見出し画像

十二月のアルバム シロクマ文芸部

十二月のアルバムから、iPhoneがいくつかの写真を見せてくれた。
そこに緑の耳の黄色い兎がいた。兎はすぐに年老いてしまうから恋ができないって嘆いてたっけ。
 
兎は暑い夏の朝、ジャスミンの香りのする白いブラウスを着て森を歩いていると、背の高い青年に出会った。
二人で森の中を歩いていろんな話をした。狐のこと、キツツキのこと、枯れ葉のこと・・・
お昼近くになると、彼は言った。
「僕の時計は左半分しか動かないんだ」
 
それからも会うのはいつも午前中だけだった。
 
ある日、森の奥まで出かけて帰りが遅くなった時、彼の声が急に深く沈んだ。それは何かを憂いているというようなものではなかった。
突然、機械の甲高い声がして、地を揺らし始めた。
そしてその音が止むと、森の中が滴る水音でいっぱいになった。
「僕の番はもうすぐなんだ」
彼はそう言って、森の水を掬った。
「これで僕の分も生きてほしい」
 
兎には間もなく老いる運命が待っていた。
兎はもっと彼と一緒にいたいと願った。でもその姿を彼には見せたくない。
 
兎は彼の番が来た午後、心を静かにして彼に会いに行った。
「私はもうこんなに年老いてしまいました。あなたとの約束を果たすことはできそうにありません」
兎はその赤くなった顔を上げた。
「君は梔子クチナシなんだね。僕の願いを聞いてくれるなら、どうかこの森を君の色で染めてほしい」
彼は大量の水を流した。
兎は自分の体で、その水を黄色に染めた。
水は地面に沁み込み、木々を悉く黄色にした。
森はどこもかしこも黄色、黄色一色になった。
 
それからは機械の声はパタリと聞こえなくなった。

*梔子(クチナシ)は黄色の天然色素。お節でお馴染みのきんとんは梔子で染められます。ヘッダの写真は梔子の若い実。

小牧部長 さま
今週もよろしくお願いいたします。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?