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周囲を隣家の壁に囲まれた開放的で贅沢な空間の家

旗竿敷地と言われる土地の形状がある。道路と接した土地の幅が狭く細く、その細い幅で作られた道の先に土地が広がっている形状の土地のことである。竿に引っ掛けた旗のような形状をしているため、旗竿敷地と呼ばれている。

不動産としては一般的には好まれない土地だ。旗竿敷地に建てられた多くの戸建住宅は周囲を隣家に囲まれてしまい、陽当たりも悪く密閉感も生じ、狭く暗く感じられてしまう。そのような土地を好んで購入する人は少ないだろう。だが、そのような特殊な形状のため、相場よりも土地の価格が安く手に入るメリットもある。

周囲を隣家に囲まれているため、家の中に光を取り入れる方法としてトップライト(建物の屋根部分に作られた窓)を作って、上から採光を取る設計が多く見られる。周囲を隣家に囲まれていることもあり、プライベートを重視する面でもトップライトは有効なアプローチになっている。

と思っていた僕に、その思い込みを破壊する戸建リノベーションをネット上で建築散策していたら出会ってしまった。

髙橋一平建築事務所の高橋一平氏設計による「Casa O」だ。

この家を見て驚いてしまった。発想の意外性に。こんな発想があるのかと。

TOTO通信「隣家すらも、借景に」により

敷地面積45.24㎡の旗竿敷地に建てられた、建築面積24.65㎡(延床面積 47.68㎡)築45年の木造家屋であり、隣家との間隔は50cmほどと密閉感が十分に感じられる家。建築面積24.65㎡は約7.4坪になり、戸建住宅としては狭い部類に入る。だがリノベーションされた戸建住宅を見ると、数字以上の開放感が感じられる空間が生まれており、僕はそこに贅沢さも感じ、この家が現実に置かれた数字以上の魅力と景色を持っていることに心底驚いてしまった。

前述したように、旗竿敷地に建てられた戸建は周囲を隣家に囲まれ、窓を開けるとすぐ目の前に隣家の壁が迫っている。この「Casa O」もそれは同様だった。

TOTO通信「隣家すらも、借景に」より

だからこそ、トップライトで家の中に光を取り入れて明るく広く感じられるようにすることは有効なんだと思う。

けれど、高橋氏が設計した「Casa O」は違っていた。トップライトの代わりに、壁に大きな窓を作り、その窓によって開放感を生み出していた。当然、窓を開ければ、目の前には隣家の壁が迫っている。しかし、隣家の窓とは対面しない場所に窓を設けるよう設計しているため、プライバシーを心配することなく窓を開けることができ、室内に広がりをもたらす効果を発揮している。

ここで価値観が転換している。

「隣家の壁が目の前に見える」

この状況に自分が置かれたイメージをした時、壁を魅力的な景色に思えるだろうか。通常は「否」だろう。だが、それは思い込みに過ぎなかった。無価値で魅力がないと思われていた隣家の壁には、景色としての魅力があるという新しい価値観を高橋氏は設計を通して提示している。

風雨に晒されていた壁を見ていると、抽象絵画が展示されているかのような錯覚が感じられてくる。おそらく何十年と時間をかけて制作された天然の作品である隣家の壁。窓を開け放ち、観賞する価値のある壁へと隣家の壁は転換されていた。

TOTO通信「隣家すらも、借景に」より

僕は価値観の転換が起きた時ほど、面白く刺激を感じる。無意味で無価値だと思われていたものに価値があると知った時ほど、その刺激は大きく強くなる。その体験をもたされたのが、この「Casa O」だった。

僕はこのような発想に至った建築家に驚く。どうしたら、こんな発想ができるのだろうか。もしかしたら、このような考え方のアプローチがヒントになるかもしれない。

「否定されてきたものに、どうしたら価値が生まれるだろうか」

すでに皆が価値を知っているものではなく、皆から価値が見出されていないものに、どのようにしたら価値が感じられるだろうか。そのような考え方のアプローチが「新しさ」を生み出す。

世界を驚かす新しい価値は、あなたのすぐ側にあるかもしれない。その価値は視点を変え、考え方を変え、行動を変えることできっと発見できる。

〈了〉

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