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ACCELStars創業ストーリー。“睡眠”に特化した東大医発スタートアップが生まれたワケ

ACCELStarsは、「睡眠を解明し、新たな医療を創造する」というビジョンのもと、2020年8月に設立されたスタートアップ企業です。会社を設立したのは、東京大学医学部教授でありACCELStarsの創業者/取締役CTOを担う上田泰己(写真左)。上田は創業後に代表取締役CEOの宮原禎(写真右)と出会いました。そして、お互いの人間性や実績、能力に惹かれ、タッグを組むことに決めたのです。

システム生物学・合成生物学の研究者として、数多くの実績を残してきた上田。シリアルアントレプレナーとして、次なる挑戦の場を探していた宮原。今回はそんな2人の創業ストーリーに迫ります。

アカデミアを超えた取り組みをするため、創業を決意

――まずは上田さんが創業を決めた経緯からご説明ください。

上田:私は2013年より東京大学大学院医学系研究科の教授になり、長きにわたりシステムズ薬理学に取り組んでいます。その過程で、人の脳と心の病気を改善したいと思うようになり、人の脳の状態を研究テーマに据えることにしました。病院でMRIやCTなどの検査を受ければ脳の状態を計測できますが、それはあくまで診察時点のスナップショットでしかありません。日常生活のなかで継続的に脳の状態を計測できるようになれば、脳や心のさまざまな病気の理解や解明、治療、予防につながると考えたのです。

日常生活で脳の状態を正確に測る方法のひとつとして、ウェアラブルデバイスで睡眠覚醒リズムを測定するプロジェクトを2016年くらいから始めました。既存の手法だと、睡眠の中途覚醒を捉えることが難しかったため、その精度を改善することが最初の目標でした。

東京大学の近くにアパートを借りて、多くの協力者のみなさんに睡眠検査装置を装着して眠ってもらい、データを取得しました。5年ほどの期間がかかったのですが、かなり高い精度で睡眠の中途覚醒の状態を測れるようになりました。

2020年には「この技術を用いて、特定健康診断のなかに睡眠測定を組み込む“睡眠検診”が実現可能になる」という概念を発表しました。しかし、大学の研究室では、“人”を対象とした取り組みで実現できることは限られています。

この技術を社会実装していくためには、アカデミアに留まるのではなく全国各地の医療機関や民間企業と協力すべきだと考えました。そこで法人化が必要だと思い至り、ACCELStarsの創業を決めたのです。とはいえ、後に代表取締役になる宮原さんと出会うまでは、法人登記はしたものの会社としての活動はできていませんでした。経営の中核を担うリーダーが必要だったのです。

創業者 / 取締役CTO 上田泰己

お互いに補完・協力し合える関係性

――出会いのきっかけは何でしたか?

上田:出会ったのは2021年2月で、私と宮原さんの共通の知人であるベンチャーキャピタルの執行役員を通じて紹介してもらいました。私たちが代表取締役を担えるような人を探しており、宮原さんもヘルスケア領域で次のチャレンジを探していたため、引き合わせていただいたのです。

宮原:私はちょうど、なんらかの方法で睡眠改善を行うメンタルヘルスケアのサービスを構想していました。そんな折に、睡眠の領域において研究実績を残している上田さんを紹介してもらえて、非常にありがたかったですね。

――上田さんの考える、宮原さんの強みや自分と補完し合える部分は何でしょうか?

上田:まず2人に共通している部分からお話ししますね。私は研究者として活動していますが、サイエンスにおける研究というのは、他の研究者が取り組んでおらず、かつ可能性のある領域を見つけて、そこに点をうがつような行為と言えます。宮原さんは、それと全く同じ考えで新規事業開発の構想をしていました。その共通点は、宮原さんと出会って気づいた一番の驚きでした。

それから私にない要素としては、宮原さんが仲間を作る天才であることです。ビジネスの世界においては、自分1人では実現できないことがサイエンスの世界以上に多いため、さまざまな仲間を集める必要があります。宮原さんはその能力に長けていて、他の人の能力やモチベーションを最大限に引き出してくれます。

また、ビジネスで“勝ち筋”を見つける能力も高いです。宮原さんと最初に出会ったとき、私は「医療に特化して事業開発を進めるほうがいい」という提案をしました。医療は規制の厳しい業界ですから、私たちがこの領域に特化して事業モデルを確立できれば、後から他社が参入することは難しいです。宮原さんはそのことを私以上に理解しており、医療にフォーカスするという軸が全くブレないですね。

宮原:医療は個人情報保護などの規制が厳しい業界ですから、他の業界と比べるとまだまだテクノロジーの導入が進んでいません。だからこそ、睡眠に関する深い研究や高い技術力をもって医療の領域に参入できれば、他社が容易には真似のできない事業優位性になると考えました。私は事業家として「世の中の役に立ち、かつビジネスとして勝てる領域」にこだわりたいので、医療に絞り切るという方針を選んでいます。

代表取締役CEO 宮原禎

――宮原さんの考える、上田さんの強みや自分と補完し合える部分は何でしょうか?

