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【弁理士試験】#007 法的三段論法(実践編)

#006では、法的三段論法が簡単に書けてるテンプレートを紹介しました。
今回は、このテンプレートを使った論述の作り方を更に説明します。

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法的三段論法

法的三段論法テンプレート

法的三段論法とは、書き方ではなく、論理的な思考プロセスです。
しかしながら、法的三段論法テンプレートに従えば、必然的に論理的思考をせざるを得ないことから、論理的な思考プロセスを手に入れることができるとお伝えしました。

#006で紹介した法的三段論法テンプレートは以下です。

※なお、テンプレートとは、使い方を間違えると、理解できていないにもかかわらず理解した気になってしまう危険なものです。僕はこの点を意識し、前回#006では、テンプレートの使い方を丁寧に説明しました。なので、必ず#006を読んだ上で、使うようお願いします。

法的三段論法をマスターする

法的三段論法は、抽象的な頭の中の思考プロセスである以上、それを表現した答案の書き方は複数あります。

本日はいくつかの簡単な事例をベースに、どのように法的三段論法のテンプレートを使うか、説明します。

いくつか例をみているうちに何か掴めることを祈っています。

例題1 #006の論述例の別解答

解答例1

#006では、発明A「地球表面全体を紫外線吸収フイルムで覆う方法」が特許を受けることができるか、法的三段論法で検討し、以下のような論述を作成しました。

ステップ(Ⅰ)
産業上利用できない発明は特許を受けることができないところ(29条1項柱書)、発明Aが「産業上利用可能」といえるか、「産業上利用可能」の意義が問題となる。

ステップ(Ⅱ)
そもそも、特許法29条1項柱書の趣旨は、産業上利用可能な発明に特許という独占を付与しこれを公衆に公開することをもって、発明者に対してインセンティブを与えつつ公衆に利用の機会を確保し、産業の発達を保護する点にある。

ステップ(Ⅲ)
もっとも、技術的観点から事実上実施できない発明に独占権を付与し、公開したとしても、公衆が利用できないことから、産業の発達の保護には寄与しない。

ステップ(Ⅳ)
そこで、「産業上利用可能」とは、技術的観点から、事実上実施できる発明を意味すると解する。

ステップ(Ⅴ)
本件についてみると、発明Aの「地球表面全体を紫外線吸収フイルムで覆う」ことは、非常に巨大な表面積のフィルムを生産する必要があり、かかる点で、今日の技術からは事実上準備することはできないといえ、発明Aは技術的観点から事実上実施できない発明にあたる。

ステップ(Ⅵ)
したがって、発明Aは、産業上利用可能な発明といえる。

(法的三段論法外の問いへの回答)
よって、発明Aは、特許を受けることができない

解答例1

解答例2

上記の論述は一例にすぎません。
法的三段論法のテンプレートの理解を深めるために、他の論証も検討してみます。

まず、ステップ(Ⅰ)は問題の所在が同じですが、「産業上利用可能性」の意義ではなく、「産業上利用できない発明」の意義を問題とすることも可能です。この場合は「産業上利用できない発明は特許を受けることができないところ(29条1項柱書)、発明Aが『産業上利用できない発明』といえるか、『産業上利用できない発明』の意義が問題となる。」と表現することになります。どのような表現でもよいですが、問題としている「意義」のテーマと、モノサシの主語を一致させることが重要です(この場合、モノサシは、「そこで、産業上利用できない発明とは~」とならなければなりません。)。

つぎにステップ(Ⅱ・Ⅲ)です。
解答例1では、趣旨として、29条1項柱書の存在意義を記載しつつ、その例外として、事実上実施できない発明が除かれることを記載しました。つまり、モノサシとの関係で重要なのはステップ(Ⅲ)の例外の方の記載になっています。

この点、趣旨として、29条1項柱書で産業上利用することができない発明が除外されている理由をピンポイントに記載することが考えられます。

例えば、ステップ(Ⅱ)は「そもそも、産業上利用可能性がない発明が特許の対象から除外されている趣旨は、発明とは実施されることにより社会に利益をもたらすものであるから、実施できず、社会に利益をもたらし得ない発明を保護対象から除外することをもって、産業の発達の観点から保護価値のない発明に特許を付与することを防止する点にある。」と記載できます。

これで十分モノサシを準備できそうなのでステップ(Ⅲ)はなくてもよいかもしれませんが、仮に記載するならば、実施できない程度を掘り下げるために、「もっとも、発明を実施できないことは、技術の進歩に伴い結論が変化するものであることから、出願時点に実施できないというだけではなく、少なくとも特許の存続期間中、技術的な観点から実施できないことから明らかである場合を意味するべきである。」という例が考えらえます。

このようなステップ(Ⅱ・Ⅲ)を記載した場合、モノサシとの関係で重要なのはステップ(Ⅱ)の趣旨の方の記載になっています。

次にステップ(Ⅳ)のモノサシです。
ここで解答例1のモノサシ「そこで、『産業上利用可能』とは、技術的観点から、事実上実施できる発明を意味すると解する。」をそのまま使うと、ステップ(Ⅱ)との言葉の整合が微妙に合わなくなります。趣旨・例外が変われば、モノサシの表現も変わることは必然です。
本件では、特にステップ(Ⅲ)の記載を加味すると、「そこで、『産業上利用できない発明』には、一定の将来において、技術的観点から実施できないことが明らかな発明は含まれないと解する。」というモノサシが考えられます。

(本文のモノサシの「技術的観点から実施できない発明」という表現は、実施できない理由が技術面になければならないかのような表現となっています。これは、ステップ(Ⅲ)で、技術的に実施できない発明を意味するべきであると述べていることに裏付けされた表現です。仮に、ステップ(Ⅲ)を省略していた場合は、当該本文の表現は裏付けがなく、論理の飛躍に該当しないか気になってしまいます。そこで、例えば、「そこで、『産業上利用可能』ではない発明とは、技術的観点等を踏まえ、実施できない発明は含まれないと解する。」と記載するのが良いでしょう。仮に太字部分を本文の「技術的観点から実施できない発明」という表現で記載し、技術的観点は必須ではなく、あくまでも例示という位置付けにあることを明確にする表現にすることで、論理の飛躍的要素を薄めることが考えられます。細かい表現の問題のようですが、論敵一貫性という意味で重要ですので、このような思考を忘れないようにしましょう。)

次にステップ(Ⅴ)です。
モノサシが変われば、あてはめも変わることは必然です。本件では、「本件についてみると、発明Aを実施するためには、地球表面全体に相当する表面積のフィルムを生産する必要があるところ、将来においても技術的に準備することができないことは明らかである。したがって、発明Aは、一定の将来において技術的観点から実施できないことが明らかな発明にあたる。」と書けるでしょうか。

ステップ(Ⅰ)
産業上利用できない発明は特許を受けることができないところ(29条1項柱書)、発明Aが「産業上利用できない発明」といえるか、「産業上利用できない発明」の意義が問題となる。

ステップ(Ⅱ)
そもそも、産業上利用可能性がない発明が特許の対象から除外されている趣旨は、発明とは実施されることにより社会に利益をもたらすものであるから、実施できず、社会に利益をもたらし得ない発明を保護対象から除外することをもって、産業の発達の観点から保護価値のない発明に特許を付与することを防止する点にある。

ステップ(Ⅲ)
もっとも、発明を実施できないことは、技術の進歩に伴い結論が変化するものであることから、出願時点に実施できないというだけではなく、少なくとも特許の存続期間中、技術的な観点から実施できないことから明らかである場合を意味するべきである。

ステップ(Ⅳ)
そこで、「産業上利用できない発明」には、一定の将来において、技術的観点から実施できないことが明らかな発明は含まれないと解する。

ステップ(Ⅴ)
本件についてみると、発明Aを実施するためには、地球表面全体に相当する表面積のフィルムを生産する必要があるところ、将来においても技術的に準備することができないことは明らかである。したがって、発明Aは、一定の将来において技術的観点から実施できないことが明らかな発明にあたる。

ステップ(Ⅵ)
省略

解答例2

解答例1と解答例2のどちらがよいか

本問においては、解答例1が無難でしょうか。
なぜなら、解答例2は、実施可能性の判断基準時、すなわち、出願時点ではなく、出願時から将来を含めて実施できるかを見る、という要素を含むモノサシになっているように感じます。

本問において、仮に、発明Aが「現時点ではフィルムを製造できないが、5年後には製造できる設備が整う予定である。」という事情があれば、間違えなく解答例2が良くなるでしょう。

しかし、正直、練習の段階ではどちらでもよいと思います。
今は、書きやすい方を選んでください。

今後、このnoteシリーズでは、高得点が取れる答案に向けて、必要な点を落とさずに短く文章を書くテクニックをお伝えする予定です。そのテクニックを習得した際に、どちらの方が短くしやすいかという視点がでてきます。

(そのテクニックの本質は、各(Ⅰ)~(Ⅴ)のステップで肝となる要素のみを拾い、法的三段論法を完成させることです。ここでは、短いバージョンの法的三段論法テンプレートがありますので、お楽しみに!)

