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映画『ナポレオン』感想 古い偉人観の破壊

 当時の英雄を、今の価値観で批評する、現代的な作品。映画『ナポレオン』感想です。

 1789年の革命以降、混乱の最中にあるフランス。若き軍人ナポレオン(ホアキン・フェニックス)は、天才的な軍事戦略によって国内の混乱をまとめ、一気に英雄として権力者から持て囃される。そんな中、ナポレオンは夫を亡くしたジョゼフィーヌ(ヴァネッサ・カービー)と出会い、心奪われる。ジョゼフィーヌを妻として迎えたナポレオンは彼女を溺愛するようになるが、奔放なジョゼフィーヌは他の男と関係を結び、その度にナポレオンは嫉妬の炎に狂う。
 連戦連勝するナポレオンは、自らが皇帝の座に就き、ついにフランスの最高権力者にまで昇りつめる。ナポレオンは版図を広げるべく、他の国へも侵攻を開始するが、彼の心はジョゼフィーヌしか求めていなかった…という物語。

 『エイリアン』『ブレードランナー』で一時代を築き、近年でも『ハウス・オブ・グッチ』『最後の決闘裁判』など、傑作を輩出し続ける大御所監督、リドリー・スコットによる最新作。主演は『ジョーカー』『カモン カモン』などで名演を魅せているホアキン・フェニックスという黄金タッグで、題材が「ナポレオン・ボナパルト」、しかも上映時間は2時間半という大作映画ということで、期待感がある作品でした。
 ただ、今までにあるエンタメ時代映画大作では全くなく、近年のリドリー・スコット作品の空気が色濃く出た作品になっています。その期待を持った人にとっては肩透かしだったんじゃないでしょうか。
 
 戦争のシーンは、かなりの迫力あるものになっています。兵士の数や大掛かりな破壊描写もそうですが、何よりも「人が死ぬ」という事はこういうものだということを突き付けてくるものになっています。序盤のナポレオンが乗る馬に砲弾が命中するのも、神がかった英雄とか関係なく、運の良し悪しだけで、死が訪れる場所であるということを表現しています。
 ただ、その戦争のリアルさをスリリングなエンタメというようにメインのものにはしておらず、あくまでも主軸はナポレオンとジョゼフィーヌの関係性に重点を置いた物語になっています。
 
 ジョゼフィーヌにみっともなく執着するナポレオンを描くことで、歴史上の英雄を矮小化するというのが、本作で描いていることなんですよね。ホアキン・フェニックスが演じるナポレオンは、かなり社会性が低い人間として描かれています。ジョゼフィーヌとの出会いから童貞感が半端じゃないし、口をパクパクさせてSEXをせがむ姿、朝食の席でテーブル下に引き込む姿など、マジキモくて仕方ないんですよね。その他、ナポレオンのエピソードを使っての滑稽な姿も描いていて、この作品が歴史作品としてではなく、実は英雄を諷刺するコメディ映画作品として作られていることがわかります。
 
 そして、もう一人の主人公であるジョゼフィーヌは、奔放な女性として描かれてはいますが、その実、きちんと自分の意思を持つ女性という、当時はあまり少なかった人間として描かれています。この女性像も、近年のリドリー・スコット作品に近いものです。
 ジョゼフィーヌは、ナポレオンの地位や財産目当てで妻となっているというよりは、その地位や財産を含めてナポレオンという人間そのものを愛しているように思えます。『ハウス・オブ・グッチ』のパトリツィアに近いキャラクターに思えました。
 また、史実でもあるナポレオンとの間に子どもが生まれなかったために離縁せざるを得なくなる展開も、当時では常識だった女性への抑圧という描写になっていて、現在の価値観でこの作品を鑑賞させる役割になっています。
 
 史実にはあまり忠実ではない脚本のようで、かなり重要な戦闘を省いていたり、迫力ある戦争の場面も時代考証的にはリアルではなかったりするところもあるようです(そもそも、フランスの話なのに全編英語台詞だし)。
 ただ、描きたいことはこのキャラクターのナポレオンとジョゼフィーヌの物語であるということと、戦争の天才ということで英雄視されるナポレオンという人間を矮小化することなので、そこはあまり問題にしていないのだと思います。
 そういう意味では、同時期に公開された北野武監督『』と、よく似た作品といえます。歴史上の偉人(とされている人物)を、現代の感覚で批評することで、価値観を壊そうとしているんだと思います。
 
 とはいえ、ナポレオンの行動動機が全てジョゼフィーヌの気を引くためというように見えてしまうので、さすがにその動機だけで各国に戦争を仕掛けたというのは無理があるようにも思えます。そもそも、諸外国と戦争しているのが史実というだけで、そこに至った政治的な理由が描かれていないので、ただのキモい童貞が暴君になったかのような物語になってしまっているように思えます(そういう意図かもしれませんが)。
 
 それもあって、2時間半超えの長尺なのに、大河ドラマのダイジェスト総集編のような構成になっています。そう感じていたら、配信予定のディレクターズ・カット版は4時間に及ぶそうで、そこで描かれているのかと合点がいきました。けれども、そのカット部分はナポレオンの史実部分よりも、ジョゼフィーヌのエピソードがメインになっているという噂も聞いたので、やはり今作は矮小化したナポレオンと共に、抑圧される女性という、近作のリドリー・スコット作品に通底するテーマがあったのだと思います。
 史実を描くことよりも、現代に重要なメッセージを伝えようとするリドリー・スコットの強い意志を感じさせる作品でした。


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