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中編小説第六回 東京少年少女 二人

 その日部活を終え久恵と下駄箱で談笑していると、「あの」と声をかけられた。振り向くと何とそこに立っていたのは仁科透であった。「杉村さんに用があるんだけど」仁科透はぼそっと呟くと、久恵は「おおー」と若干の好奇心を滲ませたため息を漏らしながらも、「私先帰るね」と上履きからスニーカーに履き替えさっさと昇降口から外に出ていってしまった。透と二人きりになることを避けたかった美咲は久恵にも一緒にいて欲しかったのだけど、彼女は有無を言わせぬ態度でさっさと一人帰路についてしまったのである。

 仕方なくというか、内心小さな胸をドギマギせながら2人で歩き出す。少し歩いたところでようやく透が言葉を発した。「この前はマックで」透が呟くと、美咲は「あー、あれね。正直びっくりしちゃったよ」と今の今までそのことを忘れていたかのように反応したのだった。「あれ、一応先生の許可は取ってあるから」と透は続けた。「うちバイト禁止ではないもんね」と美咲。「そう。許可があれば大丈夫だと」「うん」

 美咲は何となく彼が本当に話したいことはバイトのことではないのではないかなという感じがしていたもののそのことは口にせず押し黙っていた。こうやって一緒に並んでいると彼は随分背が高いことに気づいた。それにしてもさっきから胸の鼓動がやけに大きく感じられる。いつもよりずっとはっきり聞こえるのだ。ふと見ると彼の骨ばった大きな手が見えてただそれだけで何やら顔が火照ってしまう。

「あのさ」透はふいに言葉を発した。「杉村さん何か変わった力とかってある?」「力?」「うん。例えば何かを予知する力とか」

「ええー、漫画じゃあるまいしそんなのないよ」と美咲は笑いながら返したものの、透の真剣な表情とあのバイク事件のことを思い出して、「仁科くんにはあるの?」と思わず知らずのうちに質問が口をついて出ていた。

「あるよ..…と言ったら」透は随分含みをもたせるような言い方で美咲を翻弄してくる。美咲はあのバイク事件のことを余程話してみたい衝動に駆られたが、「仁科くんにはあっても良いような気がする」とだけ応えたのだった。

「何それ。杉村さんて案外面白いね」と透。「きいてきたのはそっちじゃん」と美咲。いつの間にか随分砕けた空気が2人の間に流れていた。

「本当はさ杉村さんあのバイクのことが引っ掛かってたんじゃない?」「う、うん」図星をつかれて美咲は言葉に詰まった。
「何か杉村さんには隠せないというか、俺も誰かにこのことを打ち明けてみたくなったんだろうな」
「え」
「そうなんだ。俺は未来を予知する力を持ってるんだ」

 あまりに透が淡々と自らのことを打ち明けるので美咲は呆然とその場に立ち尽くしてしまった。

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