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朝焼けてゆううつ  山根さんの企画

布団の中で寝たふりをしている。ひとりなんだから「ふり」もないだろうけど。
寝てるんだと思いたい。
 
バイクの音が近づいてくる。ブンとアクセルをふかしては止まる。ふかしては止まる。
やがてスタンドを蹴る音も聞こえてきた。
私にすればたいへんな仕事だ。私にすれば。
こんなに朝早く。
家を出る時はどんな気分なんだろう。ルーティンならば、そんなことは考えもしないか。私の夜更かしが何でもないように。私の無為な夜更かしと一緒にしちゃいけない。
何にせよ朝は嫌いだ。起きるのが嫌いだ。寒い朝は特に嫌いだ。
そういえばもう春だった。春の朝がこんなにも寒いとは知らなかった。
春はつとめて。
 
バイクの音は遠ざかっていく。もう家に帰っていいよ。よくやったよ。
いったい何度アクセルをふかすんだ。何度スタンドを立てるんだ。
白々と明ける朝、笹の囀りが聞こえる。きっと空気が青いんだろう。風が強い一日だろう。
 
殺風景な部屋。私はこんな部屋に寝たつもりなんてない。この景色は間違いだらけだ。
 布団から這い出すと、小さな窓いっぱいに赤。朱のような、オレンジのような。切り取られているからこそ気づくこともある。
しかしだ、大きな空だったらどれだけ綺麗なんだろう。
春はあけぼの。
 
鍵束の下卑た音が近づいてくる。ゆっくりと。しかし一定のリズムではない野蛮な音だ。
私の前で止まった音は私に声をかけた。
「今日は帰っていい。あまり羽目を外しすぎるな」
青い制服は私の鍵を開けた。徹夜仕事というのもたいへんだろう。
  633 字


山根さん
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