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中編小説第三回 東京少年少女sideT 

「透へ お母さん今日は仕事で遅くなります。冷蔵庫のカレーを温めて食べてください」
「げー、またカレーか」

 透は年頃の少年に似合わずカレーが嫌いだった。仕事が忙しい母親が用意する食事がカレーなことが多いからというのがその理由だった。

 父親は3ヶ月前に家を出ていった。理由は不倫である。その原因を突き止めたのは他ならぬ透であった。彼には生来未来の出来事を透視する能力が備わっていた。

 その日父親はゴルフに出かけるといって準備をしていた。その背中を見て透は
「ゴルフ場では女の人とお風呂に入るの?」と尋ねたのだった。言葉にしてしまってから透は「しまった」と思ったが時既に遅し。母親が厳しく問いただすと父親はか細い声で「会社の女の子とホテルに行く予定でした」と応えたのだった。別に現場を見られたわけではないのだから父親には言い逃れすることがいくらでも出来たのだが、夫婦揃って透の不思議な能力のことを十分すぎるほどに知っていたから、バレるのも時間の問題だと思ったのであろう。

 前々から夫の浮気を疑っていた母親はもう有無を言わさずに父親に離婚届を突きつけたのだった。勿論透の親権は母親にある。

 夫の浮気を突き止めたからといって母親は透のこの不可思議な能力を快くは思っていなかった。それは決して透のことが嫌いだからではなく、自分の命に代えてもいいぐらい透のことを愛していたからである。

 父親が家庭を段々と顧みなくなって行ったのもこの透の不可思議な力を忌み恐れてのことだったのではないかと母親は考えていた。そのことに透も薄々感づいていて心の傷になってなければいいがとそのことばかりに母親は気をもんでいた。そして透がこの不可思議な力によって何か危険な目に合うのではないかと彼女なりに心配したのである。母心というものはそれほど微に入り細を穿つぐらい子供の身の安全を願うものなのである。

 果たして母親の予想は見事に的中したのである。



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