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遺産 3月10日〜365日の香水

末子成功譚
相続について、長子だけに権利が集中するパターン、第二子以降にも平等に分配されるパターン、文化圏によっていろいろあったようだ。
財産権もそうだけれど、家督の継承は様々なストレスを生じさせたはず。フィクションでもノンフィクションでも利が絡むと穏やかにはいかない。
物語の世界では末っ子が正しい心と欲のなさ、聡明さを持ち合わせ成功するパターンが少なくない。トルストイのイワンのバカのイワン、美女と野獣のベルも末っ子だった。
聖書のカインとアベルでは、弟アベルが神に愛され、古事記の海幸彦と山幸彦では末子の山幸彦が乞われて兄を救う。日本の神話では国造りの神、おおくにぬしがそもそも末っ子だ。

価値を遺す
誰かにとってこの上なく大切なものでも、価値観やナレッジが異なれば、ただのガラクタ。「ものさし」の違いと言えるこれは、あらゆる芸術的なものに通じる。例えば私が好きな作家の小さなコレクションは、ファンにとっては魅力的で、それを買いたいと思う人も数多いる一方で、何も知らない人が見たら、何の価値も見出せず可燃ごみに振り分けてしまうかもしれないのだ。
その作家が作品に添えてくれた手書きのカードさえもファンには額装したいアートだけれど、興味がない人にはただのカード。
香水も同様。
何も知らない人が見たら、私のコレクションは、「有名ブランドかどうか」「未開封か」又は「たくさん残っているか」、そして「好きな香りかどうか」で振り分けられてしまう。貴重な1世紀前、半世紀前のコレクション、揮発して色が濃くなった液体がわずかに残る稀少品、今はない歴史的ブランドの逸品、それらは価値を感じない人にはガラクタ、ということになると思うと、価値を分かち合える継承者をどう見つけようか、というのは切実な問題だ。そんなに先を心配しなくても、という人もいるけれど。これは私の中にある小さな無常感でもある。

heritage/guerlain/1992
名門ゲラン家のファミリービジネスはこのheritage〜遺産が出て2年後の1994年に終わる。
メンズフレグランスのユニセックス化が進み始めたこの時期に、ジャンポールゲランはゲルリナーデ(ゲラン調)を惜しみなくこの香りに注ぎ、重厚で格調高く美しいドライダウンを持つメンズフレグランスを創作した。現代ならウッディアンバー調の香りとして性別を問わず通用する。
ゲランのサイトではゲルリナーデが初めて使われたのはこのheritageとのこと。
香りという形のないものに継承すべき価値の全てを託した。私にはそういう思いが感じられてならない。
歴代当主で言えばジャンポールゲランは最後、一番下の存在だ。末子成功譚とは異なり歴代の先人は皆、輝かしい業績を残し歴史に名を刻んだ。
最後の当主は受け取った遺産の価値を十分理解していたし、価値の体現者としての力も持っていた。
この香水がそれを証明している。

香り、思い、呼吸。

3月10日がお誕生日のかた、記念日のかた、おめでとうございます。

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