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私の読書遍歴

私は本を読むのが好きだ。大好きだ。
…いや、大好きだった。
悲しいことにここ数年、本を読む頻度がぐんと落ちているのです。

1番の理由は、老眼。

リーディンググラスを着けても、文字を追うのが結構しんどい。
この「文字を追う」という表現もイヤなんだけどね。
私にとって読書は「文字を追う」ものではなくて、
「文字が勝手に入ってくる」ような感覚だったので。

老眼になってから、ページ全体を見渡す感じがなくなったのです。
ふとした瞬間にページから目を離すと、それまで読んでいた行にスッと辿り着けない、1、2秒程度の空白時間ができてしまう感じ。
その些細なラグがストレスになる。

小さなストレスの積み重ねで、読書から遠ざかりがちな今日この頃なのです。
昨年読んだ本は10冊に満たないかもしれない…


私が本を読まなくなった経緯は、上記のように自覚されてるんだけど、
では私はいつから本を読むのが好きになったのだろうか?

自主的に本を読み始めたのは、小学3年生ごろからだと思う。
週に一回ほど、図書の授業みたいなのがあった。
学校の図書室で好きな本を読む授業だった。
そこで出会ったのが「あぁ無情/ジャン・バルジャン物語」でした。
レ・ミゼラブルの一部を抜粋した物語だった(それを知ったのはずいぶん後になってから)。
理由は全くわからないのですが、私はこの本にいたく感動したのですよ。
詳細は記憶に残っていないのに、物語に没入した感覚だけは覚えてる。

それ以来、私は学校の図書室の本を読み尽くし、
当時、家にあった文学全集も手当たり次第に読んだ。
昭和の頃って本の訪問販売みたいなのが盛んで、割とどこの家庭にも「児童文学全集」とか「世界の名作全集」みたいな、ハードカバーのデカくて重い本のセットがありました。
たいして小遣いもない小学生の私にとって、家でゴロゴロ本を読むのが最大の娯楽になったのでした。
その頃読んだ中で印象に残っているのは
「あしながおじさん」「にんじん」「星の王子さま」など。

厨二病〜高校時代は「話しかけるなオーラ」を出しながら休み時間は本を読んでいた。
この時期に衝撃を受けたのが「桃尻娘」(橋本治)です。
あ、こういう文章もありなんだ、という衝撃。
そして大好きな赤江瀑を読み始めたのもこの時期。
またこの頃は、少女漫画(白泉社派です)もがっつり読んでおりまして、
そちらの影響もかなり大きく受けております。


高卒後、電車通学をするようになると、電車内が読書の時間。
大阪球場近くの古書店街で、50円、100円の文庫本を漁り、
お気に入りの作家を見つけると、その作家の本を格安ワゴンで見つけるたびに買っていた。
黒岩重吾や星新一、安部工房などを読んでいたなぁ(ワゴンにいっぱいあったから)。

阪急梅田駅のでっかい本屋にもよく行った。
そーいえばその書店はかなり混雑していて、
時間帯によっては目当てのコーナーにたどり着くのに難儀するほどでした。
当時は入り口付近が雑誌コーナーで、奥の方に小説や学術書があったのですが、
雑誌コーナーの混雑は酷く、人混みをかき分けて進まなければならず、
しかしその人混みは痴漢だらけだったというね、今となっては信じられない様相でした。


やがて私のメイン書店は、Amazonとブックオフになります。
時々、書店に出会い(本との)を求めて行ったりもしていましたが、
閉店したり規模縮小する書店が増え、出会いの気配も薄れてきて、
足が向かなくなりました。


最近は電子書籍の割合も増えてきました。
なにしろ場所を取らない。そして文字がでかい。


数年前の転居の際に、ずいぶんたくさんの本を処分しました。
500冊ぐらいは処分したかなぁ。
手元に置いておきたい本は残していますが、200冊以上はあるので、
それもいずれは処分しないといけないだろうなぁ。
もう読み返すこともほぼないので。

小説5割、漫画2割、新書2割、専門書1割。
私の読書の内訳はこんな感じ。

そうそう、「積読」が30冊ほどまだあったわ。

以上、つらつらと私の読書遍歴を書いてみた。
いつかは私の大好きな作家、赤江瀑の小説について語りたいなぁ。



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