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テレビ局のネット同時配信を考える(日本ではどうするべきか編)

半年も前に、テレビ局のネット同時配信について、海外の現状を見てみました。

最近、日本テレビのプライムタイムの番組がTVerで同時配信されるニュースを見て、思い出したように今回は民放も含め日本ではどうしていくべきかを考えてみます

ネット同時配信は救世主になるであろう(多分)

ネット同時配信をすることで何が変わるのか。自分なりに考えてみました。

まずは、機器の観点から。

NHKや民放を見るとなるとまず必要なのは、テレビです。
そこから家にアンテナを取り付けるか、ケーブルテレビなどに加入なりしてやっと視聴できるわけです。

しかし、テレビ放送というものはタイムテーブルが決まっており「この8時の番組見たいけど仕事だからちょっとまって!」というのはできません。

視聴するにはアンテナ、チューナー、テレビがないと見られません。
テレビの前に座りチャンネルを合わせて時間を費やして最初から最後まで見届けるのがこれまでのテレビ放送の常識でした。

外出先で見たい。
そうなるとワンセグやフルセグ対応の製品を買うか、ネット経由で視聴できるレコーダーを購入するという追加の対応が求められる。

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↑総務省 情報通信機器の保有状況より(縦は世帯保有率)

前回、海外の現状を見た際には殆どのサービスでPC、スマートフォン・タブレット(iOSやAndroid)に対応していました。

今回のNHKプラスもPC、iOSやAndroidに対応しました。

黄色の△の線を見ていただければ分かる通り、スマートフォンは2010年から2013年で6倍近い数字で保有率が上がっています。
パソコンも10年近く横ばいでありながら、スマートと
モバイル端末を持っていること自体、現代ではほぼ常識であり、対応することによって自然にテレビ放送の機器が置き換わることになります。

モバイル端末は持ち運びが出来るし、ネット経由、携帯電話の電波が届くのであればテレビ放送の電波は関係ない。
ユーザーにとってみれば機器の選択肢が増えることになります。

続いて、テレビ放送に触れる機会について

テレビを録画するという文化の醸成やYoutubeを代表するネットサービスが普及し始めると、
「なんでこっちが好きなタイミングで番組を見れないの?」と思い始めるユーザーが増加していきました。

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↑総務省 主なメディアの利用時間と行為者率より
利用時間
調査日1日あたりの、ある情報行動の全調査対象者の時間合計を調査対象者数で除した数値
行為者率
その行動を1日全く行っていない人も含めて計算した平均時間。

上記のグラフはテレビをリアルタイムで見る時間、録画で見る時間とネット利用、新聞閲読、ラジオを聞く4種類の時間が各年代ごと、調査年別に示されています。

60代のテレビリアルタイム視聴時間はどの年代よりも長く、2013年からの5年間300時間以上をキープし続けています。

逆に、10代と20代はテレビリアルタイム視聴時間が150時間を下回った年もあります。

この資料のテレビリアルタイム視聴時間は以下の通りに定義されています。

テレビ(リアルタイム)視聴:テレビ受像機における視聴のみならず、あらゆる機器によるリアルタイムのテレビ視聴

先程の機器に関して、これまでよりも選択肢が増えることによって、テレビ放送に触れてもらえる機会が増えることにもつながると考えています。

数字に関しても解消できるのではないでしょうか。
リアルタイムで見ている世帯数を今までテレビ局は「視聴率」として重要視してきました。

2015年にタイムシフト視聴率が導入され、「低視聴率」と揶揄されていた番組も録画して見ている人たちの割合を含めると意外と健闘していたという事実もあるわけです。

タイムシフト視聴率
2015年1月から日本の視聴率調査会社「ビデオリサーチ」が提供している視聴率統計のことである。放送された該当のテレビ番組をテレビ所有世帯のうち何パーセントが7日間以内に再生視聴したかを表す推定値とされ、録画視聴率とも称される。

2019年の大河ドラマ、「いだてん」
ゴシップ誌は低視聴率、低視聴率と騒いでいました。
リアルタイムで見ていた人たちは8%であり、低空飛行を続けたとも捉えることができるのも事実です。

しかし、タイムシフト視聴をした割合を足すと、11%台に上がっている。
いや、低いのか高いのかは人それぞれです。
一概に低視聴率で、誰にも見られなかった失敗作とは言い切れないかなと私は思います。