例題2 試験のための実施

例題

甲は、「グアニジノ安息香酸誘導体αをを含有する肝臓疾患治療薬A」に係る発明について特許Pを有している。特許Pは、2015年1月1日に設定登録され、2025年4月1日に特許権が満了する。

乙は、2022年6月から2023年2月まで、甲に無断で、特許Pに係る特許発明の技術的範囲に属する肝臓疾患治療薬Bを製造販売する上で必要となる医薬品医療機器等法所定の承認申請を行うために、試験的に製造を行った。

乙の行為は特許権Pを侵害するか。

解答例

つぎは、もう少し、論述を作成する際に思考手順を説明したいと思います。

ステップ(Ⅰ)
特許法69条1項は、特許権の効力は試験のためにする特許発明の実施には及ばないと定めています。本問では、乙の行為が69条の「試験」に該当するかが問題となりそうです。表現は以下のとおりになります。

ステップ(Ⅰ)
特許権の効力は試験のためにする特許発明の実施には及ばないことから(特許法69条1項)、乙による肝臓疾患治療薬Bの製造が「試験のためにする実施」に該当するか、「試験のためにする実施」の意義が問題となる。

(※答案で、条文をそのまま書き写す人がいます。本問でいえば、「特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばないことから~」です。書き写す場合であっても、本問では、あてはめで使う要件は「試験」であり、「研究」は使いません。このように問題とならないことが明らかな用語は、意味がないので、省略しましょう。)

(※本問のような設問で、「権原又は正当な理由がない者が第三者の特許発明を実施した場合は特許権を侵害する(特許法68条1)。他方、特許権の効力は試験のためにする特許発明の実施には及ばないとされている(特許法69条1項)。」と、決まりきったように特許権侵害の定義を最初に書く人がいます。しかし、厳密に考えれば、このような論述では、1文目と2文目の論理的関係が不明です。特許法69条1項に該当することは、「正当な理由がある者」になるから、特許権を侵害しないということが言いたいのでしょうか。つまり、1文目と2文目を論理的なつながりをもって書く場合は、「権原又は正当な理由がない者が第三者の特許発明を実施した場合は特許権を侵害する(特許法68条1)。他方、特許権の効力は試験のためにする特許発明の実施は、当該実施には正当な理由があるとして特許権侵害を構成しない(特許法69条1項)。」となるでしょう。しかしながら、僕は、特許法69条1項は、特許権の効力を制限するのであり、実施者側の実施できる理由と捉えることは、居心地が悪いです。ということは、1文目と2文目の関係は論理的なつながりはないと考えるべきであり、2文目だけ書けばよいと思います。細かいですが、このように論理的なつながりを常に意識しましょう。)

ステップ(Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ・V)

ステップ(Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ・V)は、論理の一貫性を作るために、いったりきたりして構築します。

まずは、趣旨と例外です。
特許制度は、発明の公開の代償として独占権を付与し、発明を奨励して産業の発達を目指します。また、公衆は公開された発明を利用することで、特許権者は発明を実施することで、これらの点からも産業の発達を目指します。なので、産業の発達のための公衆の利用であれば、法目的に反しないばかりか、むしろ法目的に合致するでしょう。

また、公衆によって産業の発達のための利用という名目で何でもかんでも特許発明を実施された場合は、特許権者における独占の利益が損なわれることになります。特許権者は一定期間業として特許発明を独占でき、そこで発明投資の回収等の利益確保がされることによって、発明をするインセンティブが働くのです。つまり、特許権者の独占性が損なわれ利益確保が不十分となった場合は、発明へのインセンティブが失われ、逆に産業の発達にはマイナスです。

これらを総合すると、特許制度は、互いに完全には両立し得ない、①独占権付与による発明の奨励を通じた産業の発達と、②公衆による利用による産業の発達の2つのルートで産業の発達を目指していることが分かります。つまり、そのバランスが問題となるのであり、片方を重視すれば(ステップⅡの趣旨)、片方が考慮すべき反対利益(ステップⅢの例外)となります。

(※特許権の内容に関する事項については特許制度から考えると趣旨・例外が思いつきやすいかと思います。)

したがって、上記ルート②である公衆の利用が認められる範囲を問題とする本問では、上記ルート①が損なわれないか、すなわち、特許権者が特許法上認められている利益を確保できるか否か、ここが分かれ目であり、これを言語化したものが本問のモノサシとして使えそうです。

ここまできたら、先にモノサシを固めましょう。
結論として、医薬品承認のための試験は、産業の発達のための公衆の利用といえそうです。なので、これが「試験」に含まれるとするモノサシを考えます。例えば、「試験には、特許権者が独占して特許発明を業として実施することにより得られる利益が損なわれる実施は含まれない。」となります。

しかし、これではモノサシの抽象度が高い気がします。
抽象度が高い場合は、当てはめにおいて、説得力のある評価をすることができません(事実→評価の過程で飛躍が起こる可能性があります)。そこで、あてはめで使う要素を踏まえて、もう少し、モノサシを具体化できないか検討します。

当てはめでは、承認申請のための製造であり、その製造物を売ることはないことから、特許権者の利益を損なわないことを指摘します。また、承認が下りて売るとしても、それは特許権の期間満了後であり、特許権者において損なわれる利益は、特許法で保護された利益ではないことも指摘できそうです。つまり、当てはめでは、試験のための実施という目的を考慮するし、また、特許権の存続期間中の利益に着目することになりそうです。

これをモノサシに落とし込みます。
モノサシは、「実施の目的等の具体な事情を考慮し、特許権者が特許権の存続期間中に独占して特許発明を業として実施することにより得られる利益が損なわれない範囲か」となります。これで、ある程度具体化ができました。

(仮に問題文で、生産数も限られていたことをうかがわせる事情があれば、「実施の目的、製造量等の具体な事情を考慮し、特許権者が特許権の存続期間中に独占して特許発明を業として実施することにより得られる利益が損なわれない範囲か」と、モノサシに要素を追記することになるでしょう。)

次に、趣旨と例外をモノサシを導くために必要な記載となるよう整理します。上記のモノサシを導くためには、少なくとも、特許権者に独占権を付与して利益を回収させることで法目的を図っていることと、これを害しない範囲であれば試験は産業の発達に寄与することから認められるべきことを言う必要があります。(パターン①)特許制度の根幹を趣旨で書き例外として69条を書くパターンと、(パターン②)69条を趣旨で書き例外として特許制度の根幹を書くパターン、の両方があり得ると思います。書いてみましょう。

パターン①は、「そもそも、特許制度は、特許権者に一定期間特許発明の実施について独占権を付与し、発明完成に係る投資回収等の利益を確保の機会を与え、発明の奨励ひいては産業の発達を目的としている。もっとも、第三者による試験のための実施は産業の発達に資するものであることから、特許権者の上述の利益確保の機会を害さない限りにおいては認められていると解することが、むしろ法目的に合致する。」になります。

パターン②は、「そもそも、特許法69条は、第三者による試験のための実施は産業の発達に資するものであることから、かかる実施を認めることをもって、法目的である産業の発達に寄与することを目的とする。もっとも、特許法の根幹は特許権者に独占実施を認めることで、特許権者の利益確保を図り、発明の奨励を通して産業の発達を目指す点にあることから、特許権者の利益確保を阻害する試験は法目的に資さない。」になります。

どちらがいいかは好みの問題かと思います。

(※ステップ(Ⅱ)で書く趣旨は、必ずしも意義を問題としている条項の趣旨(本件では69条)を書く必要はありません。問われている条項が、原則と例外のうち、例外に該当する条項である場合は、ステップ(Ⅲ)が意義を問われている条項の趣旨になる場合が書きやすい場合もあります。上記の例でいえばパターン①です。)

