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中編小説第二回 東京少年少女 距離

「仁科、仁科透授業中は寝ない!」
教科書を丸めたものでスパーンと頭を叩かれた透は「ん」と小さく声を上げ顔をしかめる。
「私の授業居眠り何回目かしら。もうすぐ初めての定期テストなんだからしっかりしなさい!」
肝の座った女性教師が容赦なく叱責してると「すみません」とうつむき気味の顔からか細い声が聞こえてくる。
「わかればよろしい。じゃあテキスト17ページの5行目から読んでくれる」
「はい」

 今はリーディングの授業の最中である。居眠りをしていた割には透は淀みなくテキストを読み上げると静かに着席した。

 そうあのバイク事件の男の子は仁科透というちょっと無愛想で不真面目な同じクラスの生徒だったのである。美咲はあの日以来、一ヶ月と少し経っても透に話しかけることができなかった。気になることを聞いてみたかったのだけど、透はクラスの皆から一歩ひいたところにいつもいて放課後もそそくさと帰宅してしまうからである。部活にも入っていないようである。

「美咲。お弁当食べよう」「うん」
久恵と机を真向かいに引っ付けてお弁当を食べながら午前中あったことを色々と話す。
「仁科くんまた居眠りしてたね」とは久恵。
「そうだね」 
「でも居眠りしてる割には当てられて答えられないことはないんだよね。さては家で遅くまでガリ勉してるタイプだな」
「どうだろねぇ」

 透は私達の席とは少し離れたところでやはり一人でお弁当を食べている。まじまじと顔を見てると確かに久恵が言うように整った顔だなぁと思う。なんの気もなく眺めていたらいきなりあの日のようにバチッと目が合った。「何?」と言いたげな煙たそうな目線を感じて、慌てて目をそらす。

 正直なところ美咲はあの日以来仁科透のことが気になって仕方ないのだ。でもずっと話しかけることが出来なくて忸怩たる思いを抱えていた。余計なお世話ながらもっとクラスに溶け込むようにすればいいのにとも思ってしまう。

 何だか何もかもが歯がゆいのである。仁科透を見ていると。あんなにお祖母さんに親切だったりいいところもあるのに。

 美咲はいつしか不器用な透のことを「かわいいな」と思うようになっていった。「かっこいい」ではなく「かわいい」である。それが恋心だと気づくまでにはまだ多少時間がかかったが。
 
 



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