I Play The Talk Box――『TALK TO ME トーク・トゥ・ミー』『コンクリート・ユートピア』

 ※初出/『週刊文春CINEMA!』(2023冬号 12/13発売) 

 世界で最も大量生産されている映画のジャンルとはなんだろうか。検索してみたが、調べ方が悪いのか時間ぎれとなりその答えにたどり着くことはかなわなかった。代わりに、「好きな映画のジャンルは?」というアンケートの結果がGoogleの「関連する質問」に表示されたのでそれを紹介しておこう。回答者数「100人」の「ネットリサーチ」だからあまり参考にならないかもしれないが、一位はアクション、そして同数二位となったのがファンタジー、恋愛、ホラー・サスペンスとのことだった。
 検索中、筆者の頭にあったのはホラーだ。低予算量産エクスプロイテーション映画の代表格であり、シリーズものも多く時代ごと着実にヒット作を生み、コンスタントな集客とローコスト・ハイリターンが見こめることから、世界最大のマーケットを有するのはこのジャンルではないかと漠然と思っていた。ハリウッドのスタジオへ企画を売りこみに行くと、ほとんどのプロデューサーがホラーをもとめてくるという経験談を著作権エージェントから聞いたこともある。そんなわけで、実際に世界最大かどうかはさだかでないが、興行的に鉄板のジャンルであるのはだれもが認めるところだろう。
 今回とりあげるホラー映画『TALK TO ME トーク・トゥ・ミー』は、オーストラリアの双子の著名YouTuberによる初監督作だという。新人作家の登竜門たるサンダンス映画祭で上映されるやひときわ話題となって大物監督らが相ついで絶賛、A24が配給権を獲得した北米で公開されると大ヒットを記録、などと聞けば、がぜん興味をそそられる読者は少なくないのではないか。
 筆者もそのひとりだったが、作品じたいは意外にオーソドックスなつくりの降霊系ホラーであることにいささか驚かされた。「双子の著名YouTuberによる初監督作」というにぎやかな看板からおっさん脳が先入観を持ち、新奇をてらった派手めな作風を勝手に予想していたせいもある。ついでにYouTube動画の過去作のほうもいくつか視聴してみたところ、人気映画をパロディーにしてばか騒ぎするショートムービーといった内容が主体ながら、どれも手間ひまかかっていて技術的にきわめてまっとうなプロの仕事(とりわけコンテがたくみ)に仕あがっておりさらに驚かされたのだった。
 ホラー映画というのは恐怖をあおる極限状態の構築が欠かせぬジャンルであることから、瞬時にショックをあたえる誇張描写が採用されやすい。そうした表現はときにカリカチュアめいて映ることもあるだろう。また、得体のしれぬ危険な存在やハプニングとの関わりに必然性をやどすための手つづきとして、超常現象や巨大災害などの極端なシチュエーションが設定されることも一般的と言える。渦中に放りこまれてプロットをころがす役割は、経験や知識の不足からあやまった選択をしがちで行動力もあり展開上便利な存在となる若者たちが担う印象が強い。かような類型的要素がからみあい、謎をもてあそぶ意味深な場面の連鎖も相まって作品に寓意性や象徴性がもたらされ、他ジャンル以上に多義的な解釈を誘うこともめずらしくない(以下ネタバレ)。
 それらの様式に忠実な『TALK TO ME トーク・トゥ・ミー』にも明確な多義性を指摘できる。監督のダニー&マイケル・フィリッポウは、初の長篇劇映画でも役者らにばか騒ぎを演じさせており、映画界進出以前から見られるテーマをスクリーン上でもそつなく披露しているかに思われるわけだが、結果的に本作の降霊描写はわかりやすい寓意性を帯び、そのシチュエーションは単なる降霊会ではないものとして鮮明に解釈できる親切設計になっている。