さあ、趣旨・例外・モノサシができあがりました。
あとは当てはめです。モノサシは、「実施の目的等の具体な事情を考慮し、特許権者が特許権の存続期間中に独占して特許発明を業として実施することにより得られる利益が損なわれない範囲か」です。

目的を挙げることと、乙の実施で甲の利益が損なわれないことをしっかりと説明する必要があります。当てはめは以下のよになります。太字部分が重要です。

「本件についてみると、乙は、肝臓疾患治療薬Bの医薬承認の目的で製造しており、当該製造によって得られた肝臓疾患治療薬Bを販売するものではないことから、市場において甲の肝臓疾患治療薬Aと競合することはなく、特許権Pの存続期間中に甲の肝臓疾患治療薬Aの実施によって得られる利益が損なわれるものではない。」

僕は、甲の利益が損なわれないことを、乙が販売しなため市場で競合しないことを理由として説明しています。この説明を省くと、ここまで作ってきた論理が途切れてしまいますので、気を抜かず、考えてみてください。

以上から表現を整えると以下の解答ができあがります。

ステップ(Ⅰ)
特許権の効力は試験のためにする特許発明の実施には及ばないことから(特許法69条1項)、乙による肝臓疾患治療薬Bの製造が「試験のためにする実施」に該当するか、「試験のためにする実施」の意義が問題となる。

ステップ(Ⅱ)
そもそも、特許法69条1項の趣旨は、第三者による試験のための実施は産業の発達に資するものであることから、かかる実施を認めることをもって、法目的である産業の発達(特許法1条)に寄与することを目的とする点にある。

ステップ(Ⅲ)
もっとも、特許法の根幹は特許権者に独占実施を認めることで、特許権者の利益確保を図り、発明の奨励を通して産業の発達を目指す点にあることから、特許権者の利益確保を阻害する試験は法目的に資さない。

ステップ(Ⅳ)
そこで「試験のためにする実施」は、実施の目的等の具体な事情を考慮し、特許権者が特許権の存続期間中に独占して特許発明を業として実施することにより得られる利益が損なわれない範囲で認められると解する。

ステップ(Ⅴ)
本件についてみると、乙は、肝臓疾患治療薬Bの医薬承認の目的で製造しており、当該製造によって得られた肝臓疾患治療薬Bを販売するものではないことから、市場において甲の肝臓疾患治療薬Aと競合することはなく、特許権Pの存続期間中に甲の肝臓疾患治療薬Aの実施によって得られる利益が損なわれるものではない。

ステップ(Ⅴ)
したがって、乙による肝臓疾患治療薬Bの製造は「試験のためにする実施」に該当する。

趣旨・例外を必要性と許容性から考える方法

なお、ステップ(Ⅱ)の趣旨のパートは、「●●の趣旨は、XXXをもって、YYYを保護する点にある。」と記載することがしっくりくる場合が多いとお伝えしました。
しかし、他の方法として、ステップ(Ⅱ)で必要性(当該解釈の必要性)を書き、ステップ(Ⅲ)の例外として許容性(ある特定の範囲であれば当該解釈を認めても弊害がないこと)を書くという方法がしっくりくる場合も多いです。そして、許容性で指摘する弊害がない「特定の範囲」が、まさに結論を導くモノサシとなります。

本問でいえば、「そもそも、試験のための実施は、産業の発達に寄与するものであることから、第三者による自由な実施を認めるべきである。もっとも、特許法は特許権者に特許発明の独占的実施を認めることで発明の奨励し、産業の発達を図っているが、特許権者の独占的実施に係る利益を害さない試験であれば産業の発達を阻害することもない。そこで、試験には、実施の目的等の具体な事情を考慮し、特許権者が特許権の存続期間中に独占して特許発明を業として実施することにより得られる利益が損なわれると認められる実施は含まれないと解する。」となります。

※なお、必要性・許容性パターンについては、次回、#008で詳しく解説します。

こんな論述ありなの!?

お気付きの方も多いかと思いますが、本問は最高裁平成11年4月16日判決(グアニジノ安息香酸誘導体事件)をベースにしています。なので、論述をするまでもなく、試験に該当するという結論を知っていた方も多いでしょう。

しかし、上述の解答例のモノサシは判例とは違います。
そこで、判例と違うモノサシを立てるのはありなの!?と思った方も多いでしょう。

ちなみに当該判例は、以下のように述べており、モノサシらしいモノサシを特に提示していません。言うならば「薬事法上の承認申請のための製造=試験に該当」というモノサシを提示しているといえます。

ある者が化学物質又はそれを有効成分とする医薬品についての特許権を有する場合において、第三者が、特許権の存続期間終了後に特許発明に係る医薬品と有効成分等を同じくする医薬品(以下「後発医薬品」という。)を製造して販売することを目的として、その製造につき薬事法一四条所定の承認申請をするため、特許権の存続期間中に、特許発明の技術的範囲に属する化学物質又は医薬品を生産し、これを使用して右申請書に添付すべき資料を得るのに必要な試験を行うことは、特許法六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たり、特許権の侵害とはならない・・・

この点、判例とは、基本的には、具体的な事案についてその事案限りで判断を提示するものであり、あらゆる事案に適用できる(広い射程)のモノサシを提示することは滅多とありません(広い射程の判決は、例えば、均等論の5要件や、部品の交換・加工に係る消尽の要件を提示したものがありますが、その数は限られています。)。

上記の解答例は、結果的に、最高裁判決が出ていない特許法69条1項の広い解釈につき、モノサシの提示に挑戦したという位置づけになります。

しかし、上記の解答例は、判例とは矛盾するものではありません。なぜなら、薬事法上の承認申請のための試験は、当該解答例のモノサシ「試験は、特許権者が特許権の存続期間中に独占して特許発明を業として実施することにより得られる利益が損なわれない範囲で認められる」を当てても、同じ結論になるからです。したがって、上記解答例でも判例とは矛盾せず、間違えでは全くありません。

もちろん判例を知っていれば、判例のとおりに記載することでも満点です。

なお、判例のようなモノサシを提示するために、「薬事法の承認のための実施」にフォーカスした場合、以下の論述になるでしょうか(モノサシが全く変わってきますね。)。

ステップ(Ⅰ)
特許権の効力は試験のためにする特許発明の実施には及ばないことから(特許法69条1項)、乙による医薬承認申請のための肝臓疾患治療薬Bの製造が「試験のためにする実施」に該当するか問題となる。

ステップ(Ⅱ)
そもそも、特許制度の根幹は、発明を公開の代償として法が定める期間独占権を付与し、独占期間終了後は、何人も自由に実施でき、社会一般に広く発明の利益がもたらされる点にある。一方、医薬品にあっては薬事法上の承認を受けるために申請に先立ち実施する必要があることから、仮に、承認申請のための実施につき特許権満了後においてのみ実施できるとすれば、第三者の製品が承認を受けるまでの期間について、特許権者に法が定める独占期間を超えた事実上の独占を認めることになりかねず、特許制度の根幹に反することになる。・・・[必要性]

ステップ(Ⅲ)
もっとも、承認申請のための実施を認めたとしても、特許の存続期間中、特許権者における特許発明を独占的に実施できることによる利益を阻害するものではなく、弊害はない。・・・[許容性]

ステップ(Ⅳ)
そこで「試験のためにする実施」には医薬承認申請のための実施が含まれると解する。

ステップ(Ⅴ)
省略

ではどちらの論述が良いのでしょうか?