*前年の西郷どんはリアルタイム+タイムシフトで18%を超えていますので、数字上は低くなっているのですが。

ネットに触れる時間はどの調査年でも10代・20代がどの年代よりも飛び抜けて多い。

そして、これからの時代は個人視聴率の時代。

個人視聴率とは
人単位で測定何人テレビをつけていたかを示す割合です。何人見ていたかが計算可能になります。(福岡放送の個人視聴率についてのページより)

個人の指標がはっきりとわかるこの時代。これまでの古い考え・やり方では駄目な時代にテレビも突入しています。
テレビ同時配信サービスの登場で、近年のテレビ離れもいくらかは解消できるのではないでしょうか。

もちろんデメリットもあるわけです

ネット同時配信サービスの開始によって、
・テレビ放送に対応する機器が自ずと増える
・若い世代を中心にテレビ放送に触れてもらえる機会が増える
と2つ上げさせていただきました。

ただ、これら2つはメリットであり、新たな事業・サービスにはデメリットも生まれます。

NHKプラスが開始するにあたって以下の問題点が浮き彫りになりました。
・著作権
・巨額な設備投資が必要
・民放がサービスを始めると地方局をどうする

1つ目の著作権。
特に大型のスポーツ中継になると関わってくることが多くなっていきます。
また芸能事務所の方針によって、所属の出演者がいるとネット配信はその回だけ取りやめになるなど、芸能事務所との兼ね合いも必要です。

2つ目の設備投資。
受信料で運営をするNHK。日本のテレビ・ラジオ局では一番の資金を持っているであろうNHKですら170億円。

NHKは15日、2020年度の予算と事業計画を発表した。一般企業の売上高にあたる事業収入は19年度予算比0.6%減の7204億円を見込む。値下げの影響で受信料収入が減る。4月から本格的に始めるテレビ番組のネット同時配信などネット関連費用は約170億円。東京五輪・パラリンピック関連を除くと受信料収入の2.4%で、19年度と同水準だ。

これからの予算ではネット関連の予算上限が撤廃されるとの報道もありますが、NHKが拠出した170億円という、そんな金額を民放が拠出できるのかという点。

3つ目、民放はNHKと違い地方局の存在があります。
日本は東京のテレビ局をキー局として中心に据え置き、そこから番組を供給するネットワークを形成しています。

キー局とは、番組放送におけるネットワーク/系列の中心となる放送局
(Wikipediaより参照)

仮に全国に系列局を置く、日本テレビやフジテレビ、TBS、テレビ朝日が全編ネット同時配信したら・・・

ネット利用者を中心に東京の番組を放送するサービスを利用することで、地方局の視聴率が低下、広告収入減、経営危機に至るのではという懸念があります。

地方局をどうするべきかは民放最大のボトルネック

地方局という存在はインターネット進出をした民放にとって足かせです。

民放連の会員、テレビ放送社は95社です。

90ものテレビ局を経営危機に陥れることはもちろんできません。
これまで地方のテレビ放送を守ってきた局を切り捨てることもできない。

海外では地方局に関して、裁判沙汰にもなっています。

2016年オーストラリアの民放テレビネットワーク「Nine Network」がネット配信サービス「9Now」を開始の際に、Nine Networkの地方放送局を運営する「Win Television」から、番組供給契約違反であると裁判を起こされています。

9NowはIPアドレスを利用し、利用地域のチャンネルが配信される仕組み。
ただ、設定で地域を変えることが可能で、シドニーに住みながらメルボルンの番組を見れるなど地域の垣根を超えて利用することができてしまう。

そうなるとインターネット上で配信を行っていない、Win Televisionからすると運営するテレビ局の視聴者が9Nowに移ってしまうのでは?
必然と視聴率は下がり、経営は立ち行かなくなるのでは?

