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中編小説第五回 東京少年少女 マック

 その日吹奏楽の活動を終えた美咲は帰り道を一人でトボトボ歩いていた。同じ部活に所属している久恵は今日はどうにも具合が悪いと活動をパスして先に帰ってしまった。

 今日は父親が協会の集まりがあるとかで遅くなるらしいので夜を一人で過ごさなければならない。佳代さんも今日は休みの日である。佳代さんは母親のいない美咲を慮って父親が雇った通いの家政婦さんである。母親は美咲が3歳の頃に亡くなった。元々体の弱い人で肺炎をこじらせ早くに亡くなってしまったのである。母親がいないことで寂しい思いをしたこともあるが、元々思い出がほとんどないので「恋しいな」と思うことはあまりなかった。それはそうだろう。美咲の父親はもうあらん限りの愛情をもって彼女のことを育てたのだから。父と娘の絆がしっかり確立されているのでそこに「寂しい」という感情が入り込んでくることはありがたいことにほとんどなかったのである。

 夕食は出来あいのお弁当を食べようと思ってたのだけど、いいや。こんな時にこそ普段できないことをやろう。マックでハンバーガー食べて帰ろっと。

 商店街にあるマクドナルドに入ると美咲は目を疑った。何とあの仁科透がマックのクルーをやっていたのだから。

 「いらっしゃいませ!」学校でみる低体温な彼と違ってマニュアル通りの笑顔を振りまきながらてきぱきと対応する透の姿に美咲は声も出せずにカウンターテーブルの前で立ち尽くしてしまった。人ってほんとにびっくりすると声が出ないものなんだなとそんなあさってのことを考えながら立ち尽くしてると、透は「お客様。今なら期間限定のてりたまバーガーセットがお勧めですよ」「あっ、はい」

 我に返った美咲はやっとのことで注文を済ませると番号札を貰って席に着いた。程なくして透ではない違う女の子がてりたまバーガーセットを運んできてくれた。

 未だ驚き冷めやらないものの無性にお腹の減りを覚えた美咲は無我夢中でバーガーにかぶりつく。美味しい。久しぶりのハンバーガー美味しい。美味しい美味しいとハンバーガーとコーラを行き来しているとふと視線を感じた。

 透である。じっとこちらを見ているのである。


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