者だ。ほかの同級生はみな小学校時代野球経験者だった。

そして、野球は経験とセンスのスポーツだ。

つまり、私は野球部の中で一番下手だった。下手だったので、大好きな野球が嫌いになったこともあるし、何週間か部活に行かないこともあった。

最後の大会では、大会前の走塁練習で足をひねり、大会には松葉杖をついて参加した。最後の大会では打席に立つのができなかったのである。

それから、3年生の6月の中体連後。足が治った後、野球の特にピッチングの練習を始めた。部活ではなく、自分でメニューを組み一日2~3時間ほど投げ込んでいた。

当時のモチベーションは、中学を卒業した後に行われる卒業試合で、メンバーを驚かせたいな~という思いと、ピッチング練習をした場所が当時好きだった人の下校道で、ピッチングをしている姿を見てもらえる機会があったからである。#若い

ピッチングを始めた当時は、90キロくらいのストレートだけだったし、コントロールも全然だめだった。当たり前だ、部活も定期的にサボっていた初心者外野なのだから。

ただ、毎日毎日続けていくうちに、ストレートの速度も120キロくらいになり、ピッチングフォームもきれいになり、体重移動や腕の振り方もよい感じになる。

コントロールもよくなり、ストライクゾーンに入れることは容易になり、下と上くらいはコントロールが付くようになっていった。たまに少し変化するフォークとシュートも投げれるようになった。

初のピッチャーマウンド。高鳴る鼓動。

そして念願の卒業試合。

同級生の計らいで、投球練習をしているときは軽く投げて、マウンドに上がったときにビビらせてやろうということになり、投球練習の時は軽く投げた。

そして、いよいよマウンド。高鳴る鼓動を抑え、1回3人の打者を相手に投げた。

その打者の中には、過去にいろいろとアドバイスをいただいた同級生の保護者や、監督もいた。

「ボール」「ストライク~!」「ストライク~!」

審判が放つ判定が、心の高鳴りをより強固にし、適度な緊張感と流れる汗。「次はこれを投げよう」と指示をくれるキャッチャー。「良いボール来てるよ!思いっきり投げて!、内野絶対守るよ!」とキャッチャーの掛け声。

今でもあのマウンドの感覚は覚えている。結果的に、私は一回のファーボールをしてしまったが、抑えることができた。

監督からもらった一言

卒業試合がおわったあと、監督から頂いた言葉がある。

監督:「あべ~、お前はもう。どれだけ投げてきたんか?すごい球だったぞ~」

私:「引退試合がおわったあとすぐなので、大体1年ないくらいです!」

監督:「もし高校野球をやるなら、ピッチャーをやればいいんじゃないか?この才能にもっと最初から気づいていれば、ピッチャーとしても使ってたかもしれん(笑)」

正直、私はお世辞かな?と思いつつも、内心とても嬉しかった。今まで努力してきたことが身にかなったのだから。

それに、この時の監督は中学野球の中でもトップクラスにすごい人だったので、監督の言葉を信じて疑わない自分にとってみれば、もっと嬉しかった。

思い返してみれば、、、

私の人生を振り返ると、量質転化をたくさんしている。気づかないだけで、たくさんたくさん量質転化をしてきた。

例えば、高校3年生の初め偏差値40から、国立大学に逆転合格した時も、一日中塾に籠り12時間の勉強を6か月くらいしたり。

Amebaブログで400記事くらい記事を書いたり。

受験の時は、特にきもいくらいに勉強していた。ご飯を食べるときも英単語を復唱し、トイレには歴史の本を持ち入り、お風呂場ではYoutubeの歴史の動画を毎回毎回見ていた。歩いているときも英単語を見ていた。

隙間時間で、得意な歴史のメンテナンスをするのがお決まりだった。

そう。

「自分は量質転化を無意識にしてきて、成功をしてきた人間なんだ。」

大学の授業で、講師の方が話した量質転化が刺さったのは過去の経験があったらだったのだ。

後はやるのみ。

私は凡人だ。不器用だ。

ただ、不器用なりに凡人なりに戦い方はあると思っている。戦略というのは、戦いを略すと書く。

私が尊敬している孫子も「賢い兵士は相手の戦略を読み戦略を潰す、その次は同盟関係や補給を断ち孤立にさせる、その次は戦術レベルで戦う、一番良くないのは相手が待ち構えているところで戦う」といっている。

秀才型は天才型と同じ土俵で戦ってはいけない。

私は、秀才型努力コツコツ型だ。

気づいた。

気づいたら簡単だ。後はやるのみ。

「何かが憑依した?」と周りに言われるくらい努力しようじゃないか。

努力はいつでもできる。ただ、継続できる人は少ない。それは天才であってもそうだ。

量質転化をしていこう。これからのために。

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