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1日15分の免疫学(128)免疫応答の操作⑥

ワクチンと感染症について

大林「ジェンナーとパスツールから始まりましたね」
本「ワクチンの目標は、持続的予防免疫を誘導すること。一度の感染でしばしば防御免疫が獲得される」
大林「しばしば…留保したな?獲得できない場合もあるからか」
本「感染による防御免疫獲得については、2000年前のペロポネソス戦争の頃に既に認識されていた」
大林「ま、まさかそれは…」
本「戦争中に2回続いてペストの大流行がアテネを襲った。ギリシャの歴史化トゥキディデスは1回目の流行で生き残った人が2回目の流行では感染しないことに気づいた」
大林「出た〜!トゥキディデスの『戦史』!推しの活躍を確認したくて読んだよ、上巻に書かれてた!」


本「このような認識があったので種痘の実践が急がれたのだろう」
大林「そうか、今まで読んできた免疫学の本ではジェンナーの種痘から始まってたけど、ペロポネソス戦争の頃から『二度無し』を知ってたからこその発想だったんだ。ずっと、ジェンナーが乳搾りの女性を見ただけで思いついたのかと思ってた」
本「種痘は西洋で導入される何百年も前に、インドや中国で行われてたらしい。ジェンナーはそれも知っていた」
大林「なんと?!」
本「天然痘に似たウシ痘瘡cowpoxウイルスに曝されている乳絞りの女性たちは天然痘にかりにくいことは、いくらか認識されており、ジェンナーの前にウシ痘瘡を接種する試みがあったとを示唆する歴史的記述もある」
大林「そうだったんだ…」
本「ジェンナーが達成したのは、単にウシ痘瘡に感染させると深刻な病気を起こすこともなく防御免疫を得るということを実際にやってみせたことではない」
大林「ん?どういうこと?」
本「あらかじめウシ痘瘡接種した人々に、ヒト痘瘡を接種することで防御免疫の獲得を実験的に証明した」
大林「あ~なるほど、ジェンナーのすごさはそういうことね」

本「ジェンナーはこの処置をワクチン接種(ラテン語で「ウシvaccs」から vaccination)と名付けた。パスツールはジェンナーに敬意を表して他の感染症における防御機能の刺激でもこの用語を使い、広めた」
大林「はぁ~、そういう経緯があったのか」

ワクチンの効果について

本「現在の多くのワクチン中和抗体を産生させることで予防効果を発揮する」
大林「液性免疫か。細胞性免疫は?」
本「現在のワクチンの技術では効率よく誘導されない
大林「えっ……あ、そうか!Janeway’s免疫生物学第9版は2019年3月出版……原著は2016年だ!細胞性免疫も誘導するmRNAワクチンが導入される前だ!」


ワクチン開発について

本「20世紀前半のワクチン開発は2つの経験的なアプローチによるもの。1つは弱毒した病原体を探すこと」
大林「今なら作為的に弱毒化できるね」
本「そうだね、組換え DNA 技術を使って弱毒化した病原体をデザイン できる」

本「2つ目は死んだ病原体等から生成された成分で生きた病原体と効果を同程度にした ワクチンの開発」
大林「生きた病原体に感染するのと同じくらいの効果を得られる成分を生成できるようになったんだよね」

大林「それにしてもワクチンも増えたよね、ワクチンに反対する人が新生児に必要なワクチンの数に怒るくらい」
本「だけど効果的なワクチンのない疾患もたくさんある。多くの病原体自然感染しても十分な予防免疫が誘導されないようで、慢性化や再燃をする」

本「20世紀後半は、病原性防御反応解析を進めて T 細胞・ B 細胞応答を効率よく起こすためのアプローチをとるという転換があった」
大林「分子レベルの世界へ…」

本「いくつかの微生物に対して 防御免疫が働くためには、感染時に抗体が存在している必要がある」
大林「あらかじめ用意された抗体があると防御できるもんね」
本「ワクチン開発の最初の例として 破傷風ジフテリアが挙げられる。いずれも強力な毒素によって臨床症状がもたらされるが防御免疫を誘導するには十分でない場合がある」
大林「つまり、破傷風やジフテリアが体内に入って、その毒素が病気を引き起こすほど強くても防御免疫を誘導するには弱いこともあるってこと?」
本「そう。なので、破傷風に一度かかっても次に備えるため 積極的な免疫が必要」
大林「一度破傷風になったことあってもそれだけでは二度無しにならないってことか」

本「CD8T細胞が感染細胞を殺すのに対し、抗体は2回目の感染を防ぐことで予防効果を発揮する」
大林「中和neutralizationだね」
本「例えばポリオウイルスは体内に侵入すると 比較的短時間で極めて大事な 宿主細胞に感染するため一度感染が起こると T 細胞が排除しようとしても容易ではない」
大林「細胞が感染しないように抗体が先に存在していることが大事ってわけか……ところで、極めて大事な宿主細胞とは?」
厚生労働省検疫所WEB「経口的にヒトの体内に入ったウイルスは、咽頭や小腸の粘膜で増殖、血流を介して中枢神経系へ達し、脊髄運動神経に感染、典型的なポリオ症状(かつては「小児マヒ」と呼ばれていました)を示します」
大林「オゥ…」


本「感染や免疫によって作られた抗体は、多くのウイルスを中和し、感染拡大を防ぐが必ずしもそうとは限らない。例えばHIV感染ではウイルス表面のエピトープに対する抗体が作られるのに、ほとんど中和できていない」
大林「変異するんだっけ?」

本「HIVは極めて多くの株や分岐群があり、HIV蛋白質をもとにつくられたワクチンのほとんどは、その全てを中和する抗体を誘導するわけではない。ただ、免疫をした患者に5-7年後追加免疫することで交叉性に働く抗体がつくられることもある」
大林「ほぉ」
本「感染性微生物に対する免疫応答ではいくつものエピトープに対する抗体が作られるが、防御に働くのはそのごく一部」
大林「そうか……エピトープはたくさんあるもんな」
※エピトープ:抗原蛋白質のうち、抗体が結合する部位のこと。 抗体は、相手とする蛋白質が持つ特定の立体構造に反応して結合する。 これがエピトープで、5~10個ほどのアミノ酸や糖の集まりで構造が作られている。
1種類のエピトープに対する免疫応答であっても多種類の抗体分子が生み出される。


本「T細胞が認識するエピトープによって免疫応答の性質が変わる可能性もある」
大林「免疫応答って、分子レベルで見るとずっと複雑だよね……」
本「認識連関により、抗原特異的なB細胞とT細胞が相互作用してクラススイッチが起こるが、この反応ではT細胞が認識するペプチドエピトープがB細胞から提示される必要がある」

◆復習メモ
抗体の産生には通常、B細胞が特異的に取り込んで掲示する抗原ペプチドに特異的ヘルパーT細胞必要(「認識連関」と呼ばれる)。
B細胞とT細胞同一抗原を認識して活性化することを認識連関linked recognitionと呼ぶ

本「典型例として、B細胞が認識する蛋白質抗原エピトープにT細胞エピトープが含まれる場合」
大林「なるほど……ワクチン開発が難しい理由がなんとなくわかってきた気がするぞ。同一抗原というだけでなく、エピトープも視野に入れないといけないわけだ。それをワクチンでも導入していきたいと」

今回はここまで!
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