宮原:私と共通しているのは、上田さんはやはり“リーダー”の資質があることです。とりわけ自分たちが取り組むことの目標を決めて、それをわかりやすい言葉で伝えることで、メンバー全員のモチベーションを喚起することができる。「この人と一緒にがんばりたい」と思えるような言葉を、他の人々に伝えられる方です。自分もそうなりたいと思っていますし、組織を束ねる方法にも共感するところが多いです。

それから、具体と抽象を常に行き来しながら物事を考えられるのは上田さんの強みですし、自分も経営者としてそういったことをずっとやっています。事業に取り組むうえでは、“学ぶべきこと”や“取り組むべきこと”の候補は無限にあります。しかし実のところ、それらの大部分は“本質的には事業にとってプラスにならないこと”です。

人や金のリソースは有限ですから、それら全てをむやみにやっても成果が出ません。そこで、自分たちが進むべき方向を指し示すリーダーが必要になります。「私たちは○○を目指しているのだから、○○に取り組んでいこう」という前提条件を定めて、自分たちのフォーカスする場所を決める。そのスキルが上田さんはずばぬけています。

心強い仲間たちが、ACCELStarsに集まっている

――各種の事業開発が進んでいる最中かと思いますが、予想よりもうまくいっていることや、今後さらに改善したいことを教えてください。

上田:私たちは睡眠障害の予防事業を立ち上げようとしています。これまでにも、睡眠障害の治療はあり、睡眠改善用の寝具などもありましたが、一次予防や二次予防といった概念はありませんでした。ACCELStarsでは予防事業を生み出し、それによって生活と医療とを連続的に結びつけていこうという概念を掲げて事業を推進してきました。

まさに、その立ち上げが予想よりもはるかにうまくいっています。私が考えていたよりも、1~2年は早いペースで進んでいるでしょうか。それをサービスとして軌道に乗せ、実現していくのが今年や来年の目標です。睡眠の測定から改善へとつなげる取り組みに、今後は注力していきたいです。

宮原:非常に優秀なメンバーを採用できており、仲間集めがうまくいっている実感があります。そして、各種医療機関や研究者の方々も私たちの取り組みに賛同してくれて、良い協力関係を築けています。また、2年前と比べるとそうした方々とより内容の濃い議論ができており、事業目標の実現に向けた自分たちの期待感も高まっています。

今後はそれらをより緻密かつ計画的に、具現化していくことが重要になります。今後、数年以内には事業が立ち上がるビジョンが見えていますし、それを軸にして別の事業を作っていける見込みもあります。日々、長いマラソンを着実に走っていく姿勢が大事だなという感じがしますね。

“睡眠”は世界共通のテーマ

――最後に、宮原さんと上田さんからそれぞれから経営観点での今後の目標を伺います。

宮原:日本だけではなく、世界各国で睡眠は大きな課題となっています。だからこそ、日本の方々に対してサービスを提供するだけではなく、同時並行で世界中の人々の睡眠を改善するための一歩を着実に進めたいです。

新型コロナウイルスの流行は、人々が“健康”について考える大きな転換期になりました。在宅ワークが一般的になったことも影響して、メンタルヘルスの問題や睡眠障害などが顕在化しています。だからこそ、私たちのサービスがそういったことを解決できれば、事業として飛躍的に伸びる可能性が高い。ACCELStarsを日本発のグローバルヘルスケアスタートアップに成長させることが、私の中期的な目標です。

上田:私の目標は3つあります。まずはデータに関すること。ACCELStarsではラボを運営しており、365日のうち340~350日くらいは健常な方の睡眠測定をしています。今後、一次予防や二次予防の事業を立ち上げることで、さらに多種多様なデータが自然と集まり、サービス改善に結びつけるような好循環を作り上げたいです。

次に、宮原さんの話とも重複しますが世界を目指すこと。最初は日本を対象として事業を展開していきますが、私たちが扱っているのは人間の睡眠であり、世界共通のテーマです。技術・事業ともに海外にも輸出できるポテンシャルを有しているので、各地のマーケットや法律・規制に対応しつつ、サービスを根付かせていきたいです。

最後に、これは経営というより基礎研究の観点ですが、私たちはこれまで体内時計や睡眠をモデルシステムとして、生命現象のシステムレベルでの理解を目指した研究を進めてきました。細胞レベルやマウスレベルで試みてきたシステム生物学的アプローチを、人を対象として適用できたらと考えています。遺伝子と表現型の因果関係を検証しつつ、睡眠・覚醒リズムそのものの仕組みを解明できたら、人類にとって本当に価値のある成果になるでしょうね。


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