『生きるぼくら』

原田マハさんの作品。
いじめをきっかけにひきこもりになってしまった麻生人生。ある日母親が家を出て行ってしまう。人生は年賀状を頼りにして長野県の祖母を訪ねる。

自分の家族がもし認知症になってしまったら、一体私はどうなってしまうのだろう。大切な人の大切な記憶が消えてしまうのが、とても怖い。
梅干しを食べられなくなってしまった人生が食べられるようになって、本当に良かった。
田端さんや志乃さんのような素敵な大人が周りにいて、とても羨ましいと思った。いつか茅野市にある御射鹿池に行ってみたい。

印象に残っている文

自分ですべてを引き受ける覚悟さえあれば、過去は関係ない。未来も恐れるほどのものではない。あるのは、今の自分がどういうふうに生きたいかという、ただそれだけのことだーー。

絶望、というのを人間のかたちにしたら、いまの人生がそれだったろう。がっくりと肩を落として、人生はうなだれた。

いいのよ、したいようにさせてあげれば。ふかふかの布団に飛びこめるのは、子供の特権だもの。あなたも私も、本当はやりたいけど、それをがまんしてるだけ。ああ、大人って、なんだかつまんないわねえ。そう思わない?

それが、どうだろう。こうして、誰かと向かい合って、人の手のかかった食事をするひととき。あたたかく体中に溢れてくる、この気分は。
そう、それはまぎれもない「喜び」。

少年というのは単純な生き物だ。適度に体を動かして、汗ばんで、息を弾ませていられれば、それだけで嬉しいのだ。それが大好きな大人の役に立つのであれば、なおさら。

田端さん「麻生君。おにぎりって、なんかこう、実にいいかたちをしてると思わない?」
中略
「どうしていいかたちかっていうとね。人の手で結ばれたかたちをしているからだよ」


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