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人間中心のデザインでいいんでしたっけ?01:アクタント マッピング キャンバス

Ryuichi Nambu

「Design with Nature - デザインと自然をつなぐ」というテーマで進めているACTANT FORESTプロジェクト。これまで「Rewilding」や「Tiny forest」、「ドーナツエコノミー」といったキーワードで、都市生活にとっての自然の役割を再検討してきた。

今回はデザインメソッドやツールの紹介を通して、デザイナー側の試行錯誤に目を向けてみたい。紹介するのはポーランドのデザイナーが開発しているアクタント マッピング キャンバス。ステークホルダーマップを改良した、自然への共感を促すためのツールだ。

あれ?人間中心のデザインでいいんでしたっけ?

いうまでもなく「デザイン」は、その成立以来、常に人々の生活に寄り添ってきた。古くは劣悪な工業製品と日常生活の間をとりもつ調停役として、80年代以降は情報テクノロジーと人の認識の間に入れる緩衝材として、人々の生活をより「良い」状態へ発展させていくための、中心的な役割を担ってきた。

そこには常に人間のニーズを中心に据えるという設計思想があった。荒々しい自然の不確実性や、むき出しの技術や情報の複雑さを、人がストレスと感じないようシンプルに、あるいはマイルドに組み換えてくれた。そのおかげで、僕たちは、かつてないほどに快適で便利な生活を謳歌できるようになった。いわゆる近代的な生活というものだ。

ところが、近年激しくなるばかりの気候変動や、コロナの感染拡大を受けて、これまで「良い」とされてきたライフスタイルへの問い直しが起きている。人間の生活の快適さを追求しつづけた結果、自然環境や動物といった人間以外の存在の快適さが疎かになり、結果、人間の生活も再び不安定になっていくという事態が起こりつつあるからだ。

どれだけ質の高い生活を謳歌していようとも、結局のところ、人間は生物であって、息をするための酸素や、植物を育てるための土、そして生きていくための飲み水が必要だという事実は変わらない。その基本的な生活が脅かされる未来がリアルに想像できる時代になってしまった。

もしかすると人間は世界の中心ではなく、ピラミッドの頂点でもないのではないか? 人間以外の存在のことも考えて、うまくバランスをとってやっていかないとまずいことになるのでは? というような世の中全体の思いを受けて、良識あるデザイナー達の頭の片隅にも「あれ?人間中心のデザインでいいんでしたっけ?」というぼんやりとした問いが、首をもたげつつある。

例えば、自然災害がなく電気が望むように手に入るといった基本的なことを満たせない状態の「ユーザー」に、使いやすくオシャレにデザインされたアプリをダウンロードする余裕があるだろうか?もし街中の蛇口から安全な水が出てこないとしたら、あなたの「カスタマー」はあなたのデザインしたビジネスやあなたが勤める会社のサービスを余裕を持って楽しんでくれるだろうか?

よりベターな生活を目指して何かを解決してきたデザインが、何かを解決して便利さを実現するたびに、別の隠れた課題を生み出していたのかもしれない。その課題同士が絡み合いながら、コントロールしようのない複雑な状況を生み出しているのかもしれない。デザイナーが誠心誠意デザインしてきたその裏側で、なにか見逃してきたものはないだろうか?

いずれにせよ、モダンなデザインというアプローチの有効性が「要検討」であることは間違いない。そのようなわけで、「あれ?人間中心のデザインでいいんでしたっけ?」という問いがACTANT FORESTの基底に流れている。

アクタント マッピング キャンバスの紹介

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もし、人間中心のデザインが機能しないのであれば、何を拠りどころにすれば良いのだろう。近代の中で生まれ育ってきたデザイナーにとって、人間を中心に据えるというフレームワークから飛び出して思考することは簡単ではない。テーマを深めるためのヒントとして、いくつかの取り組みやデザインメソッドをリサーチしてみた。最近では、IKEAのデザインラボ「SPACE10」が「People-planet approach」というアプローチを考察している。コペンハーゲンのCIIDでは「Life centered design」という取り組みもはじまっているようだ。

今回紹介したいのは、その中でも特に実践的なツールの開発を試みているMonika Sznelというデザイナーがつくった「アクタント マッピング キャンバス」だ。彼女は人類学とデザイン両方の訓練を受けたのち、UXリサーチやサービスデザインの領域で、「環境中心デザイン」というコンセプトを掲げて活動している。「アクタント マッピング キャンバス」。奇しくも組織名にアクタントという単語を選んでデザイン活動をしている僕としては、共感することこの上ないタイトルだ。

