はやて

もう頑張らなくてよい国・日本へのつぶやきブログ。

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最近の記事

休職して3年6か月、とうとう仕事を再開できた

日本各地で桜が咲いていた4月、 世の中が何となく明るいような、 でも何となく花粉や気温の変化があってだるい様な、 そんな例年通りの4月、 私は仕事を再開した。 これは、私の中では、予想していなかった事だった。 なぜなら、少し前の2月までは、 2年以上通うリワークにガッツリしがみついて、 卒業しようとしていなかったからだ。 「バンジージャンプをなかなか飛べない人」のように、ガッツリしがみついていた。 「押すなよっ!自カでウントして、自分のタイミングで飛ぶから!」

    • 独身者に向けられる「人生謳歌してるよね」の言葉について

      私は、独身である。 独身でいると、大抵人から “人生を謳歌してるね” と言われる。 しかし、独身者の反対語に相当する「既婚者」 は、  したかった結婚をして、  子供がいて、  家があって、  車があったり しており、 私から言わせると 人生を謳歌しているのは、あなたの方 である。 どう考えても、やりたいことを好き勝手にやっているように見えるのは、 あなたの方である。 と、言いたい。 既婚者は、独身と違って、  家のローンがあるし、  子供の塾のお金も

      • お医者さんなどの「偉い人」に思う、怒りについて

        「(専門的な事は分からないので)すみません。よろしくお願いします。」 この言葉を私はこの3年、繰り返し色々な所で使っている。 心療内科、その他医者などなどの 偉い人の前で使っている。 私の場合、この 「よろしくお願いします。」 の言葉の中には、特に 「(この私のことを、どうか)よろしくお願いします。」 の思いが、多分に含まれている。 この3年間、数多く渡り歩いた心療内科やら、 人事やら、ハローワーク、そして今日も 3つも医者に行き、 この言葉に念を込めて伝え、繰り

        • スペイン戦で吹いた爽快な風で、鬱抜けを考える

          ワールドカップの日本×スペイン戦を見た。 日本が後半に逆転した少しあとの、 後半15分の頃、 ふと見たテレビの隅のスコアの表示は「2−1」。 その下を選手が必死に走って勝っているんだ、と思ったら、改めて凄いことしてるんだ と実感し、私は号泣した。 彼らのその姿が、本当に素晴らしくて、 素晴らしくて、 色々な思いが私の中を駆け巡った。 そして何より、日本を誇らしく思えた。 試合は、どんどん進んでいるけれど、 記憶に残らないくらい、私はずっと 泣いていた。 ドイツ戦

        休職して3年6か月、とうとう仕事を再開できた

          休職直後、暗闇を懐中電灯なしで歩く→そんな無理を要求されても困る

          休職直後が、暗さとしては、一番の暗闇だった。 ニュースなどでサラリーマンを見ると、自分がサボってる気がする。 苦しい当の本人が、判断力が下がってる自分が、より良い心療内科を検索する。 (調べたくもない。) 1ヶ月ごとに診断書を出すことのキツさ。 散歩してください、と言われて必死で出かけた先の景色に映る、「働く人」が辛い。 会社の人が自分に向けて放つ「批判の声」が、頭の中で鳴り止まない。 グシャっと踏まれた植物が、もう一回根を張るだか、根を伸ばすだか、立ち上がるだ

          休職直後、暗闇を懐中電灯なしで歩く→そんな無理を要求されても困る

          ワールドカップ ドイツ戦後の、選手の笑顔

          ワールドカップサッカー日本代表の ドイツ戦を見た。 試合が終わった後、自分は号泣した(笑)。。。 選手は、「笑顔」だった。 自分は、そこに物凄くグっときて、 更に涙が出た。 アジア予選を突破できた時、その重圧の せいか、目を赤くしていた選手がいた。 「何かを果たした」という事だと思う。 ドイツ戦は、それとは状況が異なる。 自分の場合は、 “嬉し涙”が止まらなかったのだが、 選手は、 喜び、お互いを讃え合っていて、 「笑顔」だった。 その様子が本当に、嬉しくて、

