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映画『あの娘は知らない』感想 色使いの巧みさで描く喪失感

 哀しみとの距離感が心地好い作品。映画『あの娘は知らない』感想です。

 海辺にある旅館「中島荘」の女将を務める中島奈々(福地桃子)。奈々は若くして家族を喪い、少ない従業員と旅館を切り盛りして、静かに生きていた。休業中の中島荘に、藤井俊太郎(岡山天音)という青年が訪ねてくる。俊太郎は1年前に恋人を亡くしており、その女性が死の直前に中島荘に宿泊していたという。俊太郎は中島荘に滞在して、町を歩き回り恋人の足跡を辿ろうとする。奈々は俊太郎を案内しながら、自身の喪失感と向き合い始める…という物語。

 学生時代に製作した『溶ける』で、史上最年少のカンヌ映画祭出品を果たし、ドラマやPVなども手掛ける井樫彩監督による映画作品。朝ドラ『なつぞら』、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に出演して活躍を広げる福地桃子さん、印象的な脇役の多い岡山天音さんという、派手さではなく実力のある主演陣が気になり、上映終了間近のタイミングで観ておきました。
 
 井樫監督作品は初めて観たのですが、映像の作り方にかなり作家性が強く出ている監督なんですね。暗闇に差し込むオレンジの光りとか、とても印象的な画面作りになっています。色使いが独特でデザイン的センスのある画面が特徴なんだと思います。
 脚本自体はとても平坦な雰囲気で、あまりドラマティックな出来事が起きるような物語ではないためか、映像美がより強調されるように感じました。監督の狙いとしても、物語よりも映像とそこに映る人物たちの感情を表現したかったんじゃないかと思います。
 
 福地桃子さんの演技はドラマなどで拝見しておりましたが、今までのイメージは割と強くしっかりとした女性というキャラクターでした。けれど今作では、しっかりとしてはいるけれど、芯の部分で脆い儚さを抱えているような繊細さのある女性で、イメージを覆すものとなっています。
 
 その脆さを支えることとなる岡山天音さんの演技も良いものでしたね。恋人を喪って喪失感と向き合う中でも、奈々を気遣う事となる俊太郎を演じるには、善い人・安心感を与える人の演技をさせたら他になくハマる岡山天音さんがピッタリだったと思います。
 俊太郎が抱えていたどうしようもない喪失感が、奈々が恐れる死別の哀しみを癒すという行為で昇華されるという構図も、岡山天音さんのイメージだから為せる展開と感じます。
 
 同時期に公開されている『マイ・ブロークン・マリコ』と同じく、遺された人々が抱える喪失に向き合う物語ですよね。言葉を遺すことなく逝ってしまった人への思慕と、どう向き合うかを描いています。
 ただ、それに対して決して理解するのことばかりを是としていない物語ですよね。何があったのかは本人にしかわからないという、良い意味での諦め、全てを理解出来なくても、理解しようとする事に価値があるというメッセージは、やはり同時期に公開された『LOVE LIFE』と通じるものがあります。
 
 大きなドラマが無い割に、2度も服を着たまま海へ入っていくドラマ的なシーンがあるのは、流石にミスマッチな印象はありますが、画面作りは非常に印象的な作品です。井樫彩監督も、これからの傑作に期待出来そうな名前として覚えておきたいと思います。
 観終わると、誰か親しい人に会いたくなる素敵な作品でした。


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