彼女が拠りどころにしている環境中心デザインに関しては以下のページで説明されている。

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環境中心デザインとは、プロダクトやサービスを開発する際に、ターゲットとなる人間のニーズや趣向だけでなく、ノンヒューマン(人間以外の存在)の利害関係にも焦点を当てて、環境的、社会的、経済的に持続可能なものにすることを目指すアプローチ。それは、人間中心デザイン、ユーザビリティ、エコロジー、サステナビリティサイエンスが交差するところで開発された知識とデザイン技術を持つ。

この定義に基づいて設計された「アクタント マッピング キャンバス」は、環境的な要素をデザインプロセスに組み込むための仕掛けが多分に施されている。

端的にいえば、このツールの基本的な構成は、サービスデザインでもよく使われるステークホルダーマップというツールをアップデートしたものといっていい。ステークホルダーマップとは、新しいサービスやプロダクトをデザインする際、そのサービスに関わる利害関係者を視覚的に表現したものだ。どのようなエコシステムのサービスを立ち上げると、よりバランスのとれたビジネスとなるかを俯瞰することができ、議論の促進や意思決定の指針となる。

対する「アクタント マッピング キャンバス」は、利害関係者を人間だけに限らず、ノンヒューマン(地球や動物といった自然環境)まで広げて描けるようにカスタマイズされている。通常、ステークホルダーマップは円で描かれることが多いが、これまで、人間やデジタルテクノロジー以外の要素は円の外側に置かれ、事業の骨幹からは除外されてきた。このキャンバスではノンヒューマンな要素も人間と同様の扱いとして円の内側に配置して、ビジネスの検討をスタートする。自然環境への細やかな共感を促し、環境負荷が低く、かつ実行可能なプランを導き出すことが主要な目的となっている。

ステークホルダーマップという、デザイナーが使い慣れたメソッドや思考パターンをベースにしてつくられたこのキャンバス。人間中心の世界から未知の領域へ踏み出すデザイナーにとっては、比較的わかりやすい第一歩といえるだろう。

なぜ「アクタント」なのか?
環境は「リソース(資源)」ではない

ツールの具体的な説明のまえに、「アクタント」という用語について解説したい。なぜMonika Sznelが、「ステークホルダー」ではなく「アクタント」をつかっているのか。このツールではその意図が重要なポイントになる。

アクタントという単語は、ブルーノ・ラトゥールという科学人類学者が提唱したアクター・ネットワーク・セオリー(以下、ANT )から引用されている。ANTは、社会で今何が起こっているのかを把握するために、その出来事を、様々なアクターたちが構成するネットワークとして分析する。ラトゥールは、この理論を使って普段人類学が対象とするようないわゆる「未開の文化」ではなく、科学者のいる実験室、つまり「自分たち側」の社会現象を分析した。隣で暮らしている人々の生活を観察するための道具になり得る、デザインリサーチととても親和性の高いセオリーだといえるかもしれない(ANTに関して、英語だがわかりやすい動画はこちら)。

ANTの一番の大きな特徴は、ネットワークを構成する要素として、人間だけでなく、動物や自然、あるいは人工物も対等なアクターとして扱う点にある。それらは、人間と同様、自分自身で主体的に行為して、周囲に影響を与える存在として扱われるべきだとされている。このパースペクティブは、この10年ほど日本でも話題になっている人類学の静かなる革命、存在論的転回、マルチスピーシーズ人類学と呼ばれる潮流にも大きな影響を与えている(このことはまた別の機会に説明したい)。

ラトゥールは、「アクター」という言葉を使ってしまうと、英語圏では「人間」に限定されることが多く、ノンヒューマン的要素が省かれてしまう事を危惧し、その意味をずらすために意図的に「アクタント」という言葉を採用した。元々の意味は、ある物語の中でアクティブな役割を演じる人やモノのことを指す記号論の用語だ。(彼の著作では、アクターとアクタントは厳密に区別されることなく使用されているので注意が必要)。

Monika Sznelは、この「アクタント」という表現をデザインの文脈に接続し、「ステークホルダー」や「リソース」という言葉に代わる新しい視点として扱っている。普段、僕たちが「ステークホルダー」という言葉を使ってデザインを進めるとき、プロジェクトや企業に利害関係のある「人間」を想定しながらワークしている。仮に酸素や土壌、水といった環境要素を検討に入れる際には、それらを「リソース(資源)」と呼ぶ。意図的にその言葉を使っているわけではない。なんとなく空気のように、当然の言葉としてだ。

