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手紙

先日、母から一通の手紙を渡された。
高校の同級生からのもので、懐かしい達筆で一年時の担任の先生が古希を迎えるにあたり、サプライズで同窓会を計画しているとあった。
みんなLINEで繋がっているというので早速登録すると先生をはじめ懐かしい名前が一気に押し寄せてくる。
わあ、懐かしい! と思うと同時に当時の自分を思い出して会うのが若干怖くなってきた。

思えば高校生も恥多き時代だった。
小学校、中学校とも恥しかなかったが、高校もなかなか破壊力があった。
わたしは一人っ子で大人に囲まれていたこともあって年上しか男性として見られない、と思う痛い子だった。
そして高校生にとっての年上といえば先生である。
入学してわりとすぐに数学の先生がかわいいことに気がついた。
色白で少し長い髪色も明るめの、色素が薄いタイプ。
数学は大の苦手だが、そんなわたしにも優しく接してくれる。
わたしだけではなく、ほかの女子たちからもかわいいと話題だった。
しかし夏ごろだろうか、先生の態度がわずかながら変わってきた。
なんとなくモテを意識し出した感が滲み出てきたのである。
考えてみれば先生もまだ30そこそこくらいで若かったし、女子にチヤホヤされていい気分になったっておかしくはない。
にも関わらず、思春期の女子は残酷である。
その、わずかに香る自意識に嫌悪感を持ち始めた。
あの先生もうなんか違う、という雰囲気が漂い始めた(先生、あの時はごめんなさい)。

そんなある日、同じく20代後半ながら堅物で知られる現代社会のM先生の授業で、誰かとしゃべっていたところを注意され、椅子に正座をさせられた。
このこと自体、前代未聞だった。
M先生は潔癖なところはあったが体罰などとは無縁な人だったからだ。
でもわたしのおしゃべりがよほど目に余ったのだろう(想像がつく。昔のわたしはしゃべってるかまったく違うことをしているかの二択だった)。
「平山さん、椅子に正座してください」
ちょっとふざけた感じも出していたかもしれない。
わたしも「えーマジで? 嘘でしょ? マジ?」と言ってみたが、
「マジ」と言うので仕方なく正座をした。
でも、折に触れて「先生、もういいでしょ? もう足痛いんですけど」
「まだだめです」
「先生、わたし正座してるの忘れてない? もういいよね」
「だめです」
みたいな掛け合いがあり、その度に教室が笑いに包まれた。
ロボットみたいとさえ言われていた生真面目なM先生の授業に限って、教室でこんなに笑いが起こることは初めてだった。
先生のたくまざるユーモアセンスを目の当たりにして、クラス全員の先生に対する印象がそれを機に大きく変わった。
そして、わたしは愛に変わった。

当時、放送委員だったのだが、都合のいいことに放送室は社会科研究室の真下にあった。
M先生が帰ろうとすると必ず放送室の真ん前の鉄階段を降りなければならない。
わたしは放課後になると放送室に直行、鉄階段の前の録音室にいる子に「M先生が通ったらすぐに教えてね」と伝えておき、通ったと聞くや友だちの話を中断してダッシュで追いかけ、偶然を装って新宿まで一緒に帰った。
2年生になってから授業の担当は変わったが、一緒に(無理やり)帰り続けた。
もちろんバレンタインデーにはチョコレートを渡したし、お返しに白い陶器の
小さな小物入れをいただいたこともあった。
カセットテープに入れたDonald Fagen『THE Nightfly』をいただき、擦り切れるくらいまで聴いた。
3年生になる春に、先生は北海道に大学教員の職を見つけて去ってしまったが、一年間文通をした。
白い縦書き便箋にボールペン習字のような綺麗な青い字の並んだ、誰に見られても恥ずかしくないような近況報告の手紙だった。
大学入学を報告したらクロスのボールペンをいただいた。
が、大学生になるとなんだかんだと忙しくなり、文通も途絶えてしまった。
M先生は今も北海道の某大学で教えておられ(検索してゼミのブログを見つけてしまった)、拙著が出た際にお送りしようかとも思ったがなんとなく気後れしてそのままになっている(筆名は旧姓なので、知ろうと思えば知っていただけるだろうしわざわざこちらから送りつけるのも、とも思い)。
先生にとっては困った思い出かもしれないが、わたしにとっては甘酸っぱくも、というよりただただ酸っぱい、気恥ずかしい記憶である。

ともあれ、今度の同窓会には放送委員だった子も数名来るし、担任の先生も社会科の先生だったのでわたしのM先生騒動(というほど何かあったわけではないがわたしのアクションが大きいのか大抵の企みは人の知るところになるのである)は覚えておられる公算が大きく、なんともはや打つ手なし、という気持ちである。
仕方ない、人間はこうやって成長するのだ。
と開き直れるほどには中年になってしまった。
困ったものである。


【本日のスコーピオンズ】
43曲目「Suspender Love
5th アルバム『〜暴虐の蠍団〜Taken by Force』(1977)より。

ドラム始まりからの軽快なギターリフ。
一瞬、The Knack"My Sharona"を思わせる(のはわたしだけか?)。
ヴォーカルが始まってもポップロックみを感じる。
ギターはギュイギュイいってるけどキャッチーな感じで、
この後、何か展開があるのかと思ったらそのままフェードアウトしていった。
なるほど。

感想は以上です。



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