責任準備金対応債券と保険会社のALMについて

以下は、個人的な意見であり、所属会社の見解とは無関係です。

さて、単なる個人的なメモなので、定義や教科書的な記載等は省略するが、以下の略語を使用。
満期保有目的債券: HTM (Held To Maturity)
責任準備金対応債券: RMB (Reserve Matching Bond)
その他有価証券: AFS (Available For Sale)

まず簡単なサマリー

基準ごとの資産・負債の評価方法のマッチングの状況

 (*) なお、ESR (Economic Solvency Ratio)は、おもに上場グループが開示している内部モデル基準のESR、EUソルベンシー2、2026年に導入予定の新ソルベンシー基準を包含(基本的な考え方は共通のため)。

上の表だけで考えると、極論すると、あくまで日本基準の会計・ソルベンシーだけをみている会社がもしもあれば、一見すると、長い債券は持たずRMBは不要に見える?
ただし、バブル崩壊後、2000年前後の生保危機において、いわゆる「逆ざや」が顕在化し、債券中心で運用するのが当たり前になった。その後、ちょうどリーマンショック危機の後くらいの頃に、金融庁が「ERM経営」(*1) の旗振りをしたこともあり、単に債券を増やすだけでなく、いわゆる「Duration Gap」管理が大きく意識されることとなった(元々行なっていた会社もあるし、生命保険会社のALMという考え方自体は大昔からある)。その結果、今どき「金利リスク」を見ずに経営をしている会社はないだろう(*2)。上場グループのようにESRを開示はしていない会社であっても、実質的に「経済価値ベース」を意識した経営判断を、どの程度それを中心に据えるか程度の差はあれ、何かしら行っているはずである。
(*1) ERM: Enterprise Risk Management, 統合リスク管理。まずは、経済価値ベースのリスク管理を行うことが、ファーストステップ。
(*2) 保有する保険負債の特性から不要である場合を除く。

したがって、できるだけ保険負債のデュレーションに近い超長期債を購入したいが、AFSに区分して保有すると、購入後に金利が上昇した場合の、純資産の部のOCI、そして現行ソルベンシーが大きく痛むのが怖い。かといって、HTMに区分して保有すると、いったん買ったら満期まで持ち切らざるを得ず、Staticなヘッジしかできず柔軟性がなさすぎて厳しい(ある程度の金額は持てると思うが、負債のデュレーションはbiometrics assumptionや特にcustomer behaviorに関わるassumptionの変更によって将来変わりうるので、1時点でフルヘッジするのは難しい)。もし破るとテインティングルールがある。という訳で、デュレーション管理目的の売買は容認されるRMBが導入された。つまり、金利リスクをダイナミックヘッジするにはRMBが必須だった。とはいえ、ある程度の余裕を持ったヘッジ割合としていることが多いため、自分の知る限り、実際の運用上は、そんなに頻繁な売買は行っていないと思う・・・

さて、今後RMBの需要は高まるのか?正直なところ、よくわからない。
需要が高まる会社とは、まだESRを意思決定の中心に据えていないが、正式に規制化されるまでの約2年間は、現行ソルベンシー規制の金利上昇リスクを気にしながら資産のデュレーションを延ばして、新規制移行までに金利リスクを削減しないといけないから、一時的には需要が高まるということだろうか。一方、いったん新規制に移行してしまえば、もうRMBである必要はない。
あえていえば、ソルベンシー規制のみが経済価値ベースの世界へ移行し、会計はある意味で取り残され、なき別れとなることから、JGAAP上のB/Sの防衛目的で引き続きRMBは一定の需要が残るということであろうか。個人的には、需要は減るのかなと思っていた。あるいは、保有目的区分の廃止を検討することすらも、ひょっとするとあり得るのかなくらいに思っていた。

なお、上記のような話だけでなく、外資系や親会社がIFRSを採用している場合など、もっと複雑な考察が必要であろう(米系ならUSGAAP、欧州系ならIFRS (IFRS9 & IFRS17)やソルベンシー2)。

【追記】
その後のSNSでのやり取りを通じて、生命保険会社のALMの考え方について、基本的な整理をしておきたいと思ったので以下記載する。

一時払商品
これは、毎月、新契約に適用する予定利率を変更するケースが多く、基本はそのコホート単位でのセルフサポートとなるようなALMを行うべきであろう。実態としては、MVA (Market Value Adjustment)、市場価格調整と言って、中途解約した場合には、解約返戻金がその時の金利水準で調整される仕組みを入れるのが一般的である。その方が、MVAを設定せず、一定の解約を見込んで資産をやや短めに持ち、それによって利回りが低くなってしまうことを考えると、(順イールドの場合)合理的だ。AUDやUSDのような外貨だろうが円貨だろうが、MVA機能が付いている商品であれば、例えば15年満期なら15年債で運用して差し支えない。