          ワールドカップ ドイツ戦後の、選手の笑顔

          休職→復職ではなく、休職→退職を選んで、楽になった

          昨日、会社を退職してきました。 23年、勤めた会社でした。 休職→復職を計画し、色々試して経験して3年 経ちましたが、最後の最後に、休職→退職に 線路の切り替えレバーを倒しました。 これで今日から「無職」になります。 でも、それがダメなこととも、恥ずかしいこと とも今は、思いません。 (前までは「それは人生の終わり」と思って いました。) 日曜日に出社をし、大量の資料をシュレッダー して、要るもの/要らないものを分けました。 出社をする前の夜、人事と会う事が不安で、

          休職→復職ではなく、休職→退職を選んで、楽になった

          鬱病とは「人生のちゃぶ台返し」である

          ~革命からの「3」のカード〜 自分は、3年前に鬱病になった。 (今でもなお、鬱である。) 鬱に"なったのだ"と認めたその瞬間が3年間で一番きつかった。 なぜなら、「どん底に落とされた」と感じるからである。 どん底に落とされると、右も左も分からず暗闇を歩くことになる。 それは、とても辛いことであった。 しかし3年たった今、その解釈は少し違っていたのだと感じる。 「どん底に落とされた」のではなく、実は3年前に鬱病にかかった更にその前から、 つまり、6年くらい前から

          鬱病とは「人生のちゃぶ台返し」である

          夏です

          今朝、都内の大通りに立つ木に、虫がとまってた。 背中の曲がったお爺ちゃんが気づき、連れていた5歳くらいの孫が、 えいっ!と虫取り網を振りかざす。 プ〜んと逃げていく虫。 そんな孫の顔を見てニコニコ笑い、手を引いて歩こうとするお爺さん。 飛んでいく虫に、笑顔で手を振る孫。 どっちも可愛い。 夏です。

          100分のいくつか

          あるサイトで、 『箱の中に100個の銀玉が入っている。2ー3個くらい、白い玉が入っている。』 そこから、 『目をつむって、箱の中の玉を繰り返し掴んで、何回目かに白い玉を掴み取る』 という条件は、人の日々の様々な物事と同じだ、 という話をしていた。 仕事でのプレゼン、 バッティングセンターで打つ、 料理を美味しく作ってみるなどなど。 私の場合、1ー2回トライして、白い玉が出ないと諦めてしまう。 向いていないんだ、と。 一方、銀玉を何回か掴んでしまっても、気にせ

          100分のいくつか

          アピールに立たされたカフェのアクリル板

          「1つ目の記事は、立派なもので始めるベキだ」という考えがブログを始められなかった最大の要因です。 なので頑張らずに、まず書いてみます。 〜アピールに立たされたカフェのアクリル板〜 今、カフェには、アクリル板が山ほど立てられていますね。 それをじっと見ていると、色々な方向に曲がってたり、 時には、それを避けて友人同士会話をしている人もいたりして。 そんなアクリル板を見ていると、この国の象徴のように見えるのです。 もちろん、アクリル板自体に罪はないです。 悪いどころか、

          アピールに立たされたカフェのアクリル板

          ブログ開始!

          ついに、ブログを開始することにしました。 10年くらいグズグズしてようやくこの年の瀬に重い腰をあげました。 私は、人生転んでばかり、上手くいったことの方が少ない、悩みだらけの人間です。 たくさん失敗して、たくさん泣きました。 そんな自分が思ったことをここに綴ります。 目的も、意味もありません。 でもこれからの人生、「頑張りすぎないための努力」というのを志していこう。 自分にも他人にも優しい人でいよう。そういう思いを書いてみます。 共感はされるかどうか分からないけど、とり

          ブログ開始!