という、大きな問題を抱えたWin Televisionは裁判をNine Networkに起こすことになりました。

結果としては、Win Televisionの敗訴で幕を閉じました。
Win TelevisionとNine Networkとの契約に関して、「放送」の定義にはインターネット配信が含まれていないと裁判所が認めたため。

その後、Win TelevisionはNine Networkからライバル局だったChannel 10にネットチェンジ(加盟するテレビネットワークを変える)しています。

オーストラリアのテレビ事情として、シドニー、ブリスベン、メルボルン、アデレード、パースの5大都市では、Nine Networkを始めとする大手テレビネットワークが直営で運営しています。

地方であれば、Win Televisionのように独立した会社が番組配給契約を結び、系列局を複数の地域で運営することが多いようです。

日本にも似た問題が発生するかもしれません。

日本のテレビ局では東京の「キー局」を中心に、地方には系列局を設置、ネットワークを作り上げてきました。

地方局の中には、ネットチェンジを実行した局もありましたが、基本的にはネットワークの繋がりは固く、揺るぎ無いものでした。

↑日テレ系列局の概要

↑フジテレビ系列局の紹介

↑大阪・朝日放送テレビによるテレ朝系列局の紹介

↑TBS系列局の紹介

↑テレビ東京系列局の紹介

オーストラリアでの一件は、日本に当てはめると少々極端なような気もします。
ネットワークの繋がりが強く、忠誠心もある。みんな足並みをそろえ、前に進む日本のテレビネットワークでは起こり得ない事かもしれません。

しかし、「ネット配信=地方局を見放す」と感じたWin Televisionは訴訟へ走ったわけです。

日テレが10月からネット配信を「トライアル」します。

あるローカル局首脳は「(ネット同時配信を行うなら)県域制限を行うことは絶対だ」と主張する。県内におけるネット同時配信は県内のローカル局に任せてほしい、という声も根強い。ただ、キー局より厳しい経営環境が続くローカル局で、先に示したような同時配信に対応するだけの人員・費用を捻出できるのかは疑問だ。(東洋経済オンラインより)

地方局は地方局で完結させたい。
でもそんなお金は東京のキー局より遥かに少ない。

見て見ぬ振りすることは出来ず、今もこれからもどうしていくべきか考え続けなくてはいけません。

Win Televisionと同じように地方局の中でも「ネット配信は自分たちの首を締めていくものだ!」と感じているのでしょうか。

ネット配信は民放テレビネットワークの穴を埋める?

地方局からしてみると、ネット同時配信というのは敵にもなり、味方にもなるという気まぐれな生き物のようにも見えます。
ただ、地方に住む視聴者にとっては嬉しいポイントが多いはずです。

日本全国で同一の番組を見ることができる民放地上波テレビネットワークはありません。
公共放送のNHKのみが47都道府県で視聴可能です。

日本テレビ系列は加盟30局と民放最大のネットワークです。

しかし、日本テレビ系列でも、他県の電波で視聴できる佐賀県を除けば、沖縄県が過去にも現在も系列局が存在しません。

その他の系列局でも、系列局がない県は多数あります。

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↑各系列の地方局のない県についてまとめたリスト

過去に、最低でも地方では上記の4系列を見れるようにと、当時の総務省が是正に乗り出したこともあります。

ただ、他県の電波を受信できるといった特殊な事情を除いても、青森や秋田、沖縄等が県内テレビ3局のまま。
福井や宮崎に至っては、現在も2局のままで情報格差の解消には至っていません。

そして、クロスネット局の解消も出来ませんでした。

クロスネット局とは、
放送局が複数のネットワークに加盟すること。または、複数のネットワークに加盟している放送局のこと。
現在、福井県と大分県、宮崎県にクロスネット局が存在します。
(Wikipediaより参照)

クロスネット局では、曜日・時間によって放送するネットワークの番組を変えています。加盟しているはずなのに放送されない番組が多数存在します。

放送局からしてみれば、いいとこ取りが出来ます。
逆に視聴者からすると番組が放送局の都合によって見れない場合がある。

長年、日本の民放テレビ局はこれらの問題を放置してきました。

日テレが10月より試験配信しますが、ゴールデンタイムの配信であっても大きな一歩です。

ず日テレがネット同時配信をすることで考えられるメリットは、3つ。

1.沖縄県という空白地域を埋めることができる。
2.クロスネット局の事情で視聴できない番組を視聴者は視聴できる。
3.他局よりもネットユーザー獲得競争から抜きん出る。

1と2に関しては、従来の考え方から見ると「やっと解消」というのが日テレの考えであると思います。
沖縄やクロスネット局の地域で新たな視聴者層、特に若年層の発掘もできる。

