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流 儀  シロクマ文芸部

チョコレートは私の手の中で溶けた。
君は私にこれを渡して何を言いたかったのだ。
暗いバラバラと雨音のする部屋で、君が背を向けているのが見えるようだ。
確かに君は暗い目をしていた。そんな目をして、人にものをくれるなどというのはどういう領分なのだ。

怪しく光っていた赤い包みは、もしかしたら君の憎しみの声だったのかもしれない、と思えもする。
それを私は何の気なしにビリビリと引き裂いて、早々にゴミ箱に収めてしまっていた。
他にも何かあっただろうか。掛けてあった紐のことなど、もはや何も覚えていない。
箱は何故か私に産業革命を想起させた。機械的に効率を重視して作られたようなまるで色気のないものだったが、私はそこが気に入っていた。アール・デコと言われれば、それにも相当するだろう角ばった意匠は、私をすぐにその世界へ連れて行った。
煙たなびく工場、その屋内では、機械がしきりに紙を裁断し、次々と吐き出していた。それを折るのは熟練の女工で、次々と形が出来上がる。その一つを手に取ってみたまえ。その美しさを何に例えよう。
その容積を九つに分割する仕切りは、少し噛み合わせが甘く、グラグラと互いの領地のせめぎ合いが起きているような有り様だ。それが悪いとは、私は決して言ってはいない。
私が蓋を開けた時に見たのはそれだった。

まずは真ん中を攻めるのは、君も知っての通り、私の流儀だ。
私はそれを口に含んだら、次の一つを掴んでいた。甘く酸っぱい味がしたのは覚えている。
喉が焼けて、私がもがいた時、君はどんな顔をしていたのだろう。笑っていた?相変わらず暗い目をしていたのか。それとも涙の一粒も流してくれたのか。
手に取った二つ目のチョコレートは、まだ体温冷めやらぬ私の手の中で、ゆっくり溶けていく。その様子を、私は悪魔と話しながら見ていたのだ。
    747字


小牧部長さま
今週もよろしくお願いいたします。


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