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コロナ元年にADHD息子が小学1年生になった親子の世界②

こんにちはあちゃもです。前回記事の続きで学校が再開してからの世界を振り返ってみます。

学校も会社も完全現場復帰

6月から分散登校が始まり通常モードへ徐々に移行すると同時に、会社はリモート終了で完全出社体制となりました。
学校通学+放課後学童で心配なく仕事に集中できる環境でホッとしたのも束の間、2~3日に一度は午後から夕方にかけて学校からの着信があります。
内容は緊急受け入れ時とほぼ同じ内容でしたが目立って「授業中に座っていられない」「お友達に手が出てしまう」でした。手を出してしまう事は先生もかなり時間を使って気持ちの言語化に寄り添ってくださいました。
ただね・・・経緯を説明するのに電話が長い!!業務を中断して電話対応する事と内容が的を得ないことも多く「メールでご連絡いただきたい」とお願いしました。

息子の問題行動からお試し個別級へ

普通学級では授業の進行妨害と友達とのトラブルが目立ち、個別学級で様子を見ても良いか打診がありました。この時点では転籍ではなく息子の過ごしやすい場所の確保の意味合いが大きく、私も息子にとって学校=嫌な場所になって欲しくなく快諾しました。
保育園時代にも「特性を理解しておくのも良いかも」とやんわり発達障害の指摘を受け結果療育センターで診断があったため、「やっぱり集団生活は難しかったかな」と素直に受け入れられました。
その後は息子の「自由気まま」が許される環境でのびのびと過ごせた一方、社会性スキルの弱い点について私のワーキングメモリーが常に動いていくのでした。

学習面について

そもそも授業中の立ち回りの理由が「授業が簡単でつまらない」
学習内容は理解が非常に早く、早すぎて時間をもてあまし興味の赴くまま行動している様子でした。
1年生は机上学習の習慣化なので同じく内容が簡単でつまらないと感じている子も多いでしょう。しかしここで学校の求める、じっとして待つ、黙って指示に従う練習の時期なので、自由に行動する息子は合わなかったのも納得です。個別学級の授業は主にプリント学習で次々に課題が与えられ、終わると好きな本が読めたりと「周囲に合わせて待たなければならない状況」は少なくなりました。
ただ「もっと難しい勉強がしたい」という学習意欲は「国の教育課程上先取り教育はできない」と同じようなプリントを繰り返ししているのには胸が痛みました。
また完全個別学級ではなく、1日の8割を個別学級、帰りの会や給食、少しの授業を普通学級で過ごすスタイルをとられました。

学校と仕事のアンバランス

夕方は20時前のお迎えで帰宅後はバタバタと夕食~お風呂と、ゆっくりソファに座って話す時間などとれていませんでした。学校でうまく過ごせない息子、仕事はハードさを増すばかり(土日も自宅でサビ残)、私の心が少しづつキャパオーバーになっていき「本当にやりたいことってなんだろう」と考える瞬間が多くなっていきました。実際は内省するまとまった時間を作る余裕もないため日々摩耗していくばかりでした。

そしてやってきた短い学校の夏休み。学童では朝から毎日楽しく活動しお盆明け充電完了で新学期が始まるのですが、ここから正式に「個別学級への正式転籍」の打診が始まります。

また続きは別記事で公開します。
最後までお読みいただきありがとうございました。

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