3については、これからのテレビ局が永らく生きていくために、是が非でも手に入れたい新しい視聴者。

それらをスマホ・タブレット・PCといったテレビから遠かったハードウェアを通して先に手に入れる。
少しでも他局よりも早く、目新しい状態で始める。

テレビ局と視聴者に空いていた穴を埋めることで、手に入るものはとても多いでしょう。

テレビ東京の行く道は他局より難しい

先程の4系列局は系列局がないと地域は数県程度。
地方局との関係性をこれからどうしていくか、というのが主な問題に感じます。

しかし、もう一つのテレビネットワーク、テレビ東京はこれからのネット配信の時代に進む道は他局よりも難しいのかもしれません。

テレビ東京はTXNネットワークとして全国に系列局を置いています。
特徴として、系列局の数が非常に少なく、6局。4番目に少ないテレビ朝日系列の24局には到底及ばない数です。

他系列局であれば関西圏や中京圏は広域放送として1つの局が多くの地域に電波を届けています。しかし、大阪のテレビ大阪や愛知のテレビ愛知は全て所在地の県のみをカバーするのみで他系列に比べて力がありません。

また、北海道の系列局、テレビ北海道はアナログ放送終了時には北海道全域には中継局を設置することは叶いませんでした。2015年の12月に根室に中継局を設置で念願の北海道全域で視聴が可能に。

他局に比べて、全国をカバーしているとは言えないテレビ東京。他局との差を埋めるために長年行われてきたのは番組販売。

番組販売(ばんぐみはんばい)とは、
放送事業者または番組制作会社などが、制作した放送内容(番組素材)を販売すること。(Wikipediaより参照)

系列局のない地方にある他系列局に番組販売を行い、視聴機会を作っています。
テレビ東京系の無い地域で土日の番組表を見ると、同一時刻にテレビ東京の番組が被ることが多々あります。

では、このような環境を抱えるテレビ東京がもし、ゴールデンタイムに限ってでもネット同時配信に踏み切ったら?

考えられるメリット
・テレビ東京系列の無い地域で新たな視聴者の獲得
・番組販売によって生じる放送の遅れの解消

考えられるデメリット
・番組販売で築いてきた地方局の撤退
・脆弱な系列局の経営悪化

メリットは視聴者から得られる点、デメリットはテレビ局同士の関係性でしょうか。

特に東北地方には系列局のないテレビ東京。
ネット進出によって事実上の東北地方の空白を埋め、視聴者を手に入れることができるかもしれない。
が、今まで放送してきた地方局がテレビ東京系の番組を購入するのをネット同時配信開始と同時期に撤退する可能性もあり、それはそれで経営に響く。

テレビ東京は放送終了後にネット上で見逃し配信を行っていたり、動画配信サービスのParaviでドラマなど全話配信を行っています。
ただ、視聴者からしたら、リアルタイムで見たいという気持ちも一定数ある。

経営か、支えてくれている視聴者か。テレビ東京はどちらに舵を取るでしょうか。

本当にこれからどうなる?

テレビ局は、常に新たな視聴者を手に入れていかないと生きていくことは出来ません。特に民放はスポンサーからのお金を手に入れて経営していきます。

地方局との繋がりを考えすぎて、ネットという新たな空間へ足を伸ばすのを渋るか。
それとも、今までのしがらみを捨てて、新たな時代を迎えるのか。

2020年の9月現在。TBSでは半沢直樹の最新シリーズが放送されています。

残念ながら、同時配信や見逃し配信は行われていません。
一部では出演者の所属する事務所の方針が影響していると報道しているメディアもあります。
これからのネット時代、著作権関連問題の解消も求められます。

個人的な予想として、半沢直樹は秋田・福井では1週間遅れで放送中。なのにネット配信をしてしまったら1時間遅れでも見たい視聴者はそちらに流れる。わざわざ1週間も待ちたくない視聴者は地元での放送を待たないでしょう。それを防止しているのかなぁ。

こういったところでも配信されない影響も受けているのかなと思います。

テレビ局はネットという新たな空間で、息を吹き返すか、それともネットにとどめを刺されるのか。これから、どうなるのか楽しみにしていきたいものです。


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