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くま蝉 in 京都 2日目 東寺

前回は2日目の午前中。晴明神社で晴明さんにからかわれたメッセージをいただいたところまで、お話ししましたね。あの記事をアップしてからも、晴明神社での出来事を色々と考えていたら、さらに気づきを深めることができました。前回の記事はこちらです。後半部分に晴明神社での出来事がのっています。

②さんという方からコメントも頂きまして、もしちゃんとホットレモンが出ていたりしたら、晴明さんのメッセージを正確には受け取れなかったんじゃないですかとの事でした。まったくもってその通りで、僕はコーヒーが苦手で、カフェオレも自分から進んで口にすることはないのですが、そのカフェオレがでてきたからこそ、『これには何か意味があるのではないか』という思考に発展しました。自分の好きな飲み物が出てきていたら、深く考えずに「こういうこともあるか」とスルーしていたと思います。そんなことを考えていたら、②さんからも同じようなコメントが来ていました。
なぜか、最近、他人と考えや行動がシンクロする時がちょくちょくあります。自分が発信しているのか、受信しているのかはわかりませんが。


それはともかくとしまして、クマ蝉2日目の東寺にうつりましょうか。東寺の参拝中は各お堂をまわりながら、時には自分自身とむきあい、また時にはクマさんの言葉に耳を傾け、2時間ほど散策を続けました。
強く印象に残ったのはクマさんの仏像の解説で、「仏像に金メッキを施すために水銀を使っていたから、多くの人達が水銀中毒で命を落としていった」という一言。今まで、古い時代の仏像がどんな工法で作られたか、そして、どんな方法で金メッキが施されていたのかなんて、考えたこともなかったです。当時の人達は自分たちの造る寺院が、そして、仏様が多くの人を救い得ると考えて、同じ時代を生きる人たちのために、後世に救いを残すためにこうした寺院をつくってくれたのかと、しみじみ思いました。自分がこの命を賭して、後世に残せるものはなんだろうかと、改めて考えさせられもしました。

そして、東寺といえば五重塔。この日は五重塔の内部も拝観することができました。内部を見ると、仏様をかこっている4本の柱に、もともとは何かが描かれていた痕跡があって、ですが、それも判別できなくなっています。壁に描かれている僧侶の絵は綺麗に残っているのに、柱だけどうして、こんなに風化してるんだろうと話をしていると、中にいた案内人さんが答えを教えてくれました。
「廃仏毀釈によって、もともと描かれていた仏様の絵が全て削り取られた」と。そんな事情があったのかと、驚きました。そこまで、徹底して仏教というものが非難の対象になっていたとは知らなかったです。廃仏毀釈については、あらためて、それ専用で記事を書こうと思います。

これは個人的な体験ではありますが、自分には旅の僧侶姿で五重塔を見上げながら「あぁ、立派な建物だなぁ」というように感動している過去世の記憶らしきものがあります。説明が難しいのですが、自分の記憶ではないけれども、自分の記憶のような、自分の記憶とオーバーラップして存在する過去世の記憶です。そのワンシーンだけの記憶なので、残念ながら何時代の人か、どういった人物だったのか、まったくわからないです。
ずっと、この五重塔ってどこの五重塔だろうと思っていました。夢の内容みたいなもので、五重塔のような建造物とはわかるんですが、建物のディテールまではビジョンとして視えないので。ですが、この日、東寺の五重塔を見た瞬間に気付きました。「あぁ、ここだ」って。なんの理由も証拠もないけれど、自分の中では確信に近い感情で、ここだと思いました。そんな不思議な感慨とともに、クマ蝉京都編は幕を閉じました。

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