司法試験であれば、独自のモノサシを提示する方がよい場合が多いです。
なぜなら、前述のとおり、判決とはその事件限りのモノサシであるため、判例のモノサシを使う場合には、設問の事案が判例の事案と同じなのか、仮に違うならどこが違うのか、その違いがモノサシの選択に影響を与えないのか、といった判例の射程を検討する必要があるからです。
司法試験では、判例のモノサシをそのまま使えない事案になっていることが多く、あえて使うのであれば、なぜ使うのかを論ずる必要があります。その説明に際してはステップ(Ⅱ・Ⅲ)からそのモノサシを使うことを説明する必要があり、結局のところ自分でモノサシを立てる論述と同じことになってしまいます。なので、どちらにせよ司法試験では独自のモノサシを立てる能力は必須です。

しかし、弁理士試験では、出題者が射程に気を配り作問しているため、事例が判例の事案に似た設定になっており、判例の射程が問題となる設問はほぼあり得ないでしょう。
なので、判例のモノサシをそのまま使っても問題はないといえます。お好きな方で論述すればよいでしょう。

判例を丸暗記していた場合は、判例のモノサシを書けばよいですし、判例を知らない・忘れたという場合には、自分でモノサシを立てる必要があります。人の記憶力には限界があるので、自分でモノサシを立てられるようにする練習はおこなっておくべきです。

また、将来、弁理士になって相談を受ける事件は、判例の事案と同じ事案であることはまずないでしょう。その際、この判例のモノサシをそのまま事件に当てはめてよいか考えることは必須です。この観点からも皆さんには自分でモノサシを立てることに手を抜いてほしくありません。

また判例のモノサシがそのまま使えない設問にピンとこない方もいると思います。
例えば、先ほどの設問で、「乙は、薬事法上の承認申請のための必要な資料を準備するために肝臓疾患治療薬Bを製造した。乙は、当該資料作成後には、製造した肝臓疾患治療薬Bを有効活用するために、特許権満了後に販売する在庫として保管していたといった事情が加わったとしましょう。」
この場合、判例の「薬事法上の承認申請のための製造=試験に該当」というモノサシを適用してよいか疑問が生じます。というか適用できません。判例のモノサシは、「薬事法上の承認申請のための製造=特許権者の利益を害さない」という前提に裏付けられたモノサシである他方、販売用の在庫として保管した場合は、特許存続期間中の製造の独占という特許権者の利益を害することになり、かかる前提が崩れています。つまり本事例の帰結を論ずる上では、上記モノサシは使えないことから、モノサシを新たく立てる必要があります。例えば、「薬事法上の承認申請のためだけに製造=試験に該当」というモノサシを立てることが考えられます。

(※判例のモノサシを使う場合は、当てはめにおいて、乙が在庫として保管しているのであればそれは「薬事法上の承認申請のための製造」には該当しないと評価する必要がでてきます。この場合、なぜそのような評価になるのか丁寧に説明しない場合は論理の飛躍となるため、「薬事法上の承認申請のため」とは「もっぱら薬事法上の承認申請のため」と読むことを述べる必要がああります。これは結局のところ上述のモノサシを変えることと言っていることは変わらないことになります。)。

また、自分でモノサシを立てる場合であっても、判例を意識して記載することは可能です。例えば、以下のような感じです。

ステップ(Ⅰ)
特許権の効力は試験のためにする特許発明の実施には及ばないことから(特許法69条1項)、乙による肝臓疾患治療薬Bの製造が「試験のためにする実施」に該当するか、「試験」の意義が問題となる。

ステップ(Ⅱ)
そもそも、特許法69条1項の趣旨は、第三者による試験のための実施は産業の発達に資するものであることから、かかる実施を認めることをもって、法目的である産業の発達(特許法1条)に寄与することを目的とする点にある。

ステップ(Ⅲ)
もっとも、特許法の根幹は特許権者に独占実施を認めることで、特許権者の利益確保を図り、発明の奨励を通して産業の発達を目指す点にあることから、特許権者の利益確保を阻害する試験は法目的に資さない。

ステップ(ー)
また、特に、医薬品にあっては、薬事法上の承認申請に先立ち試験的に実施する必要があることから、特許権満了後に直ちに製造・販売できるようにするために、特許権存続期間中に承認申請のための実施を認めるべきであり、判例も同様の判示をしている。

ステップ(Ⅳ)
そこで「試験」には、特に薬事法上の承認申請のための実施を含め、実施の目的等の具体な事情を考慮し、特許権者が特許権の存続期間中に独占して特許発明を業として実施することにより得られる利益が損なわれない範囲での試験が含まれると解する。

ステップ(Ⅴ)
本件についてみると、乙は、肝臓疾患治療薬Bの医薬承認の目的で製造しており、当該製造によって得られた肝臓疾患治療薬Bを販売するものではないことから、市場において甲の肝臓疾患治療薬Aと競合することはなく、特許権Pの存続期間中に甲の肝臓疾患治療薬Aの実施によって得られる利益が損なわれるものではない。

ステップ(Ⅴ)
したがって、乙による肝臓疾患治療薬Bの製造は「試験」に該当する。

例題3 専用実施権者による特許権の行使

例題

甲は、発明Aに係る特許Pを有している。
甲は、特許Pの全部の範囲について、乙に専用実施権を設定している。
丙は、発明Aを甲及び乙に無断で実施している。
甲は丙に対して差止請求を行うことができるか。

解答例

本問は、今までのパターンとは違いトリッキー(条文の文言そのものが問題とならず、かつ、モノサシ・当てはめが重要ではないパターン)なので、念のため見ておきましょう。

ステップ(Ⅰ)
まず、丙は、特許権を侵害しています。したがって、甲は丙に差止請求を行うことができるというのが原則である。この点、特許法68条但書「ただし、その特許権について専用実施権を設定したときは、専用実施権者がその特許発明の実施をする権利を専有する範囲については、この限りでない。」と実施が制限されている関係で、専用実施権を設定した範囲は実施できないが、権利行使ができるかということが問題となります。これは、今までもパターンとは異なり、条文の文言が問題となるわけではありません。

論述としては、例えば、「権原又は正当な理由なき第三者が特許発明を実施した場合は特許権を侵害し、特許権者は当該第三者に対して差止請求を行使できることになる(特許法68条、101条1項)。本件では、丙は甲に無断で特許発明Aを実施していることから、権原又は正当な理由はなく、特許権を侵害している。この点、甲は、特許権Pについて乙に専用実施権を設定しており、特許発明Aの実施が制限されていることから(特許法68条)、当該実施の制限との関係で、差止請求の行使も制限されないかが問題となる。」となります。

ステップ(Ⅱ・Ⅲ・Ⅳ)

本問では、ある条文の文言を問題としていないから、条文の趣旨を論ずるよりも、差止請求を認めるかについて、必要性と許容性から検討する方が書きやすいでしょう。

結論を考える場合は、まずは必要性を考えます。
これはブレインストーミングです。

<必要性>
①侵害者を放置した場合、専用実施権の設定期間が終了したときは、特許権者が独占状態を確保できないことから、将来特許権者が実施するときを見据えて、現時点で実施できなくとも、排除できるようにするメリットがある。
②専用実施権の対価が専用実施権者による売上ベースで決まる場合、侵害者を放置すれば、特許権者が得る対価の額が減少する。
③特許権の資産価値を考えた場合、侵害者を放置した場合は、独占的実際を直ちに確保できない権利として資産価値が下がる可能性がある。

上述のとおり、①~③の必要性があることから、差止請求は認められるという結論になりそう。

つぎに許容性を考えます。
許容性とは、つまり、弊害の有無です。弊害がある場合は、必要性とのバランスを考え、差止請求を認めないという結論になる可能性もあります。

<許容性>
①文言上、特許法100条1項には同68条但書のような権利行使を制限する文言はなく、条文に反するものではない。
②専用実施権者にとって、特許権者が侵害者に権利行使することで自己の権利が制限されることはない。

本件では、許容性の観点からも、差止請求を認めて問題はなさそうです。

今回は、差止請求を認めるか、認められないかを論ずるので、モノサシ自体が解答になります。

したがって、ステップ(Ⅱ)で必要性→ステップ(Ⅲ)で許容性→ステップ(Ⅳ)で解釈(モノサシ)という順序になります。当てはめはなしです。

すなわち、論述は以下のとおりになります。

ステップ(Ⅰ)
権原又は正当な理由なき第三者が特許発明を実施した場合は特許権を侵害し、特許権者は当該第三者に対して差止請求を行使できることになる(特許法68条、101条1項)。本件では、丙は甲に無断で特許発明Aを実施していることから、権原又は正当な理由はなく、特許権を侵害している。この点、甲は、特許権Pについて乙に専用実施権を設定しており、特許発明Aの実施が制限されていることから(特許法68条)、当該実施の制限との関係で、差止請求の行使も制限されないかが問題となる。

ステップ(Ⅱ)
そもそも、特許権者が侵害者に差止できないと解する場合は、一般的に、①侵専用実施権が何らかの理由で消滅し、特許権者が実施をするとき、独占状態を確保できない等の不利益が想定されること、②専用実施権の実施料が専用実施権者による売上をベースに決まる場合、特許権者が得る対価の額が減少する可能性があること、③特許権は財産的価値があるところ、独占的実際を直ちに確保できない権利として価値が毀損する可能性があること、以上の理由から、特許権者に差止請求を認める利益がある。

