秋 桜 シロクマ文芸部
秋桜に恋をして、何年になるだろう。
秋風に身を震わす秋桜は、ウエーブをするように首を傾げたかと思うと、その身を翻した。
「これには肥料とかやるの?」と翠が訊いた。
これ、じゃない。―彼女たちに―だ。
「いや、水だけだよ」
「水だけでもたいへんだね」
「そうでもない。秋はよく雨が降るから」そう言うと翠は私の長靴に目を落とした。
「雨は嫌い。ぬかるむし。街に住みたい。ここでも町でも仕事はできるんでしょ?」
「確かにな。でも街には街の欠点があるだろ?」
「どんな?」
「んー、たとえば騒音とか、治安の悪さとか」
「ここは日本だよ。地域さえ間違えなきゃ治安も騒音も問題ないよ」
翠、お前の言う通りだ。間違えなきゃたいした問題は起こらない。それに 田舎だからって犯罪が起きない訳じゃない。
「そうだな。でもな人間は移動する生き物だ。そうそう安全なところばかり選んじゃいられない」
「そんなこと気にしてちゃ、何もできないでしょ?」
「じゃあ訊くけど、街に住んで何をするんだ?」
「それはその・・・お買い物とか」
「たまに行けばいいんじゃないのか?ここに住んでたって高速使えば街まで2時間ちょいだ」
「それがねー、厭なのよ。街には街の空気ってのがあって、その中で自分を磨きたいの」
そうだろうな。こんな綺麗な空気は到底望めない。翠、君の言いたいこと はよくわかる。でも俺は彼女たちから離れない。
色とりどりの秋桜が、少し冷たい秋の空気をザワ、と揺らした。
605字
小牧部長さま
今週もよろしくお願いいたします。
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