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映画『パラレル・マザーズ』感想 男性が消えた世界で生き延びる女性たち

  予想もしない結末に着地しましたが、納得感もありました。映画『パラレル・マザーズ』感想です。

 フォトグラファーのジャニス(ペネロペ・クルス)は、スペイン内戦の犠牲となった曾祖父たちの遺体発掘を、法人類学者のアルトゥロ(イスラエル・エルハルデ)に相談したのをきっかけに恋仲となり、彼の子を身籠る。だが、妻との離婚を選択出来ないアルトゥロに、ジャニスは別れを告げて、シングルマザーとなる道を選ぶ。
 ジャニスは病室で同じくシングルマザーとなる事を選んだアナ(ミレナ・スミット)と出会い、2人は励まし合いながら同じ日に女の子を出産する。ジャニスはセシリアと名付けた娘を慈しみ生活していたが、娘と対面したアルトゥロからは、自分の子どもとは思えないと告げられる。不安を感じたジャニスがDNA検査を行うと、セシリアはジャニスの子どもではないと判明する。
 アナの子どもと取り違えられた事を疑うジャニスは激しく葛藤するが、アナには連絡せずにセシリアとの暮らしを続ける。その後、街中でジャニスはアナと偶然再会するが、アナの娘が亡くなっていたことを知る…という物語。

 『オール・アバウト・マイ・マザー』などで知られるスペインの巨匠ペドロ・アルモドバル監督の最新作。主演のペネロペ・クルスは今作でベネチア国際映画祭の最優秀女優賞、アカデミー賞でも主演女優賞にノミネートされるなど、高評価を得ています。
 
 新生児の取り違えという題材は、是枝裕和監督の『そして父になる』が思い起こされます。観る前は、『そして母になる』バージョンかな、などと単純に考えていましたが、予想外に骨太な歴史の重たいメッセージの込められた作品でした。
 序盤でのジャニスとアルトゥロの出会いで、スペイン内戦での虐殺が語られるのですが、その時点では、2人の男女の出会った背景を細かく演出するためのものとしか思っていなかったんですよね。終盤で、まさかその部分の方が主題になってくるとは予想もしていませんでした。
 
 とはいえ、物語の大部分は、2人のシングルマザーの赤子取り違えから生まれるドラマになっています。年齢も状況も違う2人の母親が友情を深める様は、シスターフッド的なものを感じさせるようになっていますが、取り違いが発覚して、ジャニスのみがその事実を知る状態になってからは、2人の間にあった絆が危機を迎える事となり、再会した2人が関係性を深めるに連れて、見えない溝も深まり始めるという構造になっています。
 
 『そして父になる』では取り違えた子どもをどう育てるかということで感動的なドラマにしていましたが、今作では感動させるというよりも、淡々と生々しく人間を描くということに終始しています。是枝作品のリアリティが感動を生むのとは逆に、淡々としてドラマ性を排除したリアリティで現実を見せつける作品だと思います。妊娠を告げられたアルトゥロが「産むのは今じゃない」と言うのなんて、「クソ男・オブ・ザ・イヤー」ノミネートものなんですけど、現実にはあのシチュエーションの男性のリアクションとして、最も多いものなのかもしれません。
 
 ただ、ジャニスとアナが恋愛の関係性にまで発展したことにより、2人の溝が恋愛関係の破綻のように見えてしまったんですよね。それは狙いなのかもしれませんが、自分としてはあまりこの効果が理解出来ませんでした。その後の関係性の修復にしても、何かなし崩し的に新しい関係を結んでいるようで、今一つカタルシスを感じられませんでした。ただ、これも最も現実的な着地を描いたものなのかもしれません。
 
 アナが妊娠した状況、ジャニスとアナによる2人の共同生活など、いかにもフェミニズムな世界観で、作品からは不自然に思えるほど男性性が排除されたものになっています。唯一目立った登場人物としての男性がアルトゥロで、「クソ男・オブ・ザ・イヤー」ノミネート男性なわけなので、やはりフェミニズム映画に連なるものなのだと思って観ておりました。
 
 ただ、それを覆されるのが序盤の前フリを回収する終盤の展開で、スペイン内戦の犠牲者遺体を発掘するというクライマックスになっています。どう考えてもシングルマザーを描くそれまでの物語と繋がる気がしないんですけど、実は先述の男性性の排除された世界に繋がるのではないかと思うんですよね。
 つまり、内戦の犠牲者というのは、家庭から連れ去られ虐殺された男たちで、妻や子どもたちなど遺された家族が喪ってしまった男性なんですよね。男性不在の家族という意味で、ジャニスとアナのシングルマザー家族、内戦の犠牲となり男手を喪った遺された家族を重ね合わせて描いていたのかもしれないと感じました。そうすると納得の結末にも感じられます。
 
 とはいえ、力業でテーマを繋げた感のある脚本だと思うし、結構歪な物語になっていると思います。ただ作中でもジャニスの台詞にあるように「自分の国の歴史を知るべき」というメッセージを叩きつける力があります。オブラートに包むことなく、歴史に起こった出来事を物語で伝えるという姿勢は、日本の商業映画ではなかなか見られないものであり、日本でも今後の映画制作者、業界としては目指す姿勢だと感じました。


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