ステップ(Ⅲ)
もっとも、特許権者に差止請求を認めたとしても、①特許法100条1項の文言上、専用実施権を設定した特許権者による差止請求の行使が制限されると解すべき根拠はないことから法に反するものではなく、また、②専用実施権者における利益を害する事情もない。

ステップ(Ⅳ)
そこで、専用実施権を設定した特許権者による差止請求の行使は制限されないと解するべきである。

※必要性があるとする根拠は、上記①~③の場合であるから、モノサシを「そこで、差止請求は、①~、②~又は③~の場合には、少なくとも認められる。」と条件付きで書くこともあり得ます。この場合は、通常のテンプレートどおりの論述となり、あてはめが必要となってきます。もっとも、本問では、要件を提示しても、あてはめる事実が何もないことから、このようなモノサシを立てることは無駄です。

※本問は最高裁平成17年6月17日判決の事案です。第一審判決では、差止請求とは独占的実施を全うさせるための権利であることから、実施権を有さない特許権者は差止請求ができないと判示しました。これをテンプレートで論述するのであれば、「そもそも、特許権者は自己の特許発明の実施を全うするために差止請求が認められている。もっとも、特許権全部について専用実施権を設定した特許権者は、自己で実施ができない以上、差止請求をする実益がない。そこで、専用実施権を設定した特許権者による差止請求の行使は制限されないと解するべきである。」となるでしょう。しかし、高裁と最高裁は、本文の解答例のように、必要性と許容性の観点から差止請求を認めてます(必要性として言及しているのは、上記①及び②の2つです。)。この点、この最高裁判決の射程は、上記①又は②の必要性が認められる場合に限られるとする指摘もあることから、1つ前の「※」で記載したとおり、条件付きでモノサシを書くことも十分にあり得るでしょう。

モノサシで終了型の論述

このモノサシで終了型の論述が合う設問は、弁理士試験でもよく出題されます。

例)
・共有特許について単独での差止請求の行使
・共有特許について単独での無効審決に対する取消訴訟の提起
・専用実施権者設定契約後、専用実施権を登録をしない場合、専用実施権の設定を受けるべき者は通常実施権を有るか
・独占的通常実施者の差止請求・損害賠償請求の可否
など

これらの問題は、いずれも事例固有の話というよりかは、全事例共通の事項です。見分け方としては、モノサシに要件が入るか否かです。

このモノサシで終了型の論述は、法的三段論法とは別枠の論述と捉えるのではなく、法的三段論法のモノサシ(=結論・解釈)で終わりのパターンと捉えるのが良いと思います。

この場合は、必要性・許容性パターンが適切であることを忘れないでください。

例題4 先使用権の範囲

さて、ここまで長々と書いてきましたが、そろそろ法的三段論法の使い方が見えてきたのではないでしょうか。

もう1問、オーソドックスな法的三段論法を書いてみましょう。

例題

甲は、発明イが「構成A及び構成Bを有する美容器具」である特許権Pの特許権者である。当該特許に係る明細書には、従来技術である「構成Aを有する美容器具」に、「構成B」を加えることにより、高周波振動によって血行をより促進させるという課題を解決できたことが記載されている。特許権Pは、平成29年3月1日に特許出願され、平成30年2月1日に特許権の設定登録がされて、現在も有効に成立する特許権である。

乙は、甲の特許出願に係る発明イの内容を知らずに、「構成A及び構成Bを有する美容器具」である器具Xを自ら開発し、これを日本国内において自ら販売するために、平成29年1月31日までに日本国内の乙の工場内に器具Xの製造装置を設置し、平成29年4月1日から器具Xの製造及び販売を日本国内で行っている。甲は、乙に対し、特許権Pの侵害に基づき、器具Xの製造及び販売行為に対する差止請求訴訟を、平成30年3月1日に提起した。この場合、乙は、当該差止請求訴訟において、特許法上どのような主張をすることができるか。その理由とともに説明せよ。 なお、器具Xは、販売開始まで公開されていなかった。

これは令和元年の弁理士試験、特許法問題Ⅱの設問⑴です。
法的三段論法を使えばチョロいもんです。

解答例作成の前に

まず、差止請求に対する反論は以下のパターンがマックスで考えられます。

・否認(侵害していない)
・抗弁
 専用実施権
 通常実施権
 先使用権
 その他の法定通常実施権(35、79の2、80、81、176)
 裁定通常実施権
 特許無効の抗弁
 消尽
 権利消滅・喪失
 公知技術
 権利濫用

さて、#005でも紹介しましたが、「甲が取れる手続」や「甲ができる主張」等と聞かれたら、問題文の事案を離れて、特許法上マックスで考えられる主張を列挙し、関係ないものを消してくという方法で漏れを無くすことができます。(余白にこれを書くのに1分もかかりませんので、是非やってみてください。)

本問において、明らかに関係のない論点は以下のようになります。

・否認(侵害していない)
・抗弁
 専用実施権
 通常実施権
 先使用権
 その他の法定通常実施権(35、79の2、80、81、176)
 裁定通常実施権
 特許無効の抗弁
 消尽
 権利消滅・喪失
 公知技術
 権利濫用

ということで、①先使用権と、②無効の抗弁を検討することになります。

※なお、本問では、結論として無効の抗弁が成り立たない可能性が高いものの、形式的には特許出願前に特許発明と同一の発明を実施していることから、なぜ29条1項2号に該当しないかを説明するべきです。

以下は法的三段論法の勉強なので、先使用権の点に絞り、解答案を作成します。

解答例

ステップ(Ⅰ)

先使用権を検討することになります。

特許法79条
特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する。

先使用権の条文から、要件と効果は、以下のとおりです。

<要件>
①特許発明に係る発明を
②自らその発明し
③特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業の準備をしている者
<効果>
・その準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、実施できる

※上記要件②について条文上正確には「自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、」ですが、本問の事情では、自ら発明しているので、後者は指摘する実益がありません。カットしましょう。上記要件③の「その発明の実施である事業をしている者」も同様にカットです。

※#005でも話しましたが、先使用権という条文のタイトルから、特許発明を実施する通常実施権を有すると勘違いしている人が多くみられます。しかし、これは不正確です。条文を正確に読むと、「実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内で」通常実施権をもつものであることから、「特許発明の(フル)実施」よりも狭い範囲になることがあり得えます。具体的な事案で先使用権者による行為が先使用権に基づき適法であるかを検討する際は、①出願の際に先使用権者がどのような実施をしていたかを特定した上で、②実施又は準備の目的の範囲を特定し、③問題となる先使用権者の行為が当該範囲に含まれるか、の3つを検討する必要があります。以下、法的三段論法を記載したあとに、注釈としてちょっとだけ説明します。

さて、本問では、要件①と②を満たすことは問題文の事実から明確です。
他方、要件③は、その発明の実施である事業の準備を行っていたことです。特許出願日は平成29年3月1日時点にされているところ、乙は、本国内において自ら販売するために、平成29年1月31日までに日本国内の乙の工場内に器具Xの製造装置を設置し、平成29年4月1日から器具Xの製造及び販売を日本国内で行っていることから、特許出願の際には、器具Xの製造装置を設置しただけです。これが「事業の準備」に該当するか、「事業の準備」という言葉が抽象的すぎて、条文をそのまま当ては適用することはできません。解釈が必要です。

ここで法的三段論法です!
例えば、ステップ(Ⅰ)は以下の論述になるでしょう。

「いわゆる先使用権は、①特許発明に係る発明を自らその発明し、②特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業の準備をしている者に認められる(特許法79条)。乙は、特許発明イと同一の構成である器具Xに係る発明を自ら開発してることから、要件①を満たす。他方、特許発明イに係る特許権Pの出願(平成29年3月1日)の際、乙は、日本国内において装置Xの製造装置を設置していたことから、「発明の実施である事業の準備」をしていたと認められるか、「発明の実施である事業の準備」の意義が問題となる。」

ステップ(Ⅱ・Ⅲ)
趣旨・例外です。本問では、「~の場合は事業の準備に該当する」と、要件を含むオーソドックスなモノサシを提示することになりそうですので、テンプレートどおりの趣旨・例外を考えていきます。

※「発明の製造装置の設置は事業の準備に該当する。」と要件を含まない結論になる場合は、そのような結論を取ることについての必要性・許容性から論ずる方が書きやすいかもしれません。