平準払の貯蓄性商品
理論上、平準払保険には、いわゆる「金利フォワード性」がある。つまり、将来入ってくる保険料の金利リスクヘッジは現物資産だけでなく、IRS (金利スワップ)や国債先物が必要になる。しかし、それをどこまで精緻に行うかは、商品性や会社ごとのALMへの考え方によって異なるだろう。一時払に比べ、利差損益以外の利源からの利益も見込まれることや、細かく世代管理をしない(=世代間のサポートを認める)ことで、会社全体としてはより効率の良いALMを行うことが可能であろう。

保障性商品
ALMがまったく不要とまでは言わないが、相対的な重要性は低い。もちろん、保障性と一口に言っても貯蓄性を併せ持つ商品もたくさんあるので、重要性はさまざまだ。例えば、無解約返戻金型の医療保険などは、会社全体のDuration Gap managementの枠組みにキャッシュフローを織り込んでおけば十分で、個別商品でのALMの重要性は低いだろう。

変額系商品
もちろん、変額保険とは、いくつか用意されているファンドからお客さま自らが配分割合を指定し、その運用成果は自己責任となる種類の保険であるが、ほとんどの場合、何らかの最低保証がついており、それをGMxB (Guaranteed Minimum x Benefit)という。xには最低保証する給付の種類の頭文字が入る。例えば、運用成果によらず死亡保険金が保証される場合、Deathの頭文字をとってGMDBと呼ぶ。
この種の保険の場合、GMxBの種類に応じた重要性の程度によって対応方針が異なるが、何らかの特殊な手当が必要な可能性もある。GMxBが存在する場合、保険会社は、その保証のための費用を特別勘定残高から残高比例で徴収するが、それがリスク管理上不十分だと思えば、例えば、特別勘定の資産を原資産とするプットオプションを一般勘定において保有することによりリスクを軽減することもあり得よう。その際購入するオプションのマネーネスの度合いは、会社ごとのリスクアペタイト(どんなリスクシナリオを防衛したいか)に依る。また、GMxBリスクに限らず、そもそも金利リスク管理においてもそうなのだが、保険負債特性を所与として、何が何でも資産側で手当するのではなく、そのリスクを再保険というまったく別のアプローチで外部に移転する方法もあることは最後に書いておく。

なお、保険会社に認められた特有の会計処理としては、業種別監査委員会報告第26号「保険業における金融商品会計基準適用に関する会計上及び監査上の取扱い」(平成14年日本公認会計士協会)、いわゆる、「保険負債の包括ヘッジ」もあり、こちらも是非押さえておきたい。
保険会社の資産運用は、ある程度「どんぶり勘定」なることが多く、実際その方が効率的だが、特別勘定はもちろんのこと、内部管理上の区分経理を用いてある程度負債特性の近い商品ごとにグルーピングを行うこと、そして、RMBや包括ヘッジのように、保険会社だけに認められた固有の会計処理を適用する場合には、ある程度、資産と負債の対応関係が生じることとなる。

最後に、ALMを包含する概念として、ERM (Enterprise Risk Management、統合リスク管理) という考え方があります。有料記事ですが、以下のリンク先にまとめていますので、ご興味のある方は是非。
保険会社のERMについて

【追記2】(2024/1/18)
ALMとは、資産と負債を極力マッチングして金利リスクを最小化することだけを指してはいない。金利上昇予測をもって、あえて債券を短めに持つ意図的なミスマッチもひとつのALM戦略である(個人的には、短期的なtacticalなアプローチとしては良いが、金利に対するビューを持って中長期的にミスマッチを取るのはあまり成功した試しがない)。 
また、書いていて思い出したのだが、IAIS (保険監督者国際機構)がALMイシューペーパーというものを出しており、アクチュアリー会によって和訳され、以下のリンクから読むことができる。アクチュアリー試験の試験範囲にもなっており、以前は熟読したのだが、いかんせんパスしてから10年以上経っているので、すっかり忘れていた。
IAIS の ALM イシューペーパーについて

以 上


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