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映画『LOVE LIFE』感想 通じ合わずとも、生活は続く

  人生が続くということを、ある種の生き地獄として描いた作品。映画『LOVE LIFE』感想です。

 大沢妙子(木村文乃)は、息子の敬太(嶋田哲太)と再婚相手の二郎(永山絢斗)と仲睦まじい3人暮らし。住んでいる集合住宅の向かいの棟には、二郎の両親である誠(田口トモロヲ)と明恵(神野三鈴)も暮らしているが、誠は妙子を嫁と認めようとしていなかった。オセロの大会で優勝した敬太のお祝いを兼ねて、妙子と二郎は誠の誕生パーティーを催す。職場の同僚にも協力してもらい、誠のわだかまりを解こうとするが、その最中にとある事故が夫婦を襲う。
 哀しみに打ちひしがれる妙子の前に、行方不明だった前夫のパク・シンジ(砂田アトム)が姿を現す。韓国籍で聾者であるパクは、路上生活者となっていた。NPOでホームレス支援を行う妙子は前夫の世話をするようになり、奇妙な関係性の生活が続いていく…という物語。

 『淵に立つ』『よこがお』で知られる深田晃司監督による最新映画作品。深田監督が、矢野顕子の1991年に発表された同名の曲『LOVE LIFE』を聴いた時から、この物語を構想していたそうです。前作である『本気のしるし』も大傑作だったので、当然のように観るべき作品として期待していました。
 
 深田監督の作品は、人間であれば誰しもが持っている醜く嫌な部分を、絶妙な量でナチュラルに描くのが特徴ですが、今作でもやはりそれはしっかりと存在していました。あらすじだけ読むと、是枝裕和監督作品なら、「新しい家族の形による再生」みたいなテーマになりそうな雰囲気ですが、全くそうならずにブラックな方向にしっかりと向かっていく作品になっています。
 
 まず、舞台となる集合住宅地、いわゆる団地のロケーションが素晴らしくリアルですよね。映画やドラマだと、どうしてもオシャレなマンションや一軒家に暮らしている姿になってしまい、結果として富裕層の物語に見えてしまう事が多いんですけど、今作での「ザ・中間層」という設定が一発でわかるロケーションになっています。僕が育った団地の風景とそっくりだから感じるのかもしれませんが、お客さんが多く来た時に和室の襖を外してリビングとつなげているところとか、むちゃくちゃリアリティあるんですよね。
 
 その集合住宅地が象徴するように、今作の主人公家族はごく普通の、どこにでもいる人々なんですよね。ただ、その人々がわずかばかり持っている醜さや愚かさが表面化していって、関係性が破綻し始めるドラマになっています。登場人物のその部分だけで見ると、思慮のない言葉や酷い考えだったりするんですけど、自分もそういう部分が無いとは決して言いきれない醜さなんですよね。これを実感させるのに、集合住宅というロケーションが実に効果的になっています。
 
 序盤の会話から、大沢家の歪な関係性は示されていますが、ある悲劇以降、コミュニケーション不全となった家族に、異物として混入するのが前夫のパクなんですよね。このパクのコミュニケーション方法が韓国手話というのも象徴的です。妙子とパクの手話による会話が、二郎やその両親との言葉による会話よりも、本質的に踏み込んだものになっていくように見せていくんですよね。聾者である砂田アトムさんを当事者キャストにしたのも、より説得力を持たせるためだと思います。
 ただ、妙子と二郎、両親とのコミュニケーションが偽物で、パクとの関係こそが本物という単純で感動的な図式にはしていないんですよね。それは距離感の違いとか関係性の質の違いなんだと思います。
 
 後半で、妙子が急な決断をするシーンも、まさに「魔が差した」というものになっています。この、理屈ではあり得ない選択というのもまさに深田晃司監督作品ですね。共感は出来ない選択なんですけど、物凄く説得力のあるものになっています。
 妙子が抱えきれない哀しみから逃れるために、パクの人としての弱さにすがるという構図が面白いし、理屈ではない選択に説得力を持たせています。「私がいないとダメなの」という台詞の取り憑かれたような感じが、献身でも愛でもないものという描き方になっています。この時の木村文乃さんの演技、前半の優等生的だけど整い過ぎている雰囲気から、道を踏み外しているものになっていて、すごく良かったです。
 
 パクが手話で伝えるものは、本質的な言葉ではあるし、彼自身も善良な人間ではあるんですけど、かといってマトモな人間というわけでもないということもきっちりと描いています。どうしても障害者は聖人君子として描かれてしまいがちですが、それに対して必ずしもそうとは限らないということを、きっちりと突き付けるところに作品への信頼が持てます。
 
 後半で妙子が、結婚式の陽気な曲に合わせて踊るしかなくなる場面も最高ですね。完全にポン・ジュノ監督『母なる証明』オマージュなんですけど、もう映画表現の定型文として、いろんな監督がやるべきだと思います。「楽しくもなんともないのに、踊るしかない」というシュチュエーション、大好きなんですよね。様々な物語でそこに至るまでの過程を見せて欲しい。
 
 ラストを集合住宅地にしているのも、この作品の象徴するところに戻ってきているということだと思います。踊るシーンから終盤に至るまで死んだ顔になった木村文乃さんや永山絢斗さんの演技も絶妙ですね。疲れ切って諦めてしまったかのような地獄のハッピーエンドというのも深田監督らしい終わらせ方だと思います。
 
 難点を挙げるとすれば、序盤での哀しい事故が若干物語のための装置になってしまっているということですね。妙子も二郎も他の人々も、どう対応したらよいか混乱する姿が描かれているわけですけど、その出来事から離れようとしているとしか見えなくなってしまい、いなくなった人と向き合っていないように思えてしまいました。
 
 この作品を観たことで、他者との関係性が揺らいでしまう人もいるかもしれませんが、自分としてはむしろ安心した気持ちになれたんですよね。どこか他人と通じていない気持ちを抱えている身としては、これくらい気持ちがすれ違っていても、共に生きていくことは出来るという姿に、少し救われる思いを抱きました。感動的とは言えない作品ですが、深田晃司監督のレベルの高さを見せつける作品です。


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