しかし、多くの場合、学習が進んだ皆さんであれば、モノサシがどうなるか、分かっていることでしょう。なぜなら、この点は、以下のとおり、最高裁昭和61年10月3日判決(ウォーキングビーム事件判決)でモノサシが提示されているからです。

同法七九条にいう発明の実施である「事業の準備」とは、特許出願に係る発明の内容を知らないでこれと同じ内容の発明をした者又はこの者から知得した者が、その発明につき、いまだ事業の実施の段階には至らないものの、即時実施の意図を有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されていることを意味すると解するのが相当である。

判決のモノサシを丸暗記している人は少ないでしょうが、「即時実施の意図を有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されていること」という部分を断片的に覚えている人は多いのではないでしょうか。

なので、このモノサシをめがけて、趣旨・例外を記載していきます。

さて、趣旨です。
79条については青本に趣旨が記載されていない点ですので、一から自分で考える必要があります。

そこで、「先使用権の趣旨は、先願主義を貫徹すると、既存の事業設備については無用に廃絶させる弊害があることから、これを防止する点にある。」と、このような記載を見たことがある人がいるかもしれません。これは経済説と呼ばれ、批判もあります。

これに対して、ウォーキングビーム事件では、先使用権の趣旨は、「主として特許権者と先使用権者の公平を図ることにある」と述べたことから、現在は、この公平説が有力です。

しかしながら、この公平説は、なぜ特許権者と先使用権者の公平を図る必要があるのか述べられておらず、それらしい趣旨にみえますが、実質何も述べていないに等しいです。この点、公平説を採用する理由の1つに、経済説があると位置づけ、経済説は公平説のバリエーションの一種と整理する文献もあるようです。

いずれにせよ、自身が読んでいる本に経済説しか書かれていなかった場合、その本は非常に偏っていますので、視野を広げる必要がありあそうです。

すこし脱線しましたが、79条の趣旨はわかりました。
しかし、この趣旨をただ書いただけでは、「即時実施の意図があり、当該意図が客観的に認識される態様・程度において表明されていること」というモノサシの説明とはうまくつながらなそうです。

モノサシからすると、ステップ(Ⅱ)の趣旨では、実際に実施されていなくともその前段階の準備を認めていることについて書き、ステップ(Ⅲ)の例外では、少なくとも近いうちに実施されることから客観的に表れていなければいけないということを書けば、うまくつながりそうです。

このような視点から、ステップ(Ⅱ)の趣旨では、79条の趣旨からして、実施の前段階の準備も含まれるべきであるということを記載することにしましょう。

例えば、「そもそも、特許法79条の趣旨は、先願主義を貫徹すると、先に発明した者であったとしても既存の事業設備を無用に廃絶しなければならないという弊害があることから、特許権者と先使用権者の公平を図る点にあるところ、先使用権者が実際に特許発明の実施をしておらず、その準備を進めている段階であっても、かかる公平を図る必要があることには変わりはないとえる。」と書けます。

次に例外です。
例えば、「もっとも、先使用権者が、特許発明に係る発明の実施を直ちに行わないのであれば、引き続き、先使用権者の利益を保護する実益がないことから、先使用権者における即時に実施する意図が客観的に認められる場合に限り、保護を与えれば足りるといえる。」と書けます。

ステップ(Ⅳ)
さてモノサシです。
これはもう決まっています。

判例のモノサシをそのまま使えば、「そこで発明の実施である事業の準備は、いまだ事業の実施の段階には至らないものの、即時実施の意図を有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されている場合に認められる。」です。

しかし、本問は、判例とは事例が違います。
射程が問題となるほどの違いではありませんが、上記モノサシの「いまだ事業の実施の段階には至らないものの」という表現に着目してください。

ウォーキングビーム事件では、ウォーキングビーム式加熱炉の見積書と設計図を顧客に提出していたことが、事業の準備といえるか争われた事案です。すなわち、事業の実施のかなり前段階の状況でした。しかし、本問では、特許発明に係る装置Xの製造装置を設置しており、乙は、事業の実施の段階にいたる行為を行っているといえそうです。したがって、「いまだ事業の実施の段階には至らないものの、」という部分は、本件で使う場合は違和感があります(まるで自分は判例の射程には何も思考を巡らせていませんとアピールするかのごとくです。)。
記憶力が良く、判例のモノサシをそのまま書けるという人は、判例のモノサシはその事件限りのモノサシであるということを忘れずに、本件ではその文言が本当に必要であるのか、吟味して使ってみてください。

※結局は判例のモノサシをフルで暗記している人より、ちゃんと事案に照らして自分でモノサシを立てた人の方が、論理が一貫しているのはこのような理由にあるのでしょう。

さて、モノサシは、「そこで発明の実施である事業の準備は、即時実施の意図を有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されている場合に認められる。」と書けましょうか。

しかし、ここで終わってはいけません。
まず、当てはめで、どのようなことを書くか考えます。

即時実施の意図
・乙は、装置Xの製造装置の設置は、製造の最終段階にあることから、装置Xを即時実施する意図を推認できる。
・実際に、1か月後の平成29年4月1日から器具Xの実施をしていることから推認できる。

意図の客観的認識可能性
・装置Xの製造装置の設置という客観的な事実で裏付けられる。

このような当てはめになるでしょう。
したがって、このような当てはめがしやすいようなモノサシの表現を使うべきです。この点、上述の当てはめからすると、「即時実施の意図が・・表明されていること」という点につき、表明したという表現で評価しにくそうです。

そこで、モノサシを修正し、「そこで発明の実施である事業の準備は、即時実施の意図を有しており、かつ、その意図が客観的な事実から認識できる程度に表れていた場合に認められると解する。」とすることができるでしょう。

※もう一歩踏み込んで、「そこで発明の実施である事業の準備は、即時実施の意図を有しており、かつ、その意図が、特許発明に係る製品の実施のために必要な機器を設置していた等、客観的な事実から認識できる程度に表れていた場合に認められると解する。」とすることもあり得るでしょう。このように当てはめで使う事実を抽象化し、モノサシに考慮要素として組み込むことは非常に有用です。なお、「その意図が、特許発明に係る製品の実施のために必要な機器を設置していおり、客観的な事実から認識できる程度に表れていた場合」と記載した場合は、「特許発明に係る製品の実施のために必要な機器を設置」が要件となってしまいますので(要件とする場合はステップⅡ・Ⅲで理由を述べる必要があります。)、「~等、」とあくまでも例示としての位置づけになるよう注意してください。

ステップ(Ⅴ・Ⅵ)

最後に当てはめと結論です。
装置Xの製造装置の設置という事実は、即時実施の意図と意図の客観的認識可能性のどちらにも使えることから、続けて書く方がわかりやすそうです。

なので、先ほどリストアップした当てはめとは順番を変えて、以下のように記載できます。

「本件についてみると、乙は、平成29年4月1日から器具Xの製造・販売と、実施をしていることから、特許権Pの出願時において製造・販売する意図を有していたと推認できる。また、乙は装置Xの製造装置の設置しているところ、製造装置の設置は製造の最終段階にあることから、乙においては即時に装置Xを製造し、実施する意図があると推認できる。さらに、当該意図は、装置Xの製造装置の設置という客観的事実から認識できるものである。したがって、乙の行為は、発明の実施である事業の準備に該当する。」

まとめ
先使用権が発生する要件を満たすことから、効果を考えます。
効果は、「その準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において実施できる。」です。

甲は、乙に対し、器具Xの製造及び販売行為に対する差止請求訴訟を提起しています。したがって、乙が先使用権で実施できるかを検討する対象は、器具Xであり、当該準備をしている発明と一致しています。

したがって、この点については論ずる必要がなさそうです。単に、乙は、器具Xを製造・販売できる権原を有していると述べればよさそうです。

※冒頭の注釈で先出しましたが、ウォーキングビーム事件では、「実施又は準備をしている発明の範囲」も問題となりました。この点、判決は、「特許発明の特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に日本国内において実施又は準備をしていた実施形式に限定されるものではなく、その実施形式に具現されている技術的思想すなわち発明の範囲をいうものであり、したがつて、先使用権の効力は、特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶものと解するのが相当である。」と述べています。したがって、例えば本問の事例が、乙が器具Xを改良した器具X’を製造・販売していたというような場合には、この点も論ずる必要があるでしょう。

