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電線と電信柱と私

電線、好きですか?
いくらなんでも突然すぎましたねすいません。

そう。
先日、電線絵画展を観てきたって話です。練馬区立美術館の。(倒置法)
コロナ禍でずいぶんと美術館に行くこともなかったので、すんごく久し振りにゆっくり絵を眺められて幸せでした。
……なんて書いてますが実はあまり浮世絵以外に興味が無い私でして。
浮世絵じゃないの何年ぶりだろってくらい。多分上野に真珠の耳飾りの人が来たとき以来だと思う。

そして絵画は全くと言っていいほどマジで無知なのでシンプルに面白いな〜と思ったことを書き残しておきます。
まあそろそろ会期終わるんすけど。てへぺろ。


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最近流行りのウマですね(違います)

思いの外古いぞ!

まず最初の「電線絵画」があまりにも江戸時代でビビる。
横浜に作られた電信機実験のための電信柱がある風景なんだけど、よくある港に船がたくさん来てる「黒船来たー!」的構図の中に電信柱が立ってるのはなんだか不思議で。
まだ実用化してないにせよ、こんな時代からあったんだなあと驚いてしまった。
少し時代が下ってもまだ珍しいモノとして風景画の中、ど真ん中に電信柱と電線を配置する絵などは逆に新鮮に思えたしそのときの空気を残すという意味ではそれくらい主張させたかったんだろうなと。
遠景の富士山よりも高いところを通る電線なんて構図もあった。今じゃ景観に影響するから電信柱は地面にしまえみたいな風潮なので大胆すぎてびっくりしてしまう。
ただ同じような場所を描いた絵でも、電信柱を描く人と描かない人がいたりとそこはやはり己の絵画の性質により変えることもあったらしい。「風景画」の位置づけの違いとのこと。面白い。

電気が点きました!

ここまでは電信、つまり通信のための線であり電気は通っていなかった。
明治20年に初の発電所が出来て電気が通るようになり東京は一気に電化が進む。町の風景もすっかり架線が出来て路面電車が走ったりいわゆる近代的な様子になっていく。
本筋全く関係無いけどこの辺りで川瀬巴水という版画の作家が好きらしいことが分かった。色合いの感じがとても好みである。ちなみにこの人は電線描くタイプ。
そして時代は進み武蔵野にも電信柱が立ち道路も整備されていく。
個人的には下落合風景という作品があまりにも西武沿線感あって笑ってしまった。大正時代から令和になっても武蔵野は変わらないというのか…ご無体な…
のどかな武蔵野の風景も電信柱があるとなんだか近代化したなあという感じがしてきて、やはり描いた人たちもそんな気持ちがあったのだろうと思う。


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熊もいるぞ!


ガイシって碍子って書くんですね

何って言われても碍子は碍子である。
日本ガイシって会社あるじゃないですか。何の会社か分かんなくても名前はだいたいの日本人が知ってるのでは。
ざっくり言うと、電線についてるそろばんみたいな白いやつ、あれが碍子だそうです。
用途に関しては説明読んでもちょっと理解が追いついてないのでおのおの勉強しましょう。そういうブログではないのだ(ひでえな)。
気にしたこともなかったけどあれは磁器で作られているらしい。
単体で並べて眺めてみるとなかなか面白い造形もあって楽しい。あと磁器だからかシンプルにキレイ。
碍子をメインに描いた絵もあっていろんな絵があるもんだなあと妙に感動した。

そんな感じでのんびりと電信柱と電線によって東京が近代化するようすを眺め終わりました。
私は割と電線のある風景が好きなので、なかなか楽しかったし、知らなかったこともいろいろ知ることが出来て思いの外勉強にもなりまして。
個人的おもしろトリビアは電信柱敷設当初くらいに「電信柱には処女の生き血が塗られている」という都市伝説めいたものがあったというやつ。
その頃はまだ軍事的要素しかなかったから市民の反感を買っていたそうで、その影響もあるようですが何だかとても未知のモノ感あってほほえましい。


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そんなこんなで展示を見終えて出てきたら桜が咲いていたので撮りました。単純。


で。
カレー食べて帰りました。

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マトンとチーズキーマだったかな。美味しかったー。

美術館行った話なんてレポートでしか書いたことなかったからこれでいいのか分かんないけどまーいっか!

でも思いつくままに書いたら予想外に長くなったので写真を入れたり見出しをつけたりしてみました。まだ使いこなせてないのでがんばるぞーい。

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