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映画『秘密の森の、その向こう』 さよならは、再び逢うための言葉

 シンプルな物語の中に、複雑な映像表現が満載の傑作。映画『秘密の森の、その向こう』感想です。

 8歳のネリー(ジョセフィーヌ・サンス)は、亡くなった祖母の家を片付けるために、両親と3人で家主の居なくなった家へ向かう。ネリーの母(ニナ・ミュリス)にとって生まれ育ったその家では、何を見ても胸をしめつけられるためか、母親はひとりでどこかへ出て行ってしまう。
 父(ステファン・ヴァルペンヌ)が片付けをする間、1人で森を散策していたネリーは、同じ年頃の少女と出会う。すぐに意気投合したその少女は、マリオン(ガブリエル・サンス)と名乗り、ネリーを自宅へと招待する。ネリーは、「マリオン」という名が母と同じ名である事、マリオンの家が、ネリーが訪れている祖母の家とそっくりだという事に気付く…という物語。

 『燃ゆる女の肖像』で世界的に絶賛されたセリーヌ・シアマ監督による最新映画作品。『燃ゆる女の肖像』は美術センス、語り過ぎない脚本、映像の比喩など、映画表現でここまで情報を詰められるのかと驚かされた傑作だったので、今作も観ない選択はありませんでした。
 
 『燃ゆる女の肖像』は台詞で語るような作品ではなかったのですが、今作でもやはり台詞は極力抑えられていて、観客に想像を巡らせる、行間を読ませて物語を理解させるという手法を使っています。
 ただ、物語はとてもシンプルなものなので、難解さは感じさせないものになっていますね。幼い頃の母親に出会うというファンタジーは、日本のアニメや漫画作品でよく目にした、言ってしまえば使い古された設定だと思います。セリーヌ・シアマ監督は公式HPのコメントで、影響されたものについて、宮崎駿監督の名や、細田守作品『おおかみこどもの雨と雪』の名を出していますので、日本アニメからのインスパイアはあるかと思います。
 
 その使い古された設定を使用しつつ、少ない台詞と反比例するかのように映像表現はとても饒舌に感じられます。画面演出での状況説明が本当に巧みな監督だと思います。
 ネリーが、マリオンの家や置いてあるものから母親であることに気付くのも、全くドラマティックに演出することなく、淡々としたものにしているのも、とてもクールですね。ここで大袈裟にしてしまうと、使い古された設定というのが強調されてしまうんですけど、そうはならずに、新鮮な物語として演出することが出来ています。
 
 ネリーとマリオンを演じたのが、双子の姉妹であるジョゼフィーヌちゃんとガブリエルちゃんですが、子どもらしい可愛らしさはもちろん、子どもだけど、全てを理解しているような眼差しが本当に素晴らしいんですよね。大人よりも覚っているような感覚を確かに持っている演技でした。青と赤の服装で2人のパーソナルカラーを分けているのも、とても秀逸な表現だと思います。
 
 子どもだから、なぜか過去の母親に出会うというファンタンジックな出来事も受け入れられるのと同時に、それが今しか起こらない奇跡という事も理解しているという賢さと切なさがあります。ネリーの父親が「また今度ね」と優しく諭すのに対して、「今度は無いの」とお願いする姿が、よくある子どもがお願いをする場面になっていますが、物語を理解している観客からすると、とても切実なシーンになっているんですよね。
 
 序盤でネリーが語っていた「ちゃんとさよならを言えなかった」という後悔が、終盤で解消されるという構成も見事なものです。ここでの伏線の張り方もサラッとしているし、回収もあっさりしていて、ごく自然な出来事にしているのが、逆に感動的に感じられます。
 ただ、その後の場面が再会のシーンになっているので、この作品が別れを描いたものでなく、再び巡り会うための物語だったと気付かされるのが、さらに感動を引き起こしてくれています。子どものマリオンと同じように、現在の母親と床に胡坐をかいて、名前を呼び合って抱きしめるラストシーンは、大袈裟な出来事が起こらなくとも、美しい瞬間を描いているものになっています。
 
 この作品は、孫・母・祖母の母娘三代を描いた物語ではありますが、いわゆる親が子どもを守る・教えるという上下があるような関係性とは違い、親も子も対等にある関係性でお互いを想い合うという理想的な形を提示していると思います。手術を不安に思うマリオンにネリーが勇気づけるのも、その先を知っているからと同時に、マリオンが必要としている言葉を掛けているのだと思います。そして、母親が帰ってくるかを不安に思うネリーをマリオンが慰めるのも、その母親本人であるからと同時に、ネリーにその言葉が必要だからなんですよね。
 
 上映時間が短いこともあり、物語としては小品に感じられるかもしれませんが、映像表現の豊かさ、感動の量は、そこいらのレベルよりも一段上のものになっています。セリーヌ・シアマ監督が巨匠と呼ばれる日も、そう遠くないかもしれません。


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