以上から、表現を整えると以下の論述ができあがります。

ステップ(Ⅰ)
いわゆる先使用権は、①特許発明に係る発明を自らその発明し、②特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業の準備をしている者に認められる(特許法79条)。乙は、特許発明イと同一の構成である器具Xに係る発明を自ら開発してることから、要件①を満たす。他方、特許発明イに係る特許権Pの出願(平成29年3月1日)の際、乙は、日本国内において装置Xの製造装置を設置していたことから、「発明の実施である事業の準備」をしていたと認められるか、「発明の実施である事業の準備」の意義が問題となる。

ステップ(Ⅱ)
そもそも、特許法79条の趣旨は、先願主義を貫徹すると先に発明した者であったとしても既存の事業設備を無用に廃絶しなければならないという弊害があることから、特許権者と先使用権者の公平を図る点にあるところ、先使用権者が実際に特許発明の実施をしておらず、その準備を進めている段階であっても、かかる公平を図る必要があることに変わりはなく、保護を与えるべきであるといえる。

ステップ(Ⅲ)
もっとも、先使用権者が、特許発明に係る発明の実施を直ちに行わないのであれば、引き続き、先使用権者の利益を保護する実益がないことから、先使用権者における即時に実施する意図が客観的に認められる場合に限り、保護を与えれば足りるといえる。

ステップ(Ⅳ)
そこで、「発明の実施である事業の準備」とは、①即時実施の意図を有しており、かつ、②その意図が客観的な事実から認識できる程度に表れていた場合に、認められると解する。

ステップ(Ⅴ)
本件についてみると、乙は、平成29年4月1日から器具Xの製造・販売と、実施をしていることから、特許権Pの出願時において製造・販売する意図を有していたと推認できる。また、乙は装置Xの製造装置の設置しているところ、製造装置の設置は製造の最終段階にあることから、乙においては即時に装置Xを製造し、実施する意図があると推認できる。さらに、当該意図は、装置Xの製造装置の設置という客観的事実から認識できるものである。

ステップ(Ⅵ)
したがって、乙の行為は、発明の実施である事業の準備に該当し、要件②を満たす。

問いの答え
よって、乙は、特許権Pの出願の際に実施である事業の準備をしていた装置Xについて、製造・販売をする通常実施権を有するといえる(特許法79条)。以上から、乙は、差止請求訴訟において、装置Xを製造・販売する権原を有していることから、特許権を侵害しない旨を主張することができる。

例題5 法的三段論法を意識して判例を読む


ここまで読んでくれた皆さんであれば、法的三段論法が何か、少し掴めたのではないでしょうか?

当然ですが、裁判所の判決も法的三段論法に従って書かれています。
皆さんが目指す答案の最終形態はまさに判決です。

そこで、改めて、法的三段論法を意識し、判決を読んでみましょう。
どうせなので、最近の重要な知財高裁大合議判決をみてみましょうか。

※近いうちに弁理士試験でも聞かれる可能性もあると思います。

事例

原告X(ニコニコ動画の運営会社として知られるドワンゴ)が、ニコニコ動画において画面上に表示されるコメントが重ならないように表示する「コメント配信システム」の特許第6526304号を有しいます。

原告Xは、被告Y(同じく動画配信プラットホームFC2動画を提供するFC2,Inc.)が当該特許を侵害するコメント配信システムを実施したとして、差止請求等を提起しました。

なお、参考までに、特許第6526304号の請求項1は以下のとおりです。

1A サーバと、これとネットワークを介して接続された複数の端末装置と、を備えるコメント配信システムであって、

1B 前記サーバは、前記サーバから送信された動画を視聴中のユーザから付与された前記動画に対する第1コメント及び第2コメントを受信し、

1C 前記端末装置に、前記動画と、コメント情報とを送信し、

1D 前記コメント情報は、前記第1コメント及び前記第2コメントと、前記第1コメント及び前記第2コメントのそれぞれが付与された時点に対応する、前記動画の最初を基準とした動画の経過時間を表す動画再生時間であるコメント付与時間と、を含み、

1E 前記動画及び前記コメント情報に基づいて、前記動画と、前記コメント付与時間に対応する動画再生時間において、前記動画の少なくとも一部と重なって、水平方向に移動する前記第1コメント及び前記第2コメントと、を前記端末装置の表示装置に表示させる手段と、

1F 前記第2コメントを前記1の動画上に表示させる際の表示位置が、前記第1コメントの表示位置と重なるか否かを判定する判定部と、

1G 重なると判定された場合に、前記第1コメントと前記第2コメントとが重ならない位置に表示されるよう調整する表示位置制御部と、を備えるコメント配信システムにおいて、

1H 前記サーバが、前記動画と、前記コメント情報とを前記端末装置に送信することにより、前記端末装置の表示装置には、前記動画と、前記コメント付与時間に対応する動画再生時間において、前記動画の少なくとも一部と重なって、水平方向に移動する前記第1コメント及び前記第2コメントと、が前記第1コメントと前記第2コメントとが重ならないように表示される、

1I コメント配信システム。

訴訟において、原告Xは、被告Yが、特許発明に係るコメント配信システムを「生産」していると主張しました。

原告Xは、被告Yの外国に所在するサーバから日本国内のユーザ端末に所定のファイルを送信することで、当該システムが「生産」されていると主張をしました。

東京地裁の一審判決は、属地主義の原則を理由に、特許法にいう物の「生産」は日本国内におけるものに限定されると解するのが相当であるとし、その「生産」に該当するためには、特許発明の構成要件の全てを満たす物が日本国内において新たに作り出されることが必要であると判示しました。

※モノサシとしては、「特許法における『生産』とは、特許発明の構成要件の全てを満たす物が日本国内において新たに作り出されるものに限定されると解する。」となるでしょう。

知財高裁大合議判決

知財高裁は、第一審判決を覆しました。
法的三段論法を意識してみてみましょう。

令和4(ネ)10046
令和5年5月26日
特許権侵害差止等請求控訴事件

特許権についての属地主義の原則とは、各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味するものであるところ、我が国の特許法においても、上記原則が妥当するものと解される。 前記(イ)aのとおり、本件生産1の1は、被控訴人FC2のウェブサーバが、所望の動画を表示させるための被告サービス1のウェブページのHTMLファイル及びSWFファイルを国内のユーザ端末に送信し、ユーザ端末がこれらを受信し、また、被控訴人FC2の動画配信用サーバが動画ファイルを、被控訴人FC2のコメント配信用サーバがコメントファイルを、それぞれユーザ端末に送信し、ユーザ端末がこれらを受信することによって行われているところ、上記ウェブサーバ、動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバは、いずれも米国に存在するものであり、他方、ユーザ端末は日本国内に存在する。すなわち、本件生産1の1において、上記各ファイルが米国に存在するサーバから国内のユーザ端末へ送信され、ユーザ端末がこれらを受信することは、米国と我が国にまたがって行われるものであり、また、新たに作り出される被告システム1は、米国と我が国にわたって存在するものである。そこで、属地主義の原則から、本件生産1の1が、我が国の特許法2条3項1号の「生産」に該当するか否かが問題となる。

ネットワーク型システムにおいて、サーバが日本国外(以下、単に「国外」という。)に設置されることは、現在、一般的に行われており、また、サーバがどの国に存在するかは、ネットワーク型システムの利用に当たって障害とならないことからすれば、被疑侵害物件であるネットワーク型システムを構成するサーバが国外に存在していたとしても、当該システムを構成する端末が日本国内(以下「国内」という。)に存在すれば、これを用いて当該システムを国内で利用することは可能であり、その利用は、特許権者が当該発明を国内で実施して得ることができる経済的利益に影響を及ぼし得るものである。 そうすると、ネットワーク型システムの発明について、属地主義の原則を厳格に解釈し、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在することを理由に、一律に我が国の特許法2条3項の「実施」に該当しないと解することは、サーバを国外に設置さえすれば特許を容易に回避し得ることとなり、当該システムの発明に係る特許権について十分な保護を図ることができないこととなって、妥当ではない。

他方で、当該システムを構成する要素の一部である端末が国内に存在することを理由に、一律に特許法2条3項の「実施」に該当すると解することは、当該特許権の過剰な保護となり、経済活動に支障を生じる事態となり得るものであって、これも妥当ではない。 これらを踏まえると、ネットワーク型システムの発明に係る特許権を適切に保護する観点から、ネットワーク型システムを新たに作り出す行為が、特許法2条3項1号の「生産」に該当するか否かについては、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在する場合であっても、当該行為の具体的態様、当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割、当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所、その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響等を総合考慮し、当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるときは、特許法2条3項1号の「生産」に該当すると解するのが相当である。

これを本件生産1の1についてみると、本件生産1の1の具体的態様は、米国に存在するサーバから国内のユーザ端末に各ファイルが送信され、国内のユーザ端末がこれらを受信することによって行われるものであって、当該送信及び受信(送受信)は一体として行われ、国内のユーザ端末が各ファイルを受信することによって被告システム1が完成することからすれば、上記送受信は国内で行われたものと観念することができる。 次に、被告システム1は、米国に存在する被控訴人FC2のサーバと国内に存在するユーザ端末とから構成されるものであるところ、国内に存在する上記ユーザ端末は、本件発明1の主要な機能である動画上に表示されるコメント同士が重ならない位置に表示されるようにするために必要とされる構成要件1Fの判定部の機能と構成要件1Gの表示位置制御部の機能を果たしている。 さらに、被告システム1は、上記ユーザ端末を介して国内から利用することができるものであって、コメントを利用したコミュニケーションにおける娯楽性の向上という本件発明1の効果は国内で発現しており、また、その国内における利用は、控訴人が本件発明1に係るシステムを国内で利用して得る経済的利益に影響を及ぼし得るものである。 以上の事情を総合考慮すると、本件生産1の1は、我が国の領域内で行われたものとみることができるから、本件発明1との関係で、特許法2条3項1号の「生産」に該当するものと認められる。

いかがでしょうか?
判決をそのまま貼り付けています。
見事なまでに法的三段論法の論述になっていることが見えたでしょうか?

気付けなかった人のために、少しだけ、印を付記したと思います。

特許権についての属地主義の原則とは、各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味するものであるところ、我が国の特許法においても、上記原則が妥当するものと解される。 前記(イ)aのとおり、本件生産1の1は、被控訴人FC2のウェブサーバが、所望の動画を表示させるための被告サービス1のウェブページのHTMLファイル及びSWFファイルを国内のユーザ端末に送信し、ユーザ端末がこれらを受信し、また、被控訴人FC2の動画配信用サーバが動画ファイルを、被控訴人FC2のコメント配信用サーバがコメントファイルを、それぞれユーザ端末に送信し、ユーザ端末がこれらを受信することによって行われているところ、上記ウェブサーバ、動画配信用サーバ及びコメント配信用サーバは、いずれも米国に存在するものであり、他方、ユーザ端末は日本国内に存在する。

ステップ(Ⅰ)
すなわち、本件生産1の1において、上記各ファイルが米国に存在するサーバから国内のユーザ端末へ送信され、ユーザ端末がこれらを受信することは、米国と我が国にまたがって行われるものであり、また、新たに作り出される被告システム1は、米国と我が国にわたって存在するものである。そこで、属地主義の原則から、本件生産1の1が、 我が国の特許法2条3項1号の「生産」に該当するか否かが問題となる

ステップ(Ⅱ)
ネットワーク型システムにおいて、サーバが日本国外(以下、単に「国外」という。)に設置されることは、現在、一般的に行われており、また、サーバがどの国に存在するかは、ネットワーク型システムの利用に当たって障害とならないことからすれば、被疑侵害物件であるネットワーク型システムを構成するサーバが国外に存在していたとしても、当該システムを構成する端末が日本国内(以下「国内」という。)に存在すれば、これを用いて当該システムを国内で利用することは可能であり、その利用は、特許権者が当該発明を国内で実施して得ることができる経済的利益に影響を及ぼし得るものである。 そうすると、ネットワーク型システムの発明について、属地主義の原則を厳格に解釈し、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在することを理由に、一律に我が国の特許法2条3項の「実施」に該当しないと解することは、サーバを国外に設置さえすれば特許を容易に回避し得ることとなり、当該システムの発明に係る特許権について十分な保護を図ることができないこととなって、妥当ではない。・・・(必要性:属地主義を後退させる必要があること)

ステップ(Ⅲ)
他方で、当該システムを構成する要素の一部である端末が国内に存在することを理由に、一律に特許法2条3項の「実施」に該当すると解することは、当該特許権の過剰な保護となり、経済活動に支障を生じる事態となり得るものであって、これも妥当ではない。・・・(許容性:一定の範囲でしか許容できないこと)

ステップ(Ⅳ)
これらを踏まえると、ネットワーク型システムの発明に係る特許権を適切に保護する観点から、ネットワーク型システムを新たに作り出す行為が、特許法2条3項1号の「生産」に該当するか否かについては、当該システムを構成する要素の一部であるサーバが国外に存在する場合であっても、①当該行為の具体的態様、②当該システムを構成する各要素のうち国内に存在するものが当該発明において果たす機能・役割、当該システムの利用によって当該発明の効果が得られる場所、③その利用が当該発明の特許権者の経済的利益に与える影響等を総合考慮し、当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるときは、特許法2条3項1号の「生産」に該当すると解するのが相当である

ステップ(Ⅴ)
これを本件生産1の1についてみると、①本件生産1の1の具体的態様は、米国に存在するサーバから国内のユーザ端末に各ファイルが送信され、国内のユーザ端末がこれらを受信することによって行われるものであって、当該送信及び受信(送受信)は一体として行われ、国内のユーザ端末が各ファイルを受信することによって被告システム1が完成することからすれば、上記送受信は国内で行われたものと観念することができる。 ②次に、被告システム1は、米国に存在する被控訴人FC2のサーバと国内に存在するユーザ端末とから構成されるものであるところ、国内に存在する上記ユーザ端末は、本件発明1の主要な機能である動画上に表示されるコメント同士が重ならない位置に表示されるようにするために必要とされる構成要件1Fの判定部の機能と構成要件1Gの表示位置制御部の機能を果たしている。 ③さらに、被告システム1は、上記ユーザ端末を介して国内から利用することができるものであって、コメントを利用したコミュニケーションにおける娯楽性の向上という本件発明1の効果は国内で発現しており、また、その国内における利用は、控訴人が本件発明1に係るシステムを国内で利用して得る経済的利益に影響を及ぼし得るものである。

ステップ(Ⅵ)
以上の事情を総合考慮すると、本件生産1の1は、我が国の領域内で行われたものとみることができるから、本件発明1との関係で、特許法2条3項1号の「生産」に該当するものと認められる。

どうでしょうか?これで法的三段論法で書かれていることが見えたのではないでしょうか?

この判決のモノサシは、「当該行為が我が国の領域内で行われたものとみることができるときは、特許法2条3項1号の『生産』に該当する」であり、①~③を付した部分はその考慮要素です。

ステップ(Ⅱ・Ⅲ)の必要性・許容性から、当該モノサシが論理的に導き出せています。また、当てはめを考慮してか、モノサシには、①~③の考慮要素が挙げられています。そして、当てはめでは、モノサシの①~③の考慮要素につき、事実と評価がきちんと書かれています。

これこそが、皆さんが目指すべき、法的三段論法です。

※なお、最高裁判決は、基本的には高裁判決の法律判断を評価するという位置付けであることから、モノサシの提示という側面での論述ではなく、高裁判決の是非という論述になっています。なので、地裁判決や高裁判決とは異なり、オーソドックスな法的三段論法というよりは、かなり自由なスタイルで書かれています(意図的に理由を書かない判決も多々あります。)。他方、皆さんが弁理士試験や実務で書くべき文章はオーソドックスな法的三段論法の文章です。したがって、最高裁判決は、裁判所としての価値判断を読み解くには有用ですが、論述についてはあまり勉強にはなりません。

最後に

長くなりましたが、法的三段論法の理解に近づいたでしょうか?
このnoteの記載例を参考に、各自で練習してみてください。

また、ステップ(Ⅱ・Ⅲ)の必要性・許容性パターンについては、次回#008で説明します。実は裁判所もよく使う論述であり、すごく便利なんです。

なお、法的三段論法は論理的思考としては欠かせないものですが、弁理士試験では、問われているすべての条項について、このような解釈を展開することは時間やメリハリの関係から求められていません。というか、時間と紙面が足りないはずです。

次回以降、①法的三段論法のエッセンスを凝縮した短く論ずるためのテンプレートと、②実際の過去問をみながらどの点で大々的な法的三段論法を展開すべきかという、メリハリの付け方を説明したいと思います。



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