 厳粛なセレモニーやセッションではなく騒々しいホームパーティーを舞台に選び、いかにもSNS時代にふさわしい「90秒憑依チャレンジ」なる名目でこころみられる『TALK TO ME トーク・トゥ・ミー』の降霊会は、だれがどう見ても幻覚剤服用体験のアレゴリーとして組みたてられている。手はじめに左手のオブジェと握手し、タイトルにあるフレーズを口にした途端に霊界通信がはじまって眼前に亡霊があらわれ、そこで二個目の合言葉を発して「90秒」の制限時間内だけわざと霊にとり憑かれるというのが当の「チャレンジ」のあらましなのだが、これを交代で何人もくりかえし、「知覚の扉」を開けはなって霊にあやつられた体で奇行に走り周囲がスマホで撮影しつつアホみたいに盛りあがるさまはドラッグ・パーティーそのものだ。
 作者らもそのつもりでつくっているであろうことは作中の端々からうかがえる。霊を受けいれるやいなやキターとばかりにとっさに天井を仰ぐ動作を真俯瞰でとらえたショットは、映画におけるコカイン使用場面の慣用的なスニッフィング描写であり、瞳孔が開ききって目がまっ黒になっている表現などもガンギマリ状態をあらわす符丁と考えられる。加えて「90秒憑依チャレンジ」の時間超過は完全に霊の支配下に置かれかねないためご法度とされているが、これは幻覚剤や麻薬のやりすぎで日常生活に帰ってこられなくなった薬物ジャンキーを想定した設定と見なすこともできよう。
 ならばフィリッポウ兄弟は、SNS社会を経由した最新版ドラッグ・カルチャーの危険性だとかを訴えるべく『TALK TO ME トーク・トゥ・ミー』を撮ったのだろうか。おそらくそんなことはない。なるほどこのドラマは、むやみにドラッグに手を出すと痛い目に遭うのだという顚末を物語っているように読みとれなくもない。しかしそれが創作目的ならば、薬物をダイレクトにあつかっていっそう明瞭に警鐘を響かせることもできたはずだがそうはしていない。
 降霊会という古い題材を現代になじませるためのアレンジ手法として、ドラッグにまつわるあからさまな暗喩をちりばめているのはまちがいなさそうだが、あるいはそうした古典再生術では先行するアリ・アスター作品にならっているのかもしれない。そもそも幻覚剤によるトリップと霊視をむすびつけるアイディアじたい目あたらしいものではないし、低予算量産エクスプロイテーション映画の代表格たるホラーにおいては似たような試みがすでにいくつも存在していてもおかしくはない。
 かような前提を踏まえたうえで、『TALK TO ME トーク・トゥ・ミー』に意義を見いだすとすれば原点に立ちもどることになる。フィリッポウ兄弟の才知は、YouTube動画制作によりつちかわれたテクニカルなばか騒ぎの創出にこそあり、ホラーというジャンルの選択も題材としての降霊会もドラッグ・パーティーの寓意も、すべては羽目をはずした連中が生みだすカオティックな状況の描出のためにこそあるのではないか。とりあえずはそう判断し、二作目以降にどれほどの狂騒ぶりを発揮してくれるかひきつづき注目したいと思う。
 紙幅が残りすくなくなったが今回はもう一本、『コンクリート・ユートピア』という韓国映画を紹介しておきたい。破局的大地震の発生によりソウル市一帯が瓦礫の山と化すなか、唯一無事だった高級集合住宅を舞台にくりひろげられるサバイバル群像劇といった内容の本作は、ジャンルとしてはディザスタームービーに位置づけられているようだ。とはいえホラー要素も濃く、『TALK TO ME トーク・トゥ・ミー』同様に寓意性に富み多義的な解釈を誘う映画でもある。
 近年の不動産高騰や格差拡大といった韓国の社会問題をブラックユーモアをまじえて風刺しつつ、極限状態下における利己主義や排他性の蔓延をはっきりと浮きぼりにしてみせるジャーナリスティックな批評性の高い作品。『コンクリート・ユートピア』の表むきの顔がこれだとすれば、その奥に見てとれるのは古典再生術の実践であり、具体的にはいわばゾンビなしでロメロの『ゾンビ』をリメークするという創意のもとに本作は撮られたのではないかと考えられる。
 ロメロの『ゾンビ』とはもちろんあの古典中の古典のことだ。そんなむちゃなと思われるかもしれぬが、一体のゾンビも出さずにジョージ・A・ロメロの『ゾンビ』をつくりなおすことに『コンクリート・ユートピア』はいちおうは成功している。なぜそう言えるのか。その根拠は劇場で映画の展開を追うことでたしかめてみてほしい。

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