Monika Sznelは「あなたはヒューマンリソースと呼ばれるのが好きですか」と問いかけながら、これからは「ステークホルダー」や「リソース」という言葉を捨てて、人間も自然環境も「アクタント」と呼びませんか、と提案している。

改めて意識してみると、確かに「リソース」という言葉には、「自然は人間の生活に役立てるための資源」という無意識での不均衡なバイアスがかかっているかもしれない。冒頭で述べたように、近年の激しい自然環境の変化が今日の企業活動に大きな影響を与えているのは明白だ。互いの影響を意識するためにも、Monika Sznelの提案を受け入れて、ノンヒューマンな存在への共感をより強くすることは、結構妥当なことのように思う。

「アクタント マッピング キャンバス」の使い方

さて、ここから具体的なツールの活用方法を説明したい。ここまで難しいカタカナがいくつか登場してきたが、そんなに構える必要はない。基本的には、ステークホルダーマップと似たようなステップで活用することができる。

まず、デザインしようとする事柄に関わっているアクタントを配置し、アクタント同士の関係性を把握していく。それから、お互い矛盾や不利益がないか検討し、バランスの取れたエコシステムを描き出していく。ステークホルダーマップと異なるのは、円の左側に人間のアクタント、円の右側にノンヒューマンのアクタントを配置するように構成されている点だ。

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ステップ01  キャンバスを手に入れる

「アクタント マッピング キャンバス」のデータはこちらで手に入る。クリエイティブ・コモンズのライセンスで公開されているため、だれでも自由に使用することができる。

ステップ02 「PROBLEM」
課題や問題の特定からはじめよう

まず、デザインしようとするプロダクトやサービスのどの部分に課題が埋まっているのか、試行錯誤が必要なのかを明らかにすることがスタート地点だ。それは生産工程なのか、ブランディングなのか。それともデリバリープロセスなのか、工場なのか。議論しながら特定した課題を円の中心に配置してみよう。

ウェブサイトでは、以下のような課題が例に挙げられている。なんとなく、これから日本のビジネスシーンでも多く挙げられそうなものばかりだ。

・あなたの商品のターゲット層の嗜好が変化している。彼らは、これまで以上に真の意味でのグリーンでサステナブルなプロダクトに価値を見出しはじめている。環境フットプリントがなにか知ってさえいる!
・生産工場は、最新のサステナビリティ監査で非常に低い評価を受けてしまったがどうすればいいかわからない。
・会社がおこなっている大気汚染に社内から抗議運動が起きている。
・海に多くのプラスチックが流出し、沿岸地域の人々の生活やビジネスを脅かしている。


ステップ03 「DIRECT ACTANT」
直接的なアクタントを配置する

次に内側から二番目の円を検討する。その円に、一番ダイレクトに関わるアクタントを配置していく。ダイレクトなアクタントとは、あなたが解決を目指している課題や問題によって直接的に影響を受ける、または受ける可能性のある人間、あるいはノンヒューマンのことだ。

例えば、ステップ1で挙げた例の最初の課題を取り上げると、左側に配置されるのは、以下のようなアクタントだ。

・ターゲット
・プロダクトデザイナー
・サプライチェーンの専門家
・記載された環境フットプリントを測定するためのツールや
・環境フットプリント低減活動をおこなうNGO

右側に配置されるノンヒューマンなアクタントは、プロダクト開発プロセスに直接影響を与えている、あるいは影響を受けているさまざまな環境や生態系が挙げられる。

・工場周辺の湖や川
・あなたが排出している汚染物質を吸ったり飲んだり食べたりすることを余儀なくされている地元の動物
・プロダクトを生産するために使用する膨大な水

ステップ04「INDIRECT ACTANT」
間接的なアクタントを配置しよう

次は、あまり目立たない間接的なアクタントのマッピングに移る。そのためには、SDGsのように「すべてはつながっている」という発想が必要だ。環境的、社会的、経済的、文化的な相互関係を理解すること。ノンヒューマンなアクタントへの知見を増やすための情報源として、以下のようなものが紹介されている。

・最近話題になっているドーナツエコノミー
エレン・マッカーサー財団とそのパートナーが発行する、サーキュラー・エコノミーとデザインに関する書籍、学習教材、オンラインコース、カンファレンス
・最も権威と影響力のある医学雑誌のひとつである「The Lancet」に掲載されてるプラネタリーヘルスに関する科学論文


ステップ04「RELATIONSHIPS」
アクタント間の因果関係を描く


マッピングが終わったら、今度は配置された様々なアクタント間の因果関係を探してみる。そうすることで、人間とノンヒューマンな要素が相互に関連し、プロジェクトや製品、サービスに影響を与えていることが理解できる。

例えば、以下のような議論に発展するだろう。

・ハリケーンや干ばつによる停電や電力不足によって、あなたのターゲットは社会的・経済的にどのような影響を受けるだろうか?
・このようなビジネス的ではない要因は、あなたのビジネスの安定性やパフォーマンスにどのような影響を与えるだろうか?
・このような不安定で予測不可能な状況に、どのようにして適応することができるのか?

以上がこのデザインツールの使い方だ。身近な課題で比較的簡単に試せるので、思考実験の一環として活用してみてはいかがだろう。

試してみての改善点

簡単に試してみて感じた改善点も指摘しておきたい。

例えば、ノンヒューマンなアクタントとして「川」を配置するとしても、その川固有の生態系や状態を把握するには、デザイナーが培ってきた知識と異なる生態学的な知識が必要とされるはずだ。単純に言葉で「川」と書いても、深い議論にはなかなか結びつかない。サイトスペシフィックな厚い記述が重要だ。マッピングにあたっては、生態系に詳しい参加者の必要性を感じた。

また、先に説明したANTでは、あらゆるネットワークは、各アクタントの行為によって常に揺れ動き、新しく生成されていくものとして捉えらえている。同じアクタント同士であっても、異なるフェーズでは異なる関係性を持つこともあり得るからだ。一点を描くキャンバスマップに加えて、時間軸をダイナミックに把握することが必要なってくるだろう。

加えて、「○○中心」という何かを中心に設定する方法がそもそも西洋近代的な感じもする。東洋的な視点から見ると、八百万の神に象徴されるように、中心は空っぽでアクタントたちは偏在している感覚のほうががしっくりくる場面もある。このキャンバスでは、ノンヒューマンの設定によって「人間」という見方はズラすことができたが、なにかを中心に据えるという発想の再検討をするとさらに面白いアプローチが生まれるかもしれない。

キャンバスの可能性:ノンヒューマンへの共感を高める

Monika Sznelが「結局のところ、優れたデザインは優れた共感から生まれます」と述べるように、このツールは、デザイナーに、これまで考えたこともなかったノンヒューマンな存在への共感を呼び起こすことが一番の目的とされている。確かに、自然環境を「アクタント」と認識するパースペクティブは、これまでデザイナーが当然のように使っていた「ステークホルダー」「リソース」といったバイアスを解除してくれる。

メソッドやツールというものは、実際使ってみてどうなの?役に立つの?という形式的な点が批判されがちだけれども、冒頭で設定した「あれ?人間中心のデザインでいいんでしたっけ?」という問いを深めていくために非常に参考になるツールだ。少なくとも、視点を変えて世界を観察するための良いきっかけになる。

ノンヒューマンなアクタントを中心に検討されたデザインは、時としてやり尽くされたようにも感じてしまうデザインの方向性をガラッと変えてしまう可能性だってある。例えば、アマゾンの森林をアクタントにしてデザインされたパソコンはスティーブ・ジョブズがつくったそれとは全く異なるものになるかもしれない。まだ見たことのないカタチが山のように転がっているブルーオーシャンを想像するだけで結構楽しい。

ACTANT FORESTには「Design with Nature」というタグラインを添えているが、このキャンバスの定義でいえば、さしずめ「Design with Non-human Actants」ということになる。森に潜むノンヒューマンなアクタントたちへの共感を深めつつ、同時に僕たちの生活の質をあげるという両ゴールを見据えたデザイン。その新しいカタチの具体化を引き続き探っていきたい。

なによりも、8年前に僕自身が社名にアクタントとつけたときには、その可能性をうまく言語化できなかったことが、今になってポーランドのデザイナーのスマートな頭の中とつながったことが不思議であり、とても嬉しいことだ。ありがとうございます。

参考文献
ブルーノ・ラトゥール『虚構の近代 ─ 科学人類学は警告する』 川村久美子訳、新評論、2008年。
ブルーノ・ラトゥール『科学がつくられているとき ─ 人類学的考察』 川崎勝・高田紀代志訳、産業図書、1999年。


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