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およそ3か月の時を経て「制作秘話」と「あとがき」と。#お母さんが朝顔になった日【後篇】


 からだが、ふわりと宙に浮いた。
 シュンが「あっ……!」と声をあげ、こちらのほうへ手を伸ばす。その手は届かず、わたしは上昇する風の抵抗を受け、地に向かって落ちていく。

 ヒューーーーーーーーーー

 フェンス越しに覗くシュンの顔が一瞬で小さくなる。
 フッ——と気が遠くなった刹那、耳をつんざくような音とともに全身に衝撃が走った。
 7月の大粒の雨が、追い討ちをかけるように傷だらけのわたしを打つ。
 薄れゆく意識のなかで「落ちたぞー!」と張り上げる声や「はやく先生呼んできて!」と慌てふためく声を聞いた。

 6月は雨がよく降る。
 きっと自分と同じように空にも泣きたいことがたくさんあるのだろうとシュンは思う。
 病院へ向かう道の途中で、シュンは被っていたカッパのフードをわざと外してみた。髪の毛から流れ落ちる雨が頬をつたう。
 今なら泣いてもバレっこないのに、涙は一滴も出てこない。

「あらら! シュンくん、びしょ濡れじゃない!」
 病院に到着し1階にある面会受付に行くと、もうすっかり顔馴染みになった看護師がタオルを貸してくれた。
「お母さんに拭いてもらう!」
「いいね。お母さん、今日もシュンくんに会うのとっても楽しみにしてるのよ」————


(ボツニナッタホウノヤツ)



昨日、宅配の荷物が届いたのを玄関先に受け取りに行った際、あろうことか両足がいっぺんにつって、ポーカーフェイスで悶絶しました。
どうか皆さまも冷えにはお気を付けください。
aeuです、おはこんにちばんは:)


さて。本記事は2か月前に投稿したこちらの記事、

の続き【後篇】記事です。

【ピリカ文庫】にて執筆をさせていただいてから、3か月以上もの月日が経ち、「おまっ、ちょっ、どんだけ過去の話を引っ張んねん……!」とツッコまれてもおかしくないほど今さら感満載なので、皆々様への通知は行かないように記事の貼り付けは自重します。

しかーし!【後篇】記事は書くと言ったので、
どんなに今さらでも書きます!(๑•̀ω•́๑)キリッ
私が書きたいので書きます!(笑)

あっ。
ちなみに、あの素晴らしい朗読をまだお聴きになっていない方は、今さらとは言わず!ぜひとも【前篇】記事 から聴いてみてくださいね☆
魂の吹き込まれたキャラクターたち、まるでお芝居を観ているかのような見事な登場人物たちの演じ分けに、きっと朗読の虜になってしまうこと間違いなしですよ。




さて。【後篇】をはじめる前に一つお断り

ふだん私には「創作について語る」という機会があまりありません。
物語にどんな思いを込めたのかや、創作にあたってどこにこだわったのかというのは、聞かれてもいないのに自発的に語るのは野暮なのかしら、と懸念があり、私自身が、なるべく語ることを避けてきたからです。

そのため今回いざ語ってみると、補足も含め語りたいことがたくさんあり、かなりの文字数になってしまいました。
そのうえ興味のない人にとっては面白くもなんともない内容だと思います。

ですのでこの記事は、読まなくていいです(笑)

ほんと、10,000字超えなので、無理してほしくないんです(笑)

自分で自分のために、今回の創作に関する思いを残しておきたい。
あくまで自己満足のための記事です。
(よし。宣言したからのびのび好きに書くぞ!🥰)


ちなみに今作「お母さんが朝顔になった日」を読んで、もしお気に召してくださった方がいらっしゃいましたら、
◆【制作秘話】種明かし:実は込められていた意味
の部分は、楽しんでいただけると思います。
基本一項目あたり500字弱でサクッと読んでいただけるので、気になる項目だけを、下記目次より飛んで読んでいただけるだけで本望です、本当に。



それでは改めて【後篇】に参ります。



---📚---📖---目次---📚---📖---

【前篇】(※8/11投稿済の記事に飛びます)

---📚---📖---目次---📚---📖---
◆全人類に聴いていただきたい朗読
◆朗読オーディオコメンタリー

【後篇】(※本記事内のリンクです)






◆ピリカ文庫のお誘い「Yes」に至るまで


ある日、ピリカさんから一通のメールが届いた。

ピリカ文庫に執筆いただけないかというお願いでご連絡いたしました。


ぴ、ぴぴぴ、ピーピー、ピ、ピリカ文庫!?!?!!?
(小鳥のようにさえずること必至である)

あのピリカ文庫!!!?!?!?
(ほかにどのピリカ文庫があるのか)


光栄すぎる!!!嬉しすぎる!!!
そんなの返事は迷わず「Yes」だと思うだろう。

実のところ、お受けするか少し、ほんの少し迷った。
いや、正確に言うと、自分の気持ちだけで言えば120%「是非とも書かせてください!!!ありがとうございます!!!」だったのだが、スケジュール的に納得のいくものが書き切れるか、そしてテーマ的にピリカ文庫として見合う作品が創れるか、その瞬間すぐに自信をもって「Yes」と言うことができなかったのだ。

しかし、お受けするのならまだしも、もしお断りするのであれば、半日でも1時間でも早くお返事をすべきだと思っていた。そのぶん別の方へ連絡をしたりなど対応が必要になるのだから。相手にとってネガティブなことほど早く伝える、私のなかでの決め事だ。

実はメールを拝見した瞬間、とある1人の大好きなnoterさんのことが頭に浮かんでいた。いつか私aeuにピリカ文庫のお誘いが来ないかな、来てほしいなと、前々から言ってくれていたのを覚えていたのだ。記事が出たらきっと喜んでくれるかなという気持ちがあった。

それがなくても、こんな願ってもないチャンス。自分で潰す、という選択はしたくない。
幸運の女神には前髪しかない
昨年の3月にとあるチャンスを掴んだ時から私のモットーのひとつとなっている言葉だ。チャンスが訪れたならば、貪欲に掴む。そうすることでしか、平凡な私が夢を一つずつ叶えていく術はないと常日頃から思っている。

なのに、どうしよう。欲望に任せて「Yes」とは言えない。

ピリカグランプリのときは、テーマが「指」で、すぐに書きたい話が浮かんだのもあり、数日で納得のいくものを完成させた私だったが、基本的に私は筆が遅いほうだ。
しかもあいにくテーマとして指定された「朝顔」に私はまったく縁がなく、インスピレーションもすぐには湧かなかった。

でも、書いてみたい。
「Yes」と言うためには今一歩後押しが必要だった。

「やれない理由」ではなく「やるための方法」を探すべく、すぐさまGoogleの検索窓に「朝顔」と入力。とある情報に行きつき「これなら書けそうだ」と構想が固まってから「ぜひお受けさせていただきます」とお返事をした。

ここまで約4時間。「Yes」に至るまで、実はめちゃくちゃ必死だった(笑)だってこんなチャンスなかなかないもの。




◆お母さんが朝顔にならないもう一つの物語


さて。そんなふうにして執筆を始めた今作。
投稿が7月1日だが、その当日の朝まで、実はまったく違う物語だった。

本記事冒頭に一節を掲載した謎の物語
これがもともとの今作の冒頭の予定だった。

冒頭に戻るのは手間なのでスクショをペタリ:)

しかもこの冒頭は早い段階で、ほぼ確定していた(これが後に自分を苦しめることになるのだが)。

こちらは、今作を投稿した直後の自身の記事欄(※下書きを含む)。

ね?幾つも書いた下書きのほとんどの冒頭が同じでしょう?


テーマである「朝顔」に対して、唯一思い浮かんだイメージは「小学校で育てる花」ということだった。
調べてみると、文部科学省から公示された学習指導要領「生きる力」をはぐくむカリキュラムの一環として、朝顔の栽培を採用する学校が多いのだとか。命を大切に育て、日々の成長を観察することはもちろん、花を咲かせたあと採取した種を来年にとっておくことで命をつなげる学びにもなる。

それから朝顔の花言葉には「かたい約束」「固い絆」という意味がある。
また「朝顔」の英名は「Morning glory」。「glory」は「名誉、栄光、輝き、光、素晴らしい」というようなニュアンスの意味を持つ言葉。では直訳すると「朝の輝き」。
そして後に記述する「朝顔の性質」は、人が生きていくために大切なこととリンクしていることに気が付いた。

そこから湧いた、当初の物語のインスピレーションはこうだ。

生きることに疲れてしまった大人の女性が、ひょんなことから朝顔の栽培をしている小学生の男の子に出会う。
紆余曲折ありながらも支柱に支えられ上に伸びていく朝顔と男の子との関わりのなかで、女性は「生きる力」を取り戻していく。
しかしながら、ある日、女性が病院の屋上から飛び降りてしまう——というふうに見せかけ(※ここが冒頭)、朝顔が学校のベランダから落下。ぐちゃぐちゃになってしまった朝顔を見て女性が男の子に「根が腐っていなかったら大丈夫」と励ます。自分自身もそうだということに気が付く。
ある日の早朝、無事綺麗な花を咲かせた朝顔を二人で眺めながら、女性は自分の命を大切に生きていくことを決意、男の子と約束をする(かたい約束/固い絆)。久しぶりの清々しい朝。目の先に広がる日が眩しく輝いている

ピリカさんに「Yes」のお返事をした時
(つまり一番初期)に書く予定だった
ボツになったほうのあらすじ。

まず冒頭の掴みを大事にしたかった。
冒頭のすぐ後に病院の描写を入れることで、「先生呼んできて」の「先生」がドクターに感じられるという仕掛け。物語が進むにつれて「女性はいい感じに回復してきているけど、冒頭のアレって7月だから時系列的にはこの後の話だよな、嫌な予感がするな」って感じてもらいながら読んでいただくことができたら大成功だなって。

となると舞台は、精神科病棟。入院病棟のタイムスケジュールとか、病室の出入りとか、面会はいつから何歳からできるかとか、作業療法や理学療法では何をやるかとか、例としてどの程度の症状の方がどんな入院生活をできる環境なのかとか。何日もかけてかなり調べた。

小説の嘘」というのが苦手だったり好まなかったりする人はいると思う。今回の例でいうと「本当に心を病んでいる人は実際はそんな簡単に立ち直ったりしないよ!」と感じてしまうとか。
でも私は、物語だから「小説の嘘」はアリだと思っている。ただ、私も基本の性格は理屈に合わないことが苦手で、その違和感が苦手だから、屁理屈とかこじつけとかが得意になってしまった人間なのだ。
だから私自身、「小説の嘘」に、ある程度信憑性を持たせるというか、違和感を感じさせないようにするためには、その事柄を知らずに書くよりも知ったうえで書く「嘘」がいい、と思っている。

そんなわけで、インターネットやYouTubeの検索履歴が「精神科」や「しにたい」で何十件も溢れ、インターネットに「こころの健康相談統一ダイヤル」をめちゃくちゃオススメされるほど、自分が病んでくるんじゃないかと思うほどに下調べをしたのだけど、結局まったく使わなかったよね←

というのも、冒頭の、女性(面会の関係で途中から設定をお母さんにしようと思った)に見せかけて実は朝顔の鉢の擬人化である「わたし」視点を入れるのであれば、ストーリーのどこかで「わたし」=「朝顔」視点も入れていなければいけない。たとえばクラスの女の子目線に見せかけて「朝顔」視点も考えたのだけど、そうすると舞台が病院ではなく学校になってしまう。それだと冒頭のミスリードの効果が薄れてしまうなというのと、2000字程度の掌編に仕上げるのに2か所以上の舞台を大きく取り上げると話が混沌とする。あと単純に「朝顔」の擬人化をこの内容の掌編に入れるのは難易度が高い。

じゃあどうしようか。
冒頭を初期に自分のなかでほぼ確定してしまったことが足枷になった。

プロット前の段階の、
ほとんど採用されなかった走り書きをチラ見せ。


一応冒頭はそのままの状態で、最後まで書き切ってはみたものの、自分が思い描いていた緩急が付かず、冒頭のミスリードの種明かしも肩透かしを食らったようなお粗末なものになってしまった。

だったらこの冒頭にこだわらなくていいんじゃない?
そのことに気が付けたのは投稿の前日。とはいえ考えても考えても「これだ!」と思えるような案は浮かばないまま、投稿当日の朝を迎えた。

投稿当日の朝。

嘘だと思われるかもしれないのだが、突然ふと、

お母さんが朝顔になった日

というフレーズが脳内に降りてきた。

嘘みたいな話なのだけど、本当の話。

おそらく「朝顔の擬人化をどうしよう」「朝顔が咲いたらお母さんが退院できる」という思考がずっと脳内にあって、それが私の意思とは無関係に勝手に紐づいて降りてきてくれたのだと思う。

そのフレーズが降りてきた瞬間、

えっ。めちゃくちゃキャッチ―なフレーズ降りてきた。
えっ。このままタイトル行けるじゃん。
えっ。これ冒頭の掴みにも使えない?

たとえば……

その日、お母さんは朝顔になった。

ええやん!!!!!
これだ!!!!!

そこからは、あっという間に全体の構想が浮かんできて、スイスイ終わりまで書き切った。一度完成させたボツ作品は3,430文字あったのだが、そこからそのまま採用した内容はたったの500文字分程度。
つまり内容もガラリと変わったのだ。

本当に今回皆さまに読んでいただけた今の形にできて良かったと思う。
もちろんまだまだ未熟で稚拙で、粗が目についてしまうレベルだとは思う。それでも、一つの物語として「完成」はしていると自負している。
そう思える程度に仕上げることができたのは、正直、投稿当日に起きた奇跡だったとさえ思ってしまう。




◆【制作秘話】種明かし:実は込められていた意味


さてさて。今回の【後篇】のメインはこちら。
これ書くのすっっっっっごい楽しみだったんだ~♪

以前チラッと別の記事でも話したことがあるのだけど、私の場合(というか多くの人がそうなのだろうが)、創作するときは、名前とか描写とか言い回しとか、結構隅々までこだわって考えたり書いたりしている。
だから、詩でも小説でも「どうしてその表現を選んだの?」っていう自分のなかでの理由が必ずあって、それを語るのが楽しくて好きなのだ。

さーて参ろう! レッツ種明かし!

ちなみに、この種明かしは、物語の内容を知らないと面白くないと思うので、未読の方は、もしよければ、まずこちらを読んでいただけますと幸いです。


ストーリーに沿って掻い摘んでお話していきます:)


・こだわり①:タイトルにもある「お母さんが朝顔になった日」が示す日時と「お母さんが朝顔になった」の意味が、冒頭とラストとで変わる。

うまく伝えられるかわかりませんが、解説します:)

■冒頭1行目の「その日、お母さんは朝顔になった。」
示す日:5月某日。シュンが朝顔の芽がぴょんと出ているの見つけた日。
意味:朝顔の芽が出た代わりに、お母さんが家から消えた。もしかしてお母さんが朝顔になっちゃった!(?)という意味。(つまり文字通りの意味)

■ラスト「じゃあこれで、お母さんも朝顔の仲間入りだね」
示す日:8月某日。お母さんが「これからはちゃんとまわりを頼るようにします」とシュンと指切りした日。
意味:お母さんが、朝顔のように、時には日陰で休み、しゃんと支柱まわりを頼り支えてもらいながら生きていけるようになった、という意味。(つまり朝顔に例えた比喩)

物語を読む前と読んだ後で「お母さんが朝顔になった日」というタイトルが示す意味が変わるのです。
もしこれを感じ取ってくださった方がいたら本当に嬉しいなという、大きなこだわりポイントでした。


・補足①:シュンの敬語について

これはちょっと私の筆力がまったく足りず表現しきれなかったどころか、設定のブレに感じて余計な描写だったかもなと反省している部分。

冒頭で先生と話すときには敬語設定なのだけど、中間部分(母からの手紙が出てくるシーン)で先生と話すときには敬語ではなくなっている。
これはシュンが敬語で話すときには「取り繕っている」「無理をしている」「気を張っている」という設定が実はあります。
もちろん推敲の際に、それが設定のブレに感じることは私自身気掛かりだったのだけど、それでも強行突破をしたのは、私の頭のなかでシュンというキャラクターが勝手に動いて話していて、そのときの言葉遣いが冒頭では敬語、手紙のシーンではタメ語だったからです。台詞は考えたというより、キャラクターが話した通りに文字に起こしたというか……キャラクターの意思に従ったという感じです。


・こだわり②:クラスメイトのレンの存在。なぜレンは毎回シュンが朝顔の観察を楽しんでいる時に絡んでくるのか。

私作者の推しキャラ「レン」くん。
シュンが朝顔を眺めていると「黒板消すの手伝えよ!」などとザツヨーを押し付けてきます。「押し付ける」と言っても、レンはシュンに全て投げ出すわけではなく、レン自身もそのザツヨーは一緒にやっているのです。

レンの「有無を言わさないような物言い」はただそういう話し方なだけです。そこに悪意は微塵もありません。
いつもひとりで居るシュンのことが、レンは気になっていたのです。だから毎回朝顔の観察をひとりでしている時に声を掛けていたのです。
しかも先生のお手伝いをすればシュンの「カブ」とやらが上がるだろうことを幼心ながら理解しています。わざわざ元々は無い「ザツヨー」を探してまで、シュンをひとりにさせまいとしているのです。

かわいい……!ぶっきらぼうな優しさ、超好き……!


・こだわり③:「ザツヨー」に「雑用」のルビ。

これは改めて書き出すまでもないのですが、とにかくレンくんの可愛いポイントです。
上記の「カブが上がる」もそうなのですが、大人たちが使っている言葉を、意味を十分に理解していないけれども一丁前に使っている子ども感を表したかったのです。あああレンくんかわいい……!

「皆が皆、コナンくんや光彦くんじゃないんだぞ……!」ということですね(コナンくんは中身高校生だけどな)。


・秘話①:「レン」の名前の由来は、あの花。ちなみにシュンとお母さんの苗字も実は決まっていた。

先ほども言ったように、私は登場人物の名前には必ず意味を持たせます
それは今連載中の小説も、今までピリカグランプリに応募した作品も、それ以外の作品も。意味の深さの程度はあれど必ず全てです。
まあ、これを言ってしまうと、これから書く作品の登場人物の名前で、いろいろ考察ができてしまうかもしれない懸念はありますが、言わなくても気付く方は気付くことなのでいいでしょう(笑)

というわけで、もちろん「レン」の名前にも意味があります。

シュンの名前は、作中にも出てくるとおり「あさがお(朝顔)」の意味を持つ「(しゅん / あさがお)」です。
そして私は、同じ物語に登場する人物の名前は、できるだけ同じ関連にしたいというこだわりがあります。
つまり今作の場合は「花の名前」。

ずばり。レンの名前の漢字表記は「」です。
これは「ハス」とも読みますが、私は「蓮華草レンゲソウ)」から付けています。そんでもって、蓮華草の花言葉には「私の苦しみを和らげる」「あなたと一緒なら苦痛が和らぐ」という意味があります。

レンがシュンにとって、苦しい気持ちを和らげる存在になること、レンと一緒にいる瞬間は、お母さんがいない寂しさや不安を忘れさせてくれる存在であること。そんな思いを込めて付けた名前でした。

ちなみに余談ですが、作中では言及のなかったシュンとお母さんの苗字は「羽根木(はねぎ)」でした。そしてお母さんの名前は「羽根木 サラ」。
もともと由来となった漢字に戻すと「桔木はねぎ さら」。そう「桔梗(キキョウ)」が由来です。名前として読みづらいため苗字も名前も違う表記を当てることにしました。

シュン(蕣)のお母さんなので、やはり「朝顔」に関連付けさせたかったため、「万葉集」の朝顔は「桔梗」のこと という理屈から名付けました。
しかも「奇跡か!?」と思ったのですが、蓋を開けてみれば「はねぎ」という苗字が想定以上にぴったりだったのです。というのも「桔木(はねぎ)」というのは「軒先を支えるために使う部分のこと」。朝顔の「支柱」「支え」が一つのポイントになっている今作の登場人物の主人公たちに相応しいじゃないか……!と大満足で名付けました。
まあ、作中には苗字は登場しませんでしたがね。


・こだわり④:「朝顔だからこそ書ける。他の花じゃなく朝顔じゃなきゃいけない理由がある」(by.こーたさん)

今作の朗読を「すまいるスパイス」で配信していただいた際に、こーたさんが仰ってくださったお言葉です。
「朝顔の性質」を物語全編の軸として至るところにリンクさせ大事に描写することにこだわって書いたので、そう言っていただけたことがとっても嬉しかったです。

こーたさんとななこさんがすまスパでお話してくださったこと。
短日植物というところがキーワード。陽の当たらない時間も大事
朝顔が支柱がないと身動きが取れなくなっちゃう。上に伸びていけない
頼って、時には頼られつつ。支え合って
人間の生き方と同じ
朝顔というテーマにすごくガッとシンクロした作品」
今作を読んでコメントをくださった皆さまのお言葉からも、それを感じ取ってくださったことが伝わってきて、本当に本当に嬉しかった。

ちなみに、先生の最後の言葉。
少し転倒したくらいどうってことないさ。根が腐っていなかったら大丈夫。朝顔は強い花だからな
根が腐っていなかったら大丈夫というのは朝顔に限らずではあるのだけど、でもこれは必ず入れたいなと思っていたフレーズです。


・補足②:クラスで孤立していたシュンはいじめられていたのか。

結論から言うと、いじめられてはいないです。
シュン自身もいじめられているというふうに捉えていないです。

休み時間のたびに教室のベランダへ出て朝顔に話し掛けているシュンに、声を掛けてくる者はだれもおらず、「シュンくんって何考えてるかわからないよね」「なんか怖いよね」「変だよね」などと陰で言われていた。

これはクラスメイトたちの真っすぐな感情。小さな子どもは思ったことをそのまま口に出す。
大人もそうだけれども「わからないもの」って怖いです。みんなはシュンのことがよくわからなかった。
でもやっぱりラストにあるように、わからないけど、シュンが朝顔を何より大事にしてたのは、どうしたって伝わるものだったのです。

その証拠に、終盤でシュンは「ぼくはクラスの朝顔博士だからね」とドヤ顔をしてみせます。内に抱え込むような繊細さを見せるシュンの性格上「クラスの朝顔博士」というワードは、おそらく自らの発想ではないでしょう。
きっとクラスの皆が「朝顔博士!」と慕ってくれるようになったのでしょう。そしてシュンはそのことを誇らしげ言うほどに嬉しいのです。


・こだわり⑤:明確な意味を持って書いた一文「シュンは無邪気に笑ってそう言うと、母の腕に自分の両腕を絡ませた。」

終盤のこの描写は、明確な意味を持って書いた一文です。
お母さんが無事「朝顔の仲間入り」をした。支柱まわりを頼り支えてもらいながら生きていけるようになった。それと同時に、やっぱりお母さんはシュンにとっての支柱でもあるのです。

母の腕に自分の両腕を絡ませた」というのは、支柱に絡みつく朝顔(蕣)のツルを暗示しています。お母さんが「頼る」という意味で強くなれたことで、シュンも前より伸び伸びと育っていけることでしょう。
親子も然り、周りの人間関係も然り、時にはまわりに頼って生きる。時には誰かの支柱になる。そんな意味を込めた一文なのでした。
真っ先にななこさんが汲み取ってくれてたの、嬉しかったなあ。


・こだわり⑥:ラスト1文の朝顔の色が「青」と「白」なのにも意味がある。

今作に限らず、そして私に限らずだと思いますが、ラストの締めくくりの文章はこだわりますよね。

日中の気温の高まりを予感しつつ、まだ気温の上りきらない朝。

こちらは単純に、朝顔の花が咲く時間帯を素直に描写したのと、「日中の気温の高まりを予感しつつ」で「Morning glory(朝顔の英名)」「朝の輝き」感や、これからの二人の人生が希望に満ち溢れているようなニュアンスを感じられる文章にしたかったという意図があります。

ベランダで青と白の大きな朝顔の花が二人を見守っていた。

こちらの「青と白の大きな朝顔の花」というのは、もう散々花言葉を出してきているので、芸がないと言われてしまうと悲しいのですが、やはり花言葉です。朝顔に限らず花言葉は花の色によって意味が変わることがあります。

青:「かたい約束」
白:「固い絆」「喜びにあふれる」「私はあなたに絡みつく」

このあたりの意味を拾って、シュンとお母さんの指切りした約束と、親子の固い絆(もしかしたらクラスメイトたちとの絆もあるかもね)や、これからの人生が喜びにあふれること、支え合って生きていけることの示唆をしたかったという意図がありました。


以上


うわああああ~い!超語った!
こんなに作品の種明かしを思いっきりしたことないわ!

作品を読んでくださった方がどう捉えるかというのは、もちろん自由で。自由っていうか、むしろ自分が創作したものを読んでくださるだけでも嬉しいのに、そのうえ何かを感じてくれるということだけで贅沢な話で。

だから、種明かしは野暮なのかなって、思ってしまう気持ちはやっぱり少しあるのだけど、以前そんな話をしたときに、
「作者さんのあとがきや種明かしが大好き」
「ガンガンやっちゃえ~!」
というお声を頂けたので、思い切ってやってみました。

プロの方や文筆業をいわゆる生業にしていらっしゃる方は、このようなことを赤裸々には話さないのでしょうが、私はそうではないのでいいよね♪
という気持ちで。

自身の作品1~10までとなると面白みがない気もしますが、たまにはこんな徹底解説もいいなと思いました:)




◆満を持しての「あとがき」

ピリカ文庫への執筆をお声掛け頂いたときの衝撃や葛藤や思い。
執筆時の苦労や紆余曲折。
作品に詰め込んだこだわりや思い。
それをこれだけ散々好きなように長々と綴ってきたうえでの「あとがき」なんて、もう「感謝」以外に書くことがない。

とはいえ、冒頭で「読まなくていいです」と声高らかに宣言してしまっているので、こんなところで感謝を述べたところで伝わらないかもしれない。
むしろここまで読んでくださっている方がいるとしたら、なんて奇特な方なのだろう。本当にありがとうございます。

私はずるい人間なので「読まなくていいです」と言っても、きっと読んでくださる方は2,3人くらいはいるだろうなと思って言っている節があります。読むことを負担に思ってほしくないから、頑張って読んだ末に必ず「読んでよかった」「読めてよかった」と思ってもらえる自信がないから、つい保険を掛けてしまいます。
「長いけど是非読んでください!」と言えるほどのものが書ける日が来るまで、まだ当分先は長そうです。

だけど1人でも、きっと読んでくださるに違いないと思える人が居てくれるということは、私にとって誇りで、原動力になっています。
とても贅沢で、とても嬉しくて、とても幸せなことです。

小説を書く者にとって、いちばん最初に立ちはだかる壁であり、にもかかわらず何よりもいちばん乗り越えるべき壁である「最後まで書く」ということが、私はまだ自分で「できる」とは言えません。

その経験を素晴らしい舞台で何度も提供してくださっているのが、私にとってはピリカさんだなあと感じています。ピリカグランプリといい、ピリカ文庫といい、自分の気持ちだけでは越えられない壁の先の景色を見せてくれる。本当にありがとうございます。

そして壁を登る原動力をくださっているのが、私の書くものを読んでくれて、温かい言葉をくれる、好きだと言ってくれる、あなたなのです。
感謝してもしきれない。別に見返りを求めているわけではないことは解っているのだけれど、それでも「応援していて良かったな」って思ってもらえるようなカタチを、必ずどこかで残したいと思っています。


雨唄アユウ